第31話 来た、俺の晩飯
ダンテは、行き場を失った手を下ろした。
そろそろと下がっていく手は、自然と剣の柄へ向かった。
「まだああやってるのか。フェアリークイーンとはすっかり和解したのに、なんでお前たちのほうが騒ぐんだよ?」
「死ねええええっ――!」
「〈星光剣〉を返せ、この泥棒!」
シャアアアア──────ッ!
ダークフェアリーたちが殺到すると同時に、ダンテも剣を抜き放った。
一般的なE等級の冒険者は、ダークフェアリー二体すら相手にできない。
そのサイズが小さく、夜に活動する真っ黒な目標を、目で捉えるのが難しいという点。
飛行軌道もまた、蚊や蝿を観察する以上に不規則であるため、なおさらだ。
その上、硬い体と鋭い爪は、ただの鉄剣程度なら軽々とへし折るほどだが……。
「〈星光剣〉は正当に手に入れたものなのに、何をしつこく寄越せと言ってるんだ!」
カアン、カアン、カアアン――!
ダンテは双剣で、彼らの黒ずんだ爪を正確に弾き返し。
「きゃあああっ!?」
「キイイッ!」
「キギッ、キッ!」
それどころか、ダークフェアリーたちに確実なダメージまで与えることができていた。
その理由は一つ、ダンテの職業と補助職業の効果のおかげだった。
『最後の大陸』において、職業と補助職業は選択制ではない。
職業はキャラクターの主力活動により、自動で割り当て。
補助職業は一種の称号あるいはオプションで、最も影響の大きかった実績に応じて付与され、職業と補助職業に該当する特性に合った効果上昇が適用される。
現在のダンテの職業は〈剣士〉。
剣を使う場合に追加ダメージ、ダンテが双剣を握った理由もそれだ。
補助職業は〈ゴブリンハンター〉。
小型種モンスターへの追加ダメージ。ただし、大型種モンスターからは追加の被害。
「まあ、返したくても、ダークスターに吸われちまって、もうないんだがな。そういえばフェアリークイーンにこの話はまだしてなかったか。俺が持ってると思ってるのかね?」
ダークフェアリーを相手にしにくい理由、その二。
「ママの前でも。」
「笑っていられるか、見ものだね。」
「ボロボロにして引きずって行ってあげるから。」
彼らが仕掛ける最初の突撃は、ただ時間を稼ぐためのものに過ぎない。
群れの一部が最初の突撃で時間を稼ぐ間、残りの一部は魔法を準備する。
「〈スターフォール〉!」
「〈オーロラカーテン〉!」
つまり、最初の一陣が突撃する間に、二陣は魔法を準備、使用。
魔法を使った二陣が突撃する間に、復帰した一陣が魔法を準備、使用。
そして二陣が復帰する頃、一陣は殺到して引っ掻き、噛みつき……。
一度弾みのついた彼らの交代戦法は、決して止まらない。
敵が粉々になるまで。
十体のダークフェアリーは、経験の浅いB等級冒険者十人すら、瞬く間に食らい尽くすほどだ。
言い換えれば?
豊富な経験に裏打ちされた冒険者なら、能力値が足りずとも渡り合えるということ。
ダークフェアリーの使う魔法にはどんな種類があり、どう発動するのか。
魔法と物理攻撃に分かれた二つの交代群が、どんなタイミングで動くのか。
各魔法の投射体はどんな速度で、その効果はどのように適用されるのか。
「来た、俺の晩飯」
そのすべてを完璧に把握しているダンテだからこそ、今を好機にできるのだろう。
ダンテはすぐさま剣を鞘に納めながら、計算した。
『〈オーロラカーテン〉は〈フレイムストライク〉と同格、そして〈スターフォール〉はそれより一段上だから――』
〈フレイムストライク〉は、魔力を6吸収する。
魔力ステータスが10を超えると、危険になる。
現在のダンテの魔力は4。
これを考慮するなら、自分のやるべきことは?
『【三回】、すかさず続けて【六回】、そして最後に……』
やるべきことは明確だ。
タイミングも、逃すはずがない。
「ふ、ふふ……。始めようじゃないか。俺も好きなんでな、大数の法則」
〈オーロラカーテン〉が届く直前、ダンテの両手は、彼のこめかみに触れていた。
───────────……!!!!
闇の降りた湖のほとりで、月光、星光、そしてオーロラの光紋が爆発した。
* * *
ダークフェアリーたちは、揃ってけらけらと笑った。
「オホホホッ」
「ダンテ、にっくきダンテ!」
「ママの仇だ、オヒヒヒッ!」
ダンテは爆発を避けなかった。
それを防ぎもしなかった。
そのすべてを見ていたからこそ、ダークフェアリーたちは笑えたのだ。
正面から受けて耐えられるほど、甘い魔法ではないのだから。
だが、爆発とともに巻き上がった土煙が収まる頃、その笑いはすべて消え去ってしまった。
爆発のど真ん中に、ダンテが無事に立っていたからだ。
「ふう……。おい、お前たちのせいで服が台無しじゃないか! これ、高いやつ……をせしめたものなんだぞ」
厳密に言えば、無事というわけではなかった。
革の防具と衣服がぼろぼろになったのは確かだった。
だが、体は?
満月の下にさらけ出されたその肉体には、かすり傷一つない?
「……ど、どうやって?」
「む、無事だって?」
「あり得ない! 〈ディスペル〉を使ったわけでもないのに!」
ダークフェアリーたちからすれば、受け入れられない結果だった。
魔法を無効化したわけでもなく、まともに被弾しておきながら、どうやって?
その疑問は、すぐに違和感へと変わった。
ダンテの姿だけが、半裸に変わったのではなかった。
魔法が命中し、爆発する前と、完全に変わったものがもう一つあった。
「何の魔法を使っ――……魔法?」
「待って、待って。ダンテの後ろに? 魔法?」
「まるまる〜 ぷかぷか〜 まほう?」
ダンテの後ろに浮かんでいる、何か。
まるっとした何かが、ぷかぷかと浮かんでいる。
それも、一つや二つではなかった。
ダンテはふん、と鼻を鳴らし、手をひらひらと振った。
それと同時に、ダンテの後ろにぷかぷかと浮かんでいた何かたちが、ひゅうう……とそれぞれの方向へ飛んでいき始めた。
そうして何か(?)を散らしてから、ようやくダンテはダークフェアリーたちに言った。
「これが何であれ、お前たちの知ったことじゃない。それより、目標を仕留めるまで止まらないのがお前たちの特徴じゃなかったか? こんなところで止まってどうする? やっぱり二交代はきついか? ママに話してやろうか?」
こんな時間すら惜しいダンテだったのだから。
ダークフェアリーたちの攻撃習性、それこそがダンテがこの奥深い湖畔まで入り込み、彼らを待った理由なのだから。
「ママを……」
「侮辱するな!」
「にっくきダンテ!」
「俺がいつ侮辱したと――」
ダークフェアリーたちが、殺到し始めた。
やはり最初の突撃、ダンテは半ば裸の状態で双剣を抜き放った。
『軌道が100%目に見えるわけじゃないが!』
彼らの攻撃パターン自体は、すでに熟知している。
見て反応するのではない。
予測して、待ち構えるのだ。
従って、遠く離れたエバの立場からすれば、呆れた見世物ができたわけでもあった。
「ダークフェアリーどもが、あいつの剣に頭から突っ込んでいく格好だな」
ダークフェアリーたちが自分から、ダンテの剣の面へ頭突きをしに飛んでいくように見えたからだ。
不規則な軌道を描くダークフェアリーたちのパターンを完璧に熟知し、予測することに、どれほどの集中が要るのか。
エバはその部分も容易に察することができたからこそ、ダンテの動きをほとんど「ショー」のように感じられたわけだった。
《そんなに余裕かまさないで――。ふぁあっ、兄貴! 後ろ! 後ろ……にはもう反応してらっしゃいますね。なら横からまた……来るのもご存知でしたか》
遠くで聞いているだけでも騒がしいザークの大騒ぎの中で、あのすべてをこなしているとは。
ひとしきりの殺到を弾き返して、どれほど経っただろうか。
後方に待機していたダークフェアリーたちの体から、再び光が灯り始めた。
その光を見たダンテが笑みを浮かべるのを眺めながら、エバはため息をついた。
「あの真似をまたやると?」
『当たり前だろう。そのためにここへ来たんだと言ってるんだ』
「……なら、こいつらは少ししまってからやれないのか?」
彼女は周囲の目を気にしながら、力の抜けた声を出した。
SR等級のハイエルフがあんな態度を見せるというのが妙におかしくて、ダンテはぷっと笑った。
『どうせ全部は入らん』
それ以上、説明する必要もなかった。
現在ダンテが装着中の怨霊は、ザーク。
「〈スターフォール〉!」
「〈オーロラカーテン〉!」
そして召喚中の怨霊は、エバ……のほかに、約二十一個のF等級の頭だったのだから。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
ダンテの食生活は、本日より魔法中心に切り替わりました。摂取上限(魔力10)を超えないよう、計画的な食事を心がけているそうです。
次回の更新は、明日の夜7時20分です!
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