第26話 売らない、という答え
三人は、戸惑うしかなかった。
ダンテの気配の宿った、世界樹の枝が接合されつつある。
ダンテが死んでいないという意味だ。
つまり、黒煙を突き抜けて出てくるのはダンテだ。
「やはり生きて――ダン……テ?」
ダンテしかいない。
ダンテでなければならない。
だが、ぼんやりとしたシルエットで見えるのは?
先ほどまでの体格のいい男性ではない?
むしろほっそりとした体つき、その上なびいているのは、髪だろうか?
「む?」
「え?」
なら、女……?
三人は疑問を抱いたが、それを確かめることすらできなかった。
「〈幻影歩〉」
そのシルエットが黒煙の外へ現れる直前に響いた、玲瓏な声。
それとともに、三人は「ダンテ」の姿を完全に見失ってしまったのだから。
「いや、上だ! 上――」
それでも、AランクはAランクだった。
背の高い男性は、いつの間にか頭上を振り仰いでいた。
消えた幻影、その痕跡から本体を探り当てたのだ。
だからこそ、彼は歯を食いしばらねばならなかった。
自分の見た、燕のように宙を横切るハイエルフの女性。
二振りの剣を手にした彼女が、自分を睨みつけていることを。
「〈循環撃〉」
より正確には、二振りの剣先にそれぞれ異なる気を纏わせて振るっている最中であることを、悟ったのだから。
背の高い男性は手を伸ばして叫んだ。
「ま、待て! 止ま――」
ダンテとエバは、同時に思った。
『止まれと言われて――』
《――止まるとでも?》
今度は指先でとん、と押すのではない。
確実に振り下ろされる剣撃、遅ればせながら防御用スキルを詠唱しようとするも、すでに手遅れの三人へ向かって、エバの体を借りたダンテのスキルが炸裂した。
─────、─────、─────!
よく似た二人の女性を瞬時に呑み込む、水。
そして背の高い男性を閉じ込めたまま、圧殺せんばかりに締めつけてくる土の壁まで。
瞬く間に制圧された三人は、意識を手放してしまった。
ダンテの体は、そこでようやく地面に降り立った。
軽やかな足取りでたたっ、と着地した後、ダンテは――エバの声で――尋ねた。
「ふう……精霊たちが殺してないのは確かだろうな?」
エバの答えは簡潔だった。
《貴様の精霊感応度が実にゴミのようなものではあるが……。まあ、あの程度の単純な疎通は可能なはずだからな》
「オーケー。よし」
満足するダンテの頭の中に、エバの声が再び響いた。
《ああ、危機に私の体を借りた対価は、たっぷり払ってもらうぞ》
自負に満ちたその声。無理もない。
ザークでは絶対に不可能と思われたことを、こうもあっさりやってのけたのだから。
だが、ダンテは首を――エバの頭を――横に振っているところだった。
「いやいや、何を言う。本来ならこの頭でも勝つのは難しかったはずだが?」
《何?》
『たった一度……俺の能力を知らない状態での奇襲だから通じたんだ。つまり、お前じゃなくて俺の計画が見事だった~という話だな』
《……忌々しい奴め、まったく一言も引かん――。チッ》
エバは不満たっぷりの声だったが、ダンテの言葉を認めるしかなかった。
爆発と黒煙に覆われた状態だった。
頭を挿げ替えることで肉体の形まで変わってしまうなど、彼らが予想できたはずもない。
まして、世界樹の枝で再び生存を確認するだろうことを予測していたかのように、その状況にぴたりと合わせて飛び出したダンテのアプローチは、文字通り戦闘に磨き抜かれた、相手の行動を完全に読み切ったからこそ可能な攻略ではなかったか。
そこへ、ようやくそろりと近づいてくる頭が一つあった。
「さっすが大したものです、兄貴! 姉さ――……じゃなくて、エバ! お二人とも本当にすごいです!」
《虫けら、貴様はその名前で私を呼ぶな。不愉快だ》
「え? いや、その名前、半分は俺が付けたようなものなんですけど? 俺こそ呼ぶ権利があるでしょう!」
エバの言葉に、ザークはむきになった。
相手を間違えた。
《そうだ、その件で一発殴ってやるのを忘れていた》
「ええっ? ちょ、ちょっと待ってください! あ、兄貴! 兄貴!」
『ちょ、ちょっと待て、エバ! だからといって勝手に首から抜けていく奴があるか! ザーク、こっちへ来い!』
首がにゅうっと伸びて、ぽきり。エバの頭がまっすぐザークへ向かって撃ち出されている最中だったのだから。
鬼ごっこを始めた二つの頭という間の抜けた状況を終結させ、ダンテは再びザークの頭を首の上に載せた。
「二人ともふざけるのはそこまでだ。まず、こいつらの正体から確かめようじゃないか」
エバは名残惜しげに一言物申そうとしたが、ダンテはすでに彼女の興味を別のところへ逸らすのに成功していた。
「殺さずにか?」
平和を愛するハイエルフの質問に、ダンテは首を横に振った。
殺す? 殺す気だったなら、最初から気絶させる理由がない。
ダンテは意識を失った三人の体を、瞬く間に漁り始めた。
《泥棒そのものですね、兄貴》
ザークが呟いた。
ダンテはぷっ、と笑って言った。
「正体を突き止めるには仕方ないだろう。世界樹側が送ったのか……聖都が送ったのか。身なりは一般の冒険者風だが、必ず後ろ盾の持たせた何かがある――。ん?」
そしてついに、ダンテは何かを発見した。
戦闘の時にも震えなかったダンテの手が、ぶるりと震えた。
「これは……?」
それを確かめる瞳孔は、この上なく拡張されていた。
* * *
ぽたっ、ぽたっ、ぽたっ……。水滴の落ちる音が響く場所。
おそらく洞窟のようなところ? ともかく屋外ではないと悟った瞬間。
「はっ」
男性は目覚めた。
目を開けた、と思ったが、前は見えない。
目隠しをされている。
動けない。
(拘束されたか。忌々しい)
縛られ、自由を失った状態であることを、彼は即座に悟った。
それと同時に、下唇を噛んだ。
不幸中の幸いと言うべきか。
ここには自分だけがいるのではないことを、彼はすぐに知ることができた。
「はあ、はあ、はあ……」
「ど、どうして――」
「しっ」
女性二人の声が聞こえるや否や、男性は口をつぐめと合図を送った。
彼女たちは自分たちの置かれた状況を悟って少なからず衝撃を受けたようだったが、男性は彼女たちを慰めることができなかった。
「起きたか」
突如聞こえてきた、また別の声のせいだった。
澄んだ美しい声、だが拘束された三人全員をびくりとさせる力のこもった声だった。
「……これは何の真似だ?」
「私たちになぜこんな――」
「黙れ。質問は私がする。貴様らは答えるだけだ」
男性と女性たちは反抗しようとしたが、すぐに口を閉ざさねばならなかった。
縛られた自分たちの状態のせいだけではない。
聞こえてくる声の女性に「やられた」ことを、自覚したからだ。
収まりつつあったとはいえ、まだ燃えていた炎、そして立ち昇っていた黒い爆煙。
それを突き抜けて現れ、瞬く間に三人を制圧した者、ハイエルフ。
「まあ、それでも一つは感謝すべきだろうな。貴様らのおかげでダンテを見つけ出せたのだから」
彼女は言った。
男性は、何のことかと言うようにもごもごと呟いた。
「何の話か分からんな。ダンテとは誰の――。ぐあっ!」
そして太ももから込み上げる痛みに、悲鳴を上げた。
「黙れと言ったはずだ。戦っておきながら、今さらしらを切るつもりか?」
怒気を含んだ声を出したのも束の間、彼女は別の質問を投げた。
「貴様らを送ったのは誰だ?」
貴様らの後ろにいるのは誰なのか。
誰がダンテを探せと送り込んだのか。
今度は、誰も口を開かなかった。
「どうせダンテは『我々の側』で確保した。アルデリオンの褒賞は我々がいただく。だが……貴様らはどうも『我々の側』ではないようだが」
ハイエルフは言った。
三人は依然として口をつぐんでいた。
男性の頭の中では絶えずこの状況を脱する方策を探っていたが、浮かぶはずもなかった。
(忌々しい、やはりアルデリオン側に……後ろを取られていたのか? 尾行はなかった。〈フレイムストライク〉の爆音を聞いて? いや、それにしては対応が早すぎる。あのハイエルフがいくら速いといっても……精霊? 精霊を周辺に撒いて音を拾っていたのか? 頭が回らん、くそっ)
そもそもこんな状況が発生した理由から推測してみるが、明確な答えは出なかった。
あれほど注意していたのに、なぜこんなことになったのか。
ハイエルフは言った。
「答えなければ、二人のうち一人を殺す」
どちらの二人の、誰か一人とは言わなかった。
それでも、女性二人は同時にびくりと震えた。
男性は下唇をぐっと噛んだ。
「聖――」
「聖都、聖皇、そんな『くだらん』『あり得ん』単語が出た瞬間、即座に殺す。言ったはずだぞ、貴様らは我々の側ではないと」
ハイエルフは男性の言葉を先んじて遮り、言った。
その頃になって、縛られた三人は皆悟った。
知らずに訊いているのではない。
すでに知った上で訊いているのだ。
ならば、しらを切るのも難しいだろう。
(五年も……五年も探し回って、ついに、偶然、ようやく、やっと見つけたというのに……。ダンテ様!)
男の歯から、ぎりり、と音が鳴った。
それと同時に、彼は、そして彼女たちは叫んだ。
「いくら我々を脅そうと、ダンテ様の仲間は売らん!」
「いっそ。」
「殺せ。」
たじろぐ気配。
男性は、声を振り絞った。
「ハイテル様の遺志を挫けるとでも思うのか、アルデリオンの犬め! 貴様ごときが――。ひっ!?」
突如、頬に感じる冷たい気配。
それは男性だけが感じたものではなかった。
「きゃっ!?」
「きゃあ――!」
目隠しが外されると同時に、三人は顔をしかめた。
やがて、彼らの瞳孔が次第に拡張し始めた。
彼らの前に立つ者も、同じだった。
先ほどまで聞こえていたハイエルフの声、その主はどこにもいなかった。
「本当に……本当にハイテルの送り込んだ人間たちじゃないか?」
ダンテが――ザークの声で――言った。
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