第27話 死亡ではなく、子房です
気絶した三人の所持品から、ダンテが発見したものは一つだった。
しわしわに乾ききった、小さくて赤い何か。
うっかり果実か? と思いきや、あまりに見栄えがせず、地面に放り出しておいても誰も拾わないであろう、そんな代物。
それを見たエバの瞳が、大きく見開かれた。
「あり得ない。これ……これも世界樹に関わるものじゃないか!? 種? いや、そんなはずが――。世界樹の種はこんなに小さくもなければ、そもそも人間が持てるものでは――」
「子房しぼうだ」
戸惑う彼女に答えてやったのは、ダンテだった。
もちろん、答えを聞いても戸惑いは変わらなかった。
「――何?」
《し、死亡!? だ、誰がですか、兄貴!?》
ザークの反応にも、ダンテは笑わずに言った。
笑えなかったからだ。
「死亡じゃない、子房だ。オヴァリー。もう少し育てば、世界樹の種を宿して育てられたはずの器官だよ」
世界樹もまた植物、花を咲かせ種を蒔く、植物の器官を備えている。
そしてその種を宿し、育てるのが子房だ。
少なくともダンテの知る限り、干からびてしわしわになった世界樹の子房を持ち歩いていたのは、ただ一人だけだった。
「それを貴様がなぜ……」
「ハイテルが宝物みたいに持ち歩いてたものだからな」
《え!? あ、兄貴! じゃあこの人たちは――》
「ちょっと待ってくれ。静かにしてもらえるか、ザーク?」
《あ、はいっ》
いつもより丁寧な物言いに、かえってザークが一瞬戸惑うほどだった。
ダンテはそれほど混乱していた。
ハイテルがこいつらを送った?
考えてみれば、怪しい。
Aランクが交じっているというのに、わざわざ〈フレイムストライク〉だけで攻撃する理由がない。
最初からあの背の高い男性、あの人間が全力で攻めながら接近していたら、はるかに手強かったはずだ。
あの正直すぎる魔法攻撃は、テスト?
『俺が本物のダンテか、確かめるために……?』
こいつらも、命懸けで探し回っていたはずだ。
それだけ、テストの強度も高かったのだろう。
生半可な行動で、自分たちまで危険に晒すわけにはいかなかっただろうから。
だとすれば、本当にハイテルの!?
熱を帯びていくダンテの頭脳を冷ましたのは、エバの声だった。
「ハイテル……テル家のハイ、という奴か?」
『何?』
「テル家なら名門だが、世界樹に関わる品を勝手に持ち出すことはできないはずだが?」
『え、え? 何だって?』
それはダンテにとっても、当惑の瞬間だった。
ハイテルを、今、何と呼んだ?
テル家のハイ?
五年ほど仲間として過ごし、魔王まで討伐した友。
その名前の構造がそうなっていたことを、今初めて知ったんだが?
「世界樹の枝といい……。そのハイという奴が持っていたのは確かなのか?」
ダンテが驚こうがどうしようが、エバは問うた。
ダンテはしばし当惑して答えられなかった。
その沈黙をしばらく待ってやってから、エバは言葉を続けた。
「貴様がハイエルフについてそれなりに知っているのなら、『この手の品を無条件で確保できる人物』がいるだろう?」
もしハイテルでないなら、世界樹に関わるアイテムを確保し、持ち出せる唯一の人物がいる。
ハイエルフの族長。
もし彼が送ったのだとしたら?
エバは今、警告しているのだ。罠かもしれないと。
ダンテもそこまで考えが至り、改めて気づいた。
『は、俺が族長と仲が悪いのを、どうやって知った? 話してもいないのに』
こんな警告をするには、ハイエルフの族長とダンテの仲が良くないこと、良くないどころか、避けるべき人物の一人であることを認知しているという意味。
エバはそれをどうやって知ったのか。
彼女は肩をすくめたそうな表情で言った。
「決まっているだろう。ハイエルフについて知った風な口をきく貴様が、これを見た瞬間に族長から思い浮かべなかった? 族長がこれを与えた、あるいは送ってきた可能性は『絶対にない』と考えているからに他ならんからな」
平和を愛するだの何だのと、あれほど知った風な口をきいておいて。
ハイエルフの族長から思い浮かべなかったとしたら?
彼との仲が気まずいのだろうと推測できる、という彼女の思考回路。
実際、ハイエルフの族長はダンテの処刑に先頭を切った人物の一人ではないか。
『ほう……自分の名前も知らないお方が、頭はなかなか回るようで? そのお利口な頭で、ご自分の過去でも思い出していただけたら、どんなにいいことか。なあ、ザーク?』
《簡単なことじゃないんですよ、兄貴。俺もやっとのことで思い出した自分の名前を――》
「う、うるさい! それと虫けら、貴様はたかが自分の名前一つやっと思い出した分際で何を!」
《――え? 違いますよ! 俺、生前の記憶は全部あるんですって! 帝国暦387年に――》
「んんっ、とにかくだ。エバの言うことにも一理ある。ハイテルが隣にいても、たぶん同じことを言っただろう。軽々しく断定するな、とな。だから、確かめないとな」
ダンテは彼らの所持品から目隠しに使えそうな布とロープを確保し、彼らを拘束した。
《どうなさるおつもりで、兄貴?》
ザークの無邪気な質問に、ダンテは何でもないことのように答えた。
どうするつもりかって?
「元々、極限状況まで行けば、誰でも吐くようにできてるんだ。俺が昔、魔王の城を探してた時、四天王の一人を捕まえて――。いや、この話はやめておこう」
《……いったい何を――。何をなさったんですか?》
「やめておけ、聞いたらお前、吐くぞ。今は俺の頭なんだからな、お前が吐いたら、おい、俺も吐くことになるだろうが。違うか?」
ザークはもちろん、エバですらそれ以上訊けない言葉をぽんと投げて。
彼らを近くの小さな洞窟へ引きずり込んだ後、今までテストを行っていたというわけだ!
『少々早い段階で吐いた感がなくもないが……』
命を脅かされる状況で、彼らは結局真実を明かした。
皇太子アルデリオンが送ったのでもない。
聖都の聖皇や、世界樹のハイエルフが送ったのでもない。
彼らを送った者、ダンテを実に五年も待った者は、別にいた。
エバの頭を外し、ザークの頭を付けながら。
「本当に……本当にハイテルの送り込んだ人間たちじゃないか?」
ダンテは彼らの目隠しを外した。
「ダンテ様……くっ、うう」
背の高い男性は、涙を流し始めた。
よく似た女性二人も、同じだった。
「ハイテル様を。」
「助けてください。」
ハイテルは死んでいない状態だということ。
冒険者ギルドの事務員から聞いた言葉、結局、情報を統制する上層部がハイテルを幽閉しているのだろうという点まで。
素早く推論を終えたダンテは、悲壮な面持ちで彼らに手を差し伸べた。
ハイテルを、助けなければならない。
「話してくれ。ハイテルは何を伝えろと言った? お前たちは何を知っている?」
そのためには、情報が要る。
背の高い男性は、その手を握って言った。
五年前に、まさにこの瞬間まで読み切った千里眼の伝言。
「ダンテ様を見つけたら、必ずこの言葉から伝えろと仰せでした」
また、幽閉されて以来、果てしない苦痛に苛まれているであろう仲間からの伝言。
五年前に処刑された友のために。
五年越しに処刑される友は、言った。
「助けに来るな」
「お前も死ぬ」
他のどんな情報や助言よりも先に伝えろという、重要な情報。
それが「助けに来るな」という言葉であることを、どう解釈すべきなのか。
一つだけは、確かだった。
涙ぐむ三人を見ながら、ダンテは小さくため息をついた。
「……助けに来いと言われるより怖いな、これ」
そして、ぷっと笑った。
少なくともハイテルが送ったのは確実だと、もう一度確認できる言葉でもあった。
「どうする気だ?」
姿を隠していたエバが問うた。
なかなかに賢いくせに、やはりこうした物言い、そのニュアンスまでは全部理解できないのだろうか。
ある意味、当然のことだとダンテは思った。
ハイテルの伝言、そして自分の理解。
これはすべて、五年という長く深い時間を共にした仲間だからこそ可能な、疎通の方式なのだろうから。
ダンテは言った。
「行くさ、助けに。あれは『必ず来い』って意味なんでな。ちなみに、ああいう言い方を教えたのも俺だ」
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「来るな」を「来い」と訳せる友人は、人生に一人いれば十分だそうです。翻訳の世界も、かくありたいものです。
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