第33話 ママ、降臨
エバも、分かってはいた。
怨霊たちをダンテの前方に配置する? そうすればダークフェアリーたちの魔法を、すべて怨霊が受けることになる。
ダンテが魔力を吸収できない。
まだ気に入った頭が召喚されていない時点で、〈怨霊召喚〉を途切れさせるはずがない。
「でなければ、まだ一枠残っているんだろう! 私をまた収納するなり――」
『ん? それは駄目だろう。SR等級のお前を入れて、何か起きたらどうする』
まだ収納空間に一枠あるとはいえ、そこにエバを入れるはずもない。
ダークフェアリーたちの物理攻撃を弾き返しながらも、瞬時に答えるダンテのマルチタスク。その反応にエバはかっとなって叫んだ。
「――貴様、全部聞こえていたな!? どうせあの羽虫どもの魔法の軌道を見るに! 貴様の前方でも、斜め上空へ送れば邪魔になることもなさそうだが、そっちへでも少し逃がして――」
「よし、よし! もう一度来い!」
そしてその声だけは聞こえないふりで、ダンテはダークフェアリーたちを挑発した。
結局、SR等級のハイエルフはため息をつき、祈るしかないのである。
「――はあああ……。頼むからあのイカれ男の気に入る虫けらが、早く出てくれ」
まともな怨霊が、一体でも早く出てくれますように。
そうしてこの果てしない苦痛を、早く終わらせてくれますように。
force の抜けたその声を聞きながら、ダンテはぷっと笑った。
頭の個体数が五百を超えたとはいえ、それをエバが「全部数えきれなかった理由」?
『それでも俺が、何もしてないわけじゃないだろう!? 肉! 肉、先着三名!』
ダークフェアリーたちが魔法担当と突撃担当を交代する、そのわずかな隙。ダンテが、何もしていなかったわけではないからだ。
手際よく【アイテム欄】を開くと同時に、ダンテは【スキル欄】を確認した。
〈怨霊召喚〉の次にダンテが吸収、習得したスキル。
〈サバイバル料理〉――消費MP:3
調理環境が整っていなくても、即座に料理が可能です。ただし、料理効果によるバフ効果は発生しません。
『最後の大陸』の料理は、一種のバフ用消耗品だ。
最大HPや筋力、敏捷の数値を増加させたり、出血発生確率の減少、制限時間内の覚醒による魔法攻撃力増加などの効果がある。
その側面から見れば、〈サバイバル料理〉はそうした効果のない、文字通り「憑依したプレイヤー」の立場では何の使い道もなさそうなスキルだが。
だが、調理環境が整っていなくても、食材が即座に「完成した料理」に変わるということが、何を意味するのか。
ダンテは【アイテム欄】から肉の欠片をいくつか取り出した。
「〈サバイバル料理〉!」
そしてそれを揉み込みながら唱え、宙にばら撒くように放り投げた。
────、────、────!
てらてらと光っていた生肉の欠片が、空中でことごとく「完璧に焼き上がった肉」へと変わっていく様子ときたら。
『皆さん、食べて成仏してください!』
「ああ、この温かい肉は、まさか……」
「そうか。まさにこの味……。生涯干し肉ばかり噛んできたこの私が――」
「私の名はゼロマ。無念を晴らしてくださったダンテ様のご恩は、忘れ――」
《兄貴、俺も一つ食いたいんですが、どうせなら一切れくらいは――》
『いや、ザークだけじゃなく全員うるさいから、さっさと成仏してくださいと言っている!』
これこそが、時間が経てば経つほど、ダンテがダークフェアリーたちとうまく渡り合える理由だった。
【等級F、ハンナの怨念を解消しました】
【等級F、トリビの怨念を解消しました】
【等級F、ゼロマの怨念を解消しました】
【ハンナの能力を吸収しました】
【トリビの能力を吸収しました】
【ゼロマの能力を吸収しました】
【スキルを獲得しました】
・
・
エバを見て「自動成仏」したり、こんなふうに合間合間に怨念を解消した怨霊の数は、ここまででちょうど二十。
スキル自体は使い物にならないものがほとんどな上、ステータス上昇もごく微々たるF等級とはいえ、腐っても二十個の頭だ。
『塵も積もれば山と――……ん?』
それなりに足しになっていると考えていたダンテだったが?
【肉体と怨霊の格差が大きくなりました】
【F等級怨霊の能力は、これ以上吸収できません(スキル獲得は可能)】
今まで見たことのないシステムメッセージの前では、膝の力がかくんと抜けかけたのである。
名前:ダンテ
種族:人間
レベル:8、ランク:D
職業:剣士、補助職業:ゴブリンハンター
筋力:18 敏捷:23 知力:14
体力:17 魔力:1
状態:-
ダンテはすぐさま【ステータス】を開いた。
F等級、E等級を経て、つい先ほど三つの頭を成仏させたことで、D等級水準のステータスに到達した。
それと同時に表示されたシステムメッセージの意味は、明確だ。
『能力吸収は、二段階以上差が開いたら駄目なわけか』
つまり、今後は最低でもE等級以上の怨霊の怨念を解消しなければ、ステータスを上げられない。
完璧な理解。
『……だが、E等級こそ時折出たものの、その上は、ただの一度も出なかったんだが?』
続けて訪れる、絶望。
エバを除けば、〈怨霊召喚〉スキルの獲得以降、E等級より上の頭は、ただの一度も出ていないというのに!
その上、恩着せがましく括弧まで開いて(スキル獲得は可能)だと?
『俺じゃなきゃ使い道もないゴミスキルを、人をおちょくってるのか……』
『最後の大陸』の大抵のユーザーなら、どう活用すべきかすら困り果てる、【スキル欄】をごちゃつかせるだけのF等級怨霊たちのスキル。
『それでも得られるだけましだと思うべき……』
《あ、兄貴! 兄貴!》
残念がるダンテの頭の中に、ザークの大騒ぎが聞こえてきた。
ダンテにも、その理由が分かった。
突如暗くなった空、正確には月光が遮られ、夜が濃くなったからだ。
もし数え切れないほどの怨霊たちが発光していなかったら、ダンテですら一瞬視界を失うほどの、濃く深い闇の中で。
「何かが――。まずい、避けろ!」
エバは、見た。
ダンテも、感じた。
『散れ! 俺の前へ――』
───────────……!!!!
何かが、撃ち出された。
ダンテに向かってではなかった。
エバをはじめ、密集している怨霊たちに向かって。
「あ……。おい、嘘だろう」
ダンテですら、即座に反応できなかった。
怨霊たちを収納するのは不可能な上、みっちりと密集した彼らが素早く動けるはずもなかったのだから。
青黒い刃のような何かが空間を切り裂いて通り過ぎた跡に、残ったものは少なかった。
怨霊の相当数が、消滅した。
半分以上、もしかすると70%近く。
ダンテが装着しなければスキル扱いを受けるため、HPの概念すらない怨霊が。
消滅した。
《あ、兄貴! どういうことですか!? あ、あれ、あれはいったい何なんです!?》
「まあ、大したことじゃない。ある程度予想はしてたんだが、まさかこんなに早く、こんなに突然、こんなに問答無用で来るとは思わなかっただけだ」
《え、ええ?》
ザークの大騒ぎを鎮めながら、ダンテは手のひらに滲んだ汗を払わねばならなかった。
誰がやったのかって? あれは何なのかって?
ダークフェアリーたちがちょろちょろと飛んでいく方向を見るだけで、分かることだ。
「マ、ママ!」
「ママ、ママ、あのね、ダンテがぼくたちに何をしたかっていうとね!」
「心配おやめ、私の子供たち……。ママはな〜んでも、お見通しですからね」
柔らかな声でダークフェアリーたちを包み込む。
「空から降り注ぐ月光」を覆い隠すほどの巨体を持つ。
彼女。
「いくら何でも、人様のものをこう問答無用で消してもらっては、困るんだがなあ」
ダンテは怨霊の消えた空間を、すうっと眺めた。
そして、この上なくふてぶてしい表情で言った。
「損害賠償を、いただかないとなあ? ドレニアン?」
彼女、フェアリークイーン、ドレニアンに。
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お願い事の前に賠償請求から入る交渉術は、良い子の皆さんは真似しないでください。なお、大人の皆さんも真似しないでください。
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