第36話 ダンテ、お前の体で
ずらずらと立ち昇るシステムメッセージを見ながら、エバは言った。
《それにしても、あの騒ぎを起こしておいて33%しかないのか? 虫けらどもの人生とは、まったく》
具現率の上昇は、わずか4%。
F等級とはいえ二十個以上を吸収したのに、この程度しか上がらなかった?
具現率はステータスによって決まる。
結局、吸収したF等級の頭たちの大半は、かつてのザークよりも遥かに劣る能力値だったという意味ではないか。
従ってダンテも、残念さに舌を鳴らしはしたが。
『ちぇっ、今ばかりは俺も「それな」と共感したい……ところだが。悪くない。いや、悪くないどころじゃないな』
彼はすぐに、笑みを浮かべることができた。
33%? 低い。
『十分だ』
だが、この程度で満足だ。
〈循環撃〉、〈幻影歩〉の等級上昇。
そして等級が下がった状態とはいえ、新たなスキル〈剣帝本能〉の活性化まで!
「ハイテル――いや、ハイエルフの女……? 何、ダンテの気配はずっと感じるのに――どうやって? ん? その体は何だ?」
戸惑うドレニアンの声を聞けるのは、おまけと言うべきか。
ダンテはくつくつと笑いながら答えてやった。
「これ……を説明するのは相〜当ややこしいんだが。まずダークスターまで遡らないといけないんでな。そういえばお前、俺がザークの体――いや、つまりさっきまでの体だった時は、ここまで気にしてなかったよな? 何だ、この正反対の反応は?」
そもそもダークスターについて、知ってはいるのだろうか。
フェアリークイーンなら〈異次元の門〉について何か知っているのではないか、という疑問も束の間。
今すぐそんな「真面目な質問」を投げても意味はないだろうから、ダンテは別の方向から彼女を突いてみたのだった。
ドレニアンは言った。
「そ、それは――。お前が男性性を露わにしている時とは、当然違って……いや! 言葉など何の必要がある! ダンテ! 再び男の体に戻ることは可能なのか?」
なかなかに切羽詰まった声の質問に、ダンテは思わず頷いた。
「え? そりゃ、もちろんだが」
「ムハハハハッ! なら結構。それで十分よ」
「……何が?」
ひとしきり笑ったフェアリークイーンは、この上なく真剣になった表情でダンテを睨みつけた。
「奪われた過ぎし日の痛み、私の胸の傷を、返してもらう。ダンテ、お前の体で」
ダンテに生唾を飲み込ませる、警告? 脅迫?
「表現がどうにも、解釈に迷うと言うか――。むっ!」
───────────……!!!!
ともかく今は、彼女の言葉を解釈している場合ではなかった。
ドレニアンの体から、光が噴き出した。
そして月光を遮るほどの巨体が、次第に縮み始めた。
光が完全に消える頃には、月光を覆う六翼ろくよくのフェアリークイーンは、もういなかった。
皮膜でできた二枚の翅を、背中に恭しく畳んだ女性。
服は、着ていなかった。
甲殻のような青黒い肌が、最小限の部位だけを覆っているのみ。
「その女の体は、今すぐ引き裂いてやろう」
人間の姿に変わったフェアリークイーンが、真紅の瞳を輝かせて言った。
「〈ステラブレイド〉」
二振りの疑似・星光剣が、彼女の手できらめいた。
それに立ち向かうのは、地面を叩きつけたせいで、ところどころ刃こぼれした剣二振り。
「いくら装備頼みじゃなくてもいけそうだと言ったとはいえ、差がちょっと酷くないか」
幅の狭い布きれで、やはり辛うじて隠すべきところだけを隠した、エバの肉体のダンテが言った。
緊張の張り詰める湖のほとり、もはや完全な夜明けの薄明の中で。
「目は楽しいです、兄貴」
ザークの声が、ひょっこりと飛び出した。
その後、ダンテは知ることができた。
平和を愛するハイエルフという種族が、どれほど口汚く罵れるのか。
この状況でそんな話をするのか、という主題で騒ぎ始めたエバが、いったいどれほど酷い罵倒と脅迫を並べられるのか。
ザークは実際に涙を流しながら、エバへ向かって頭を垂れねばならなかった。
それはまた、隙でもあった。
「〈ミルキーウェイステップ〉」
ドレニアンがそれを見逃すはずはなかった。
天の川のごとき歩法、それはむしろ瞬間移動にも等しかった。
ダンテの背後に現れた彼女は、すでに剣を振るっていた。
斬られれば並の薬などでは治療不可能な〈ステラブレイド〉が、ダンテの体を裂いた。
「捕らえた、ダンテ! 今度こそ……」
彼女が言い終える前に、ダンテの体がぼやけて変わった。
そして、散った。幻影のように。
* * *
《一度でもまたあんな口をきいたら、貴様のその口を左右に裂いた後、くるくると丸めて貴様の喉に押し込んで――》
「も、申し訳ありません! 申し訳ありません、エバ様! 申し訳ありません!」
《それが嫌なら、二度と私を見られないよう貴様の目を全部えぐり出した後、その不潔な音を吐き出す口に突っ込んで――》
「申し訳ありません! 申し訳ありません、エバ様、申し訳ありません!」
ザークを絶え間なくつつき続けるエバの声が頭を掻き乱していたが、ダンテはずっと見ていた。
光で形成された二振りの剣を手に、ゆっくりと近づいてくるドレニアンの姿を。
正確には彼女の表情、呼吸、剣を握る手、前腕、肩の筋肉の隆起、それによる攻撃タイミングとパターンの予測のための観測だった。
『こうして緩んでいる時、ドレニアンが狙うのはやはり一撃必殺、背後を取って斬り捨てることだろう。そのためのスキルは、おそらく――』
ダンテはすでに準備中だった。
ドレニアンが、すうっ、と素早く息を吸い込んだ、その時。
『〈幻影歩〉』
ダンテもまた、スキルを使った。
大きく跳躍しバックフリップへと繋がるその動作の中に、ドレニアンの姿はなかった。
ズバッ──────!
つい先ほどダンテが跳び上がった、まさにその場所を、すでに斬り払っている光の剣二振りが見えるだけ。
『やはり速い。〈幻影歩〉を使っても、ぎりぎりでしか躱せないとは――』
エレナ一行の突進を文字通り亀でも眺めるように見ていた時に比べれば、今は紙一重の差と言うべきではないか。
「捕らえた、ダンテ! 今度こそ……」
ダンテの経験として積み上がったパターン、ドレニアンの攻撃方式を予測する技術がなかったなら、〈幻影歩〉を使うこともできないまま、すでに斬られていただろう。
これこそがS等級の力、フェアリークイーン、ドレニアンの能力。
「躱した?」
その上、悟るのも速い。
彼女は動じることなく、即座に身を翻して二振りの剣を振るった。
目の前にいないなら自分の背後にいるはずだ、という判断自体は、間違っていなかった。
「くっ、後ろでもないなら――」
問題は、〈幻影歩〉を使ってその動きを長く引き延ばしたダンテの肉体が、まだ着地していないという点。宙で稼いだ、その隙。
『遅い! 〈循環撃〉!』
それをダンテは、即座に突きへと放った。
剣の刃こぼれ? 何の関係がある。
どうせ元素の力が宿ったこの攻撃なら、ドレニアンに会心の一撃を叩き込めるのだから!
ドレニアンは、顔を上げた。
すでにダンテの剣が、彼女に届く最中だった。
────、────、────、────!
火、水、風、土の気が、それぞれドレニアンを襲った。
爆発する炎、渦巻く風、裂ける大地、隙間を埋め尽くす氷。
「ふうっ、ふうう……」
爆煙が収まる頃には、もうドレニアンの姿は見えなかった。
裂けた大地の隙間に落ちて、おそらくは、かちかちに凍りついているだろうから。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
「お前の体で」の正しい解釈につきましては、作者にも分かりかねます。なお、言われた本人も分かっていません。
次回の更新は、明日の夜7時20分です!
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