第34話 全裸、回避行動中
《兄貴……人として――》
「チンピラか、貴様は?」
ダンテがつい先ほどまでF等級怨霊たちを「どう思っていたのか」を聞いていたザークとエバからすれば、呆れ果てるほかない主張だった。
だが、ドレニアンは動じも、乗せられもしなかった。
「まだ身の程も弁えずに戯言を並べるのは相変わらずね、ダン〜テ? どう見てもうちの子たちの魔力を吸収して作り出したもののようだけど……むしろ私が使用料をいただくべきじゃないかしら?」
怨霊が正確に何なのかは知らずとも、最初の攻撃をあそこへ放ったこと自体が。
また、続くこの言葉自体が。
彼女がある程度、ダンテのスキルを見抜いているという意味なのだから。
「それとこれとは別だろう。そもそも俺を助けようとしてやったことじゃないだろうが? 厳密に言えば俺にとってはマイナス要素で――」
「戯言はおよし、ダンテ。死にたくなければ」
「――オーケー。戯言をやめればいいんだろう。何をまた殺すの殺さないのと、怖いなあ」
ダンテは即座に答えた。
虚勢のようでいて、実際ダンテは微かに体を震わせていた。
ザークこそ、生唾を飲み込みながら尋ねるほどだった。
《兄貴、俺、記憶力はあまり良くないほうですが……。ダークフェアリーたちに会った時、フェアリークイーンとは話がうまく済んだとおっしゃってませんでした?》
そして、その間の抜けた声を聞くと、ダンテの震えは止まった。
よりによってこれを、よりによってこの空気の中で確かめようとするその態度が、尊敬に値すると言うべきか。
『お前も本当に大したものだよ、まったく』
《え? 俺が聞きたいのはそういうことじゃなくてですね……。あの方と、その、円満な関係にならないと、まずそうな気がして――》
『まずいどころじゃないな。まして今のこの体なら、ずたずたに引き裂かれるだろうが』
《――そ、それで申し上げてるんですよ。兄貴……の体がずたずたに引き裂かれそうで》
それどころか、この状況であんな質問をするのがすべて自分の身の安全のためとは。
すでに死んでいる分際で、ここまで怯える怨霊が他にいるだろうか。
だが、一つだけは確かだった。
ザークのおかげで、わずかに強張っていた体が確かにほぐれたということ。
どうせダークフェアリーたちに手を出した時から、こういう事態が起きる可能性は予想していたという点まで。
ダンテは呼吸を整えて、笑った。
「なら、損害賠償というのもあれだから、ちょ〜っと協力をお願いしてもいいか? ああ、先に言っておくと、〈星光剣〉は今、俺の手元にない。返したかったんだが、ダークスターっていう、たぶん見ただろう? あいつが全部吸っちまって――」
「ムハハハハハッ!」
トンボのような、翅脈しみゃくと翅膜しまくからなる六枚の巨大な翅を広げた、巨躯の生命体が笑った。
胴体と同じほどに大きな、その顔。
顔に見合うほど大きな、その瞳。
ひとしきり笑っていたフェアリークイーンは、ぴたりと笑いを止めた。
鬼気の漂う目で、彼女は言った。
「壊してあげる。ダンテ」
翅が羽ばたいた、と感じた瞬間、青黒い斬撃が降り注ぎ始めた。
ただ一人、ダンテへ向かって。
* * *
ドレニアンの巨体のせいで月光まで遮られた夜、青黒い斬撃がまともに見えるはずはなかった。
それが通り過ぎた、と分かる頃には、周囲の一抱えもある大樹すらずばずばと斬られて倒れていく時。
つまり、宙を見えるか見えないかの速さで飛来する青黒い斬撃を躱すと同時に、倒木の下敷きになる危険まで引き受けねばならないという意味だったが……。
「うんっ――しょ!」
「そりゃ、ちゃちゃちゃちゃっ!」
ダンテは奇妙な掛け声を上げながら、ひょいひょいと躱し続けていた。
その動きはアクロバティックですらあり、誰かが見ていたら拍手の一つも送ったかもしれない。
もし見ていた誰かが、逃げ出さなければの話だが。
「相変わらず厚かましい人間の男だこと。裸のままでそんな真似を平然とやってのけるとは」
ダンテは依然として、剣二振りだけをぶら下げた裸の姿だったのだから。
すべての斬撃を躱したダンテは、ドレニアンの発言に肩をすくめた。
「芸達者だと言ってくれないか?」
「いつまで笑っていられるか、見ものね。〈永遠の夜〉」
だが、フェアリークイーンが余裕を与えるはずもなかった。
ぶうんと唸る羽ばたきの音。
青黒い斬撃が放たれたに違いない合図とともに、ふっと視界が暗転した。
《ふわああああ!? あ、兄貴! 前が――。前が見えません!》
「〈ブラインド〉系の魔法か!?」
巨体で降り注ぐ月光を遮った「かなり薄暗い状態」ではない。
文字通り夜の帳を下ろし、完全な闇へと突き落とすもの。
ザークの大騒ぎだけでなく、エバまでもが緊張した声を出したが。
『大丈夫、大丈夫』
《そ、そんな悠長なことをおっしゃってる場合では――》
ダンテは、何ともなかった。
その理由は、あった。
『俺がこれを何度経験したと思ってるんだ?』
「……なるほど。ゴブリンの集落であんなショーをやれたのも、似たようなことを経験していたからか」
エバはそこでようやく理解できた。
ゴブリンの集落でダンテが見せた神業。
首の上からザークを外してもなお、平然と動き、攻撃と回避をこなしてみせたあの姿。
それはすべて、かつて今と同じフェアリークイーンのスキルを経験していたからこそできたことなのだと。
ひゅうう、ひゅっ、ひゅっ――!
《ぐあっ、よ、横をびゅんびゅん通り過ぎてる気がするんですけど!?》
もちろん、容易くできることではなかった。
ザークの大騒ぎに反応もできないほどの超集中状態を保って、辛うじて躱せるもの。
ついに〈永遠の夜〉が引いた後になって、フェアリークイーンの眉間は狭まった。
「……なるほど。その中身のない体でも、躱すことはできるというわけ、ダンテ」
「ステータスは昔の体より落ちるのは確かだが、中身がないわけじゃないだろう。むしろ中身しかないと言うのが正しい表現――」
「お黙り! 戯言はよせと言ったはずよ!? 見るのも触れるのもおぞましいそんな体、ずたずたに裂いてあげる。〈スターダストフェアリー〉」
ぶううううん……。
不快な羽音が響いた。
フェアリークイーンから降り注ぐのは、きらきらと光る何かだった。
小さな欠片? ガラス片を宙にばら撒けばあんなふうに煌めくのではないか、と思うほどの、数え切れない煌めき……。
ごく小さなフェアリーたちだった。
数千匹? もしかすると数万匹。
「ムハハハハッ、ダンテ! 今度こそその体の一筋まで捕らえてあげる」
それらがダンテへ向かって、殺到し始めた。
その上、六枚の翅がぶるりと震えるとともに、青黒い斬撃まで同時に降り注いでいる最中だった。
《兄貴……あれ、その、兄貴の体でどうにか受けて、ごっくんできないんですか?》
ザークですら、あれを躱すのは不可能だと早々に悟れるほどの攻撃だった。
そして、ザークの頭を外し、ダンテのアンデッドの肉体で魔法吸収?
「ああ。100%弾ける」
フェアリークイーンのスキルを相手に、それが可能なはずはなかった。
従って、ダンテは二振りの剣を振りかざすのだった。
「だから、躱すものは躱す。弾くものは弾く。いやあ、これ昔も本っ当にきつかったんだが、ザーク、お前の体でできるか分からんな」
《あ、兄貴、今さらそんなことをおっしゃいます? いつも兄貴の体だとおっしゃってたくせに――》
「ふふ、それもそうだ。それに、端から不可能なら俺だって逃げてるだろう?」
ダンテは【スキル欄】を開いた。
〈サバイバル料理〉を使うためでは、当然ない。
吸収したF等級二十個の頭にも、個別のスキルが「あるにはあった」のだから。
ダンテは二振りの剣を、自分の立っていた地盤へ叩きつけながら叫んだ。
「〈採石〉!」
カアン、カアン、カアン、カアン――!
地面とぶつかった刃から火花が散ったが、ダンテは意に介さなかった。
それより、刃が一打ち、一打ちぶつかるたびに跳ね上がる砂利が、幾何級数的に増えていくのがより目を引くと言うべきか。
「ダンテだ、ダンテ!」
「お肉を一切れずつむしって、ママに捧げるんだ!」
「ママ、喜ぶよね!? むしろう! ダンテのお肉! 皮膚!」
〈スターダストフェアリー〉で召喚されたフェアリーたちは、ダンテの鼻先まで到達した。
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全裸で回避運動をなさる際は、周囲の視線と樹木の倒壊に十分ご注意ください。なお、本作はR15です。主に別の理由で。
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