第28話 子房、寄越せ
星の光を宿したかのように、ところどころ煌めく剣が、一抱えもある大樹より太い何かを斬り落とした。同時に噴き出す、緑褐色の血。
魔王の居処へ繋がる手がかりを得るため、必ず討伐せねばならない、頭七つのキメラヒドラ。
それぞれの頭がすべて異なる特性と弱点を持ち、攻略不可能と知られたモンスターの一つだった。
「くたばれ! 仕上げはドラスレで――」
もちろん、そのすべての特性を把握し、弱点を突ける相性武器を保有しているなら話は別だ。
〈星光剣〉でずばりと斬り落とした首からは、血飛沫が噴き上がっていた。その切断面へ突き込まれていくのは、青黒い刀身を持つ〈ドラゴンスレイヤー〉だった。
ずぶうっ……。武具がその太い体に食い込むや否や、血は止まった。
ダンテはにやりと笑って叫んだ。
「――よし! 頭五つ目クリア! 六つ目は――。お、おい!?」
だが、その笑みはすぐに消えねばならなかった。
頭を斬られた首の筋肉がぎちぎちと収縮を始め、そこへ突き込んだダンテの腕と剣を、握り潰そうとしてきたからだ!
「ダンテ! 腕を抜け!」
「ぐあああ、死ぬかと思った、忌々しい蛇頭が」
ダンテは辛うじて握っていた剣の柄を手放し、腕を引き抜いた。
その巨体から飛び降りて着地、血に濡れた腕をぱっぱと払うダンテを見て、ずんぐりとした誰かが飛び跳ねた。
「この糞ったれが、〈ドラゴンスレイヤー〉は!?」
「あー……あいつの体の中?」
「そ、それを置いてきただと!? 金床かなとこの神よ! まことに貴様は儂に死ねと言うのだな!」
「待てって、バルデス。どうせあいつを仕留めたら、丸ごと解体して取り出せるだろう、もう怒るなよ」
「その前に刃が傷むと言っておるのだ! 貴様のそのイカれた体はフェアリークイーンの加護だの、酸性耐性だの、ありとあらゆるものがくっついておろうが、儂の大事な剣は違うのだ!」
「……それと何度も言うが、お前は手入れをしてくれただけで、ドラスレは俺の剣だからな。とにかく重要なのは――」
ギャアアアアアア───────ッ!
「――む?」
頭が二つしか残っていないキメラヒドラが、暴れ始めた。
その意味を即座に見抜いたのは、「千里眼」のハイテルだった。
「発狂している……この洞窟を崩す気だ! 生き埋めになる前に出ろ!」
彼の判断が間違うはずはないと知っているからこそ、ダンテの仲間たちは皆、身を翻した。
即座の判断、即座の実行。
一人だけが、違った。
「あれを殺せば手がかりが出るんだろうが!」
「手がかりのために命を懸ける気か? 出るんだ、ダン――」
「やれる! 崩れる前に頭二つ斬り落とせば済む話だからな!」
ダンテはキメラヒドラへ身を投じた。
ハイテルは揺れる空洞の内部と、発狂するキメラヒドラ、そしていつの間にか聖剣と魔剣を手にしているダンテを、交互に見た。
計算は一瞬。
「いや、時間が足りんと言っている!」
彼は首を横に振った。
それでもダンテは叫んだ。
「いや、数秒でいい。聖剣と魔剣の力をぶつけて爆発を起こせば、一撃で頭二つくらいは取れるはずだ。ふう、なら俺が何とかしてみるから、俺には構わず先に出ろ」
その確信に満ちた声。
ハイテルは頷いた。
「……合理的な判断だ。では、我々は外で待って――」
そして身を翻した。
いや、翻そうとした。
すでに他の仲間たちは皆抜け出したキメラヒドラの巣の中で、ダンテは呆れ果てたという顔で彼の背中を引っ掴んだ。
「おい、だからって本当にそのまま行くか? こういう時の『先に行け』『俺を置いていけ』ってのはな、早く来て助けろって意味だろうが!」
ハイテルは、何を言っているんだという顔だった。
それにもかかわらず、彼はダンテの隣に立った。
「……理解に苦しむほど非効率的な発言だな? 判断根拠に使うには、不合理極まりない言語だ。最初から助けてくれと言っていれば、他の者たちも外に出さなかったものを」
自分に使える最強の保護魔法を、詠唱しながら。
ダンテはその横顔をちらちらと窺いながら、呟いた。
「いや、だからその……直接言うのは気恥ずかしいというか、みっともないというか――。とにかくお前、いつかどこかで捕まってみろ。お前が助けてくれと言っても、絶〜対に行ってやらんからな」
「なら『助けに来るな』と言えばいい、ということだろう? 何より、そんな場合は来ないんじゃないかね。私が捕まる頃には、君はおそらく死んでいるだろうから」
ハイテルは真剣な声で言った。
聞いていたダンテが、ぷっと笑いを漏らすほどに。
「とにかく行くぞ、守ってくれ!」
聖剣と魔剣の接触、それによる大爆発。
ハイテルとともに爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた、あの時を思い出しながら、ダンテは呟いた。
「……そうだな。ハイテルは捕まって、俺は死んだか」
過ぎた日々があるからこそ、分かる。
ハイテルが言わんとしていることが何か。どういう意味か。
彼は、助けてくれと手を差し伸べている。
それを無視するダンテではない。
「はい?」
「いや、お前たちに言ったんじゃない。それで? そもそも俺だと、どうやって分かって追ってきたんだ? 姿が変わってるのに」
だが、まず知っておくべきことがある。
ダンテがまず気になったのは、自分を特定した方法だった。
世界樹の枝で確認しようにも、あれは近距離でしか使えない。
つまり、「処刑された英雄」ダンテではないか? という疑いを、先に立てていなければならないという意味。そんなことが、どうやって可能だったのか。
背の高い男性、ローライは人当たりのいい笑顔で、少しばかり気まずそうに答えた。
「ハイテル様が仰いました。必ず、怪しい振る舞いをする者が現れるはずだと」
「え? 何?」
英雄の気配を追った、だとか。
魔王を討伐した者の、尋常ならざる気配があった、だとか。
その種の答えを期待していたダンテとしては、呆れ果てるほかない返答であり。
しかも、それで終わりではなかった。
「そ、その、ですね――。姿にとらわれるな、と……。『万が一の事態』が起きたなら、普段は観察できない事件を起こす者、その者を追って確認しろと仰せでした」
「そ……そうだろうな。だよな、俺は、まあ、普通の人間ではないからな。たぶんそういう意図……だよな?」
ハイテルは、当然分かっていたのだ。
「万が一の事態」が起きた後のことまでは、すべて予測できないということ。
ならば、詳細な指示は出せないということ。
予測できない状況について、あらかじめ説明などできるはずがない。
「あの、ダンテ様には申し訳ないのですが、一言付け加えますと……」
従って「千里眼」のハイテルは、最も効率的で強烈な言葉で、ダンテの追跡条件を説明したわけだった。
「目立ちたくて。」
「うずうずしている者を探せば早い。」
もちろん、あの言葉を聞いて、ハイテルのそうした意図を一発で見抜ける者は稀だろう。
当事者であるダンテですら、当惑するほどだったのだから。
気まずい静寂の間、ダンテの頭の中にはエバとザークの声が響いた。
「あははははっ! その通りじゃないか、しかもこいつらは知らんだろうが、貴様は他人の頭を挿げ替える真似までしているんだぞ?」
《あ〜ながち間違った言葉とは言えませんねえ、兄貴》
ダンテの喉仏が、ごくりと上下した。
ローライはダンテの顔色を窺い、慌てて口を開いた。
「で、でも本当に幸いでした。大陸全域を、ハイテル様の残された数少ない者たちで回っている最中だったのですが、たまたま私たちの滞在していた都市で、たまたま私たちが冒険者ギルドに入ったその時に、あんな事件が起きるとは」
「水晶玉の光、すごい。」
「水晶玉割ったの、えらい。」
双子であることを明かした女性、バーバラとバーベラは、純粋にダンテを称賛した。
実際、大抵の魔法が使えない冒険者ギルドの建物内でのあの現象は、誰にでもできることではない。
まして、能力検証の水晶球を砕いた?
それが偶然ではないと、彼らは信じている。
ただ、今のダンテの耳には、そんな言葉は特に入ってこないだけ。
ダンテは、ようやく口を開いた。
「子房、寄越せ」
それは、死の宣告ではなかった。
どうせ、脅す必要すらなかった。
「え、ええっ?」
「子房と、他のもろもろを寄越せと言ってるんだ。ハイテルが、俺を見つけたら渡せと言っていた物はないのか? 武器でも、何でも、出せ」
「え? いえ、そのような……そのような品は一切――」
「ふうん、身ぐるみ剥いで出てきたら、どうなるか分かるな? 言葉で言ってるうちに、大人しく吐き出せ」
こいつらからは、正当に、別の何かをせしめられるはずなのだから。
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「助けに来るな」の正しい使い方講座、開講から五年越しの実践編でした。なお講師は現在、受講生の救出準備に入っております。
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