第29話 姫の代わりに、髭もじゃを
ダンテは彼らからせしめた各種スクロールを整理しながら、悠々と森を歩いていた。
外見上、さほど変わったところはなかった。
まして腰に差した剣も、ゴブリンに攫われていた鍛冶屋から受け取った、あれらのままだった。
《意外ですね、兄貴。いくら奴らが持ってないといっても……。Aランクが使ってた剣とか、全部奪い取ると思ってたんですけど》
ハイテルの残した要員たちから、装備の類は特に受け取らなかったという意味でもあった。
その姿に改めて感嘆するザークだったが、ダンテはため息をつかねばならなかった。
「ザーク、お前は俺の話の何を聞いてたんだ……。欲しくても、そうはいかなかったんだと言ってるだろうが」
ダンテに欲がないから? 彼らに感謝しているから? そんなはずがない。
装備を奪わなかった判断には、徹底して合理的な思考が溶け込んでいたのだ。
彼らと別れる前、最後に交わした会話のせいだった。
「大陸全域に十一人、四つの組……。定期的に連絡は?」
ハイテルの残した人員は、総勢十一人だった。
四つの組に分かれ、今もなおダンテを探して大陸を巡っている者たち。
「定期的というより、随時連絡ですね。何か特異な事案はなかったか、複数の情報が入ったのにまだ行けていない場所はないか……ハハッ、ですがもうその必要もなくなりますね。ダンテ様を見つけ――」
「いや、俺を見つけたという話はするな」
ローライはついに任務から解放された喜びを表していたが、ダンテはただ、喜べなかった。
ダンテの言葉を噛みしめていたローライの表情が、みるみる険しくなった。
「う、裏切り!? いいえ! あり得ません! 我々は皆――幼い頃からハイテル様に拾われ、育てていただいた孤児なんです! 同じ孤児院の出身として、そのような疑いは――」
「ああ、お前たちは本心だろう。分かってる。五年……相当苦労しただろうが、その程度でハイテルを裏切りはしないだろうさ」
ダンテは彼をなだめながら言った。
魔王軍に親を奪われ、残された子供たち。ハイテルは彼らを拾い、世話をしながら、「絶対に裏切らない」要員を育てていたとも言えるだろう。
こいつらは本心のはずだ。
「だが、別に裏切りじゃなくてもだ……。お前たちを付け回していた誰かが、いたかもしれないだろう?」
だからこそ、より慎重であるべきだと、ダンテは彼らに教えてやったわけだ。
バーバラとバーベラまでもがダンテの言葉に目を丸くした時、ダンテは三人を見て再び口を開いた。
「急に態度や行動、あるいは装備なんかががらりと変わったら、間違いなく疑われる。俺を見つけたと連絡した時、お前たち十一人のうち、たった一人でもしくじれば……」
「ア、アルデリオン――皇太子側に知られるかもしれない……? ですが、我々の後をつけるような――そんな気配は、今まで一度もありませんでしたが」
ローライの言葉に、バーバラとバーベラは頷いた。
その純真無垢な態度に、ダンテはぷっと吹き出してしまった。
「ほらこれだ、これだから若い連中は。おい、皇太子が間抜けか? 五年も同じ人間に尾行をさせると思うか?」
「……はい?」
やられたことがないからこそ、分からないこと。
ダンテは教えてやった。
「ハイテルの息がかかっていた孤児院なんてものは、とっくに把握済みだろう。その所属が誰なのかまで掴んでいたら? 周辺の都市に、こっそりと、お前たちの名前や顔を載せたビラを一斉にばら撒けば、それで終わりだろうが!」
アルデリオンは、並の男ではない。
「千里眼」の恐ろしさを、アルデリオンもよく知っている。
ならば、必ず備えているはずだ。
「まして……ハイテルの奴、自分だけ捕まって、他の連中は全員逃したそうじゃないか」
ダンテが確信できる理由は、これだった。
先ほど聞かされた、自分が処刑されたあの日の話。
断片的とはいえ衝撃的だったその報せに、ダンテは口をつぐんだ。
ローライは戸惑って尋ねた。
「それでは……ハ、ハイテル様はどうやって――どうやってお救いになるのですか? バルデス様をはじめ、ダンテ様の他のお仲間の方々こそ、手配の最優先のはずです! 我々を取り調べたあの女性……? お仲間の方の力があっても、足りないはずです!」
自分たちの力は借りない。
旧知の仲間たちの力は、借りられない。
アルデリオンに徹底的に追われている最中だろうから。
なら、ハイテルはどうやって救うのか。
「ああ、とにかくお前たちは要らん。俺が何とかする」
ダンテの目が、光った。
必要な情報は全部聞いた。
残るは計画の立案、そして実行。
「はい?」
そのための準備も、ある程度は頭の中に浮かんでいるものがある。
ダンテはぐっと伸びをして言った。
「元々、一度やったことなんでな。仲間を探して。アイテムを探して。姫を救って、魔王を倒す……。これと何が違う。姫の代わりに、髭もじゃの旧友どもを救うってのが、ちょ〜っとアレだが」
『最後の大陸』に憑依して、すでに一度やったこと。
その繰り返し?
正確には、繰り返しではない。
状況は、前より悪い。
「ここでいいな」
だが、状態は前より良い。
いや、良くなっていくはずだ。
かなり大きな湖のほとりまでたどり着いたダンテは、呼吸を一つ整えて、唱えた。
「〈怨霊召喚〉」
前はできなかった、新しい成長方法。
そして、既存の天井を突き破って到達できる、SR等級の存在を知ったのだから。
* * *
過去にやったことであり、今回新たにやることの、その一つ目。
仲間を探す。
バルデスをはじめ、現在アルデリオンの追跡を躱している旧知の仲間ではない。
文字通り、新しい仲間。新たに共に歩める者たち。
生きて息をする生身の仲間だけではない。
ピイイイイ──────!
ダンテは召喚中の怨霊、すなわち「新たに共にする仲間」を待ちながら、微笑んだ。
なにしろ今度の「新たに共にする仲間」は、自分の「収納空間」にも入れられる者たちではないか。
けたたましい音にもいくらか慣れてきたとばかりに、ザークとエバが言った。
《今回は誰が出てくるのか、気にはなりますね、兄貴》
「どうせ虫けらだろう」
『虫けら虫けら言うな。聞いてる虫けらの気分が悪くなるだろうが』
そうでないなら、ダンテ自身の成長のための足がかりになってくれる者たちだ。
能力値の上昇、それによるSR等級エバの具現率増加だけでも、途方もない助けになってくれるのだから。
「虫けらの気分が悪くなったら何だと言うんだ? 文句があるなら連れて来い」
「だから今、お出ましの最中だろうが。待とうじゃないか」
〈フレイムストライク〉を吸収し、魔力は10になった。
収納空間との比率や、怨霊たちを通じて改めて試すべきことなどを考慮すれば、六回の召喚くらいは問題ない。
【等級F、怨霊が召喚されました】
【等級F、怨霊が召喚されました】
【等級E、怨霊が召喚されました】
それでも「極悪の確率」は、やはりどうにもならないもの。
半分の機会を溶かして、ようやく獲得したのがEランクの頭とは。
「まあ、そんなもんだろう。さて、それで皆さんの怨みは何ですか?」
ダンテは残念がりもせず、機械的に仕事を始めた。
F等級怨霊たちの怨みは、やはりありきたりなものだった。
それどころか、被るものも多かった。
「肉? オーケー。広い世界の証? これ、世界樹の子房なんだが? よーく見てから成仏してくださいね」
二つの怨みを瞬く間に解消し、能力値を吸収。
ダンテは迷いなく、Eランクである壮年の男性を見た。
「ご老体は、果たせなかった夢は何ですか?」
皺のくっきりと刻まれた男性は、涙を流し始めた。
そしてダンテは、知ることができた。
Eランクの怨みを解消するのが、どれほど難しいのかを。
「まともな金貨を、一度も持たずに死にました。生涯を金鉱で働いて死んだというのに、私の手に落ちた『金』は、粉すらもない有様で。私はいったい、何のために生き、何のために死んだのか……」
《金……そうですね。そんなものが、ありましたね》
1ゴールドが必要だという意味。
ザークがその言葉に共感したように、『最後の大陸』の大抵の下層民は、1ゴールドの貨幣を生涯持ったことも、使うこともない。
「温かく焼けた肉を食べること」などに比べれば、確実に難度が上がったわけで、それどころかダンテも、この問題をすぐには解決できなかっただろう。
「どうぞ。三途の川の渡し賃にしろと言うのが、手向けなのか悪態なのか分からんがな」
ハイテルの要員たちから受け取った――半ば強制的に受け取った――金貨がなかったなら。
ダンテは彼に1ゴールドを手渡した。
「あ、ああああ……ありがとうございます、ダンテ様!」
壮年の男性は光の粒に包まれ、幸せそうな表情を見せた。
その姿を見つめていたザークが、呟いた。
《もったいない……。あの、ところで怨霊も物を持っていけるんですか? じゃなきゃ置いていってくださいよ、おじさん!》
ダンテは、ぷっと笑った。
ザークのおかげで、また一つ確認できたことでもあった。
「俺の持ち物を持ったまま、収納もできるわけか? これ、事実上の隠しインベントリだろう?」
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
勇者の攻略手順は五年前と同じです。仲間、アイテム、姫、魔王。ただし今回の姫には、髭が生えている予定です。
本日より、更新は一日一回・夜7時20分となりました。
次回の更新は、明日の夜7時20分です!
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