第25話 ハハハハ、ハハハハハ
ごおおおおっ……! 瞬時に形成された、二本の巨大な炎の矢。
その鏃は、まっすぐダンテを指していた。
ダンテとの距離はせいぜい五、六歩、文字通り矢のごとく到達するだろう。
「跳べ!」
エバですら、その破壊力とタイミングを完璧と評した奇襲攻撃。
ダンテがエバの助言通りに身を投げていたら、つまり彼らの予想通りに動いていたら、少なくない痛手を負っていたはずだ。
「ひ、人助けェ! 人助けェ! お、俺、E等級ですけど冒険者なんです! 俺を、そんな、いきなり! 冒険者ギルドが! ご存知でしょう!? 冒険者への理由なき攻撃は! せ、制裁の対象だって!?」
だが、言葉まで詰まらせて目を白黒させるダンテの姿ときたら。
〈フレイムストライク〉を構えた二人の女性も、こんなケースは想定していなかったとばかりに戸惑っていた。
「どう。」
「する?」
撃つべきか、撃たざるべきか。
よく似た顔立ちの二人の女性は、背の高い男性に問うた。
人の好さそうな顔で笑っていた男は、首を横に振った。
「演技をなさっていても、よかったんですけどねえ。危うく騙されるところでした」
その人当たりのいい微笑みを見ながら、ダンテもまた、世にも純真無垢な表情を浮かべた。
「……はい?」
『ザークは俺が合図したら外れろ。エバはその場で待機。合図する』
口では言葉を、しかし思考ではザークとの疎通を、同時にこなしながら。
《え? 外れろって、ですか?》
「何だと?」
当の頭たちがダンテの二重疎通を理解しきれないほど、熟練の、滑らかな会話と言うべきか。
「知らないふりをしても無駄ですよ」
「知らないふりではなくてですね、何のお話なのか……」
背の高い男性は言った。
「首を刎ねられても死なず、生き返るとは。おそらく、魔王を討ち果たしながらその能力を手に入れ、自らをアンデッドと化した……そうでしょう、ダンテ?」
「あ! もしかして昔の、その、処刑されたあの人のことですか? 俺、名前は同じなんですけど、ただの同名の別人でして! へへ、何か誤解がおありのようですが」
ダンテはようやく合点がいったとばかりに笑った。
そして背の高い男性もまた、機嫌よく笑った。
「いいえ、誤解ではありません。そもそも誤解のしようがないことを、ご存知のはずですけどねえ」
断定するその発言が何を意味するのか、ダンテは悟った。
それでも、ただぎこちなく首をかしげるだけだった。
「さあ、何のことだか、さっぱり……」
もちろん内心では、速射砲のようにザーク、エバと会話を交わしていたのだが。
『一瞬外れて、また付け。できるな?』
《は、はいっ! 全力を尽くします!》
『よし。エバが「強制的に付く」ことができた以上、たぶん俺の手でわざわざ外さなくてもいけるはずだ』
「はずだ? この状況でそんなことをテストする気か?」
『実戦がテストで、テストが実戦だろ』
「……イカれた男……」
彼は依然として微笑んでいた。
ダンテも依然として笑っていた。
背の高い男性は、手に握っていたものを指し示した。
ダンテなのか、否か。間違えようのない理由。
「お分かりになったでしょう、これ……。そもそもこの世界樹の枝は、過去の英雄、ダンテ様の気配を宿した欠片でしてね。ダンテ様にだけ反応する、という意味です。ハハハッ」
「あ……ハハハッ」
ダンテは笑った。
背の高い男性も笑った。
「ハハハハ」
「ハハハハハ」
ダンテも笑い返した。
笑うしかなかった。
「特定の人物の気配を刻むのは、難しいことではない。まして世界樹ならな」
『だよな。なら俺の気配をどこで手に入れたのかって話なんだが。まったく面倒なことをしてくれるな、この連中は』
エバの言葉の通り、またダンテ自身の知識の通り。
世界樹は、そういう探知/探索の機能として活用できはするのだから。
自分の「気配」をどこで入手したのか、という点が問題だったが……ともかく、今すぐ問い詰めることではなかった。
二人の男の表情が、同時に固まった。
「この、クソ――」
「撃て!」
女性二人は、すでに詠唱の終わっていたスキルを解き放った。
「〈フレイムストライク〉!」
「〈フレイムストライク〉!」
ずがああああああ───────ん……!
爆発が起きた。
ダンテがつい先ほどまで立っていた場所からは、巨大な炎が天まで噴き上がった。
火の手は収まらなかった。
むしろ周囲の草むらにまで燃え移り、黒い煙をもくもくと吐き出し始めた。
「これで。」
「死ぬかな?」
「……分かりません。ですが……」
背の高い男性は世界樹の枝を見下ろし、それをぐっと握った。
ぽきり。
枝が折れた。
折れた枝を、三人は長いこと見つめていた。
そしてついに、三人とも笑った。
* * *
「撃て!」
〈フレイムストライク〉、二発。
魔法が二発しか撃たれないのなら、防ぐのは容易い。
すでにゴブリンの集落を掃討しながら、経験済みなのだから。
『一発はお前の頭で! もう一発は俺が!』
《ふぁあ、兄貴いいいいい――!》
〈ファイアボール〉より上位のスキルだ。
だが、以心伝心の通じる〈怨霊召喚〉より上のはずがない。
『今だ!』
そして……。
ずがああああああ───────ん……!
【魔力を吸収しました】
【魔力 4 → 10】
【肉体の水準に比して、多くの魔力を吸収しました】
【受容不可能な魔力を吸収した場合、肉体が破壊されます】
少なくとも一つは、幸いだった。
『ぐっ……ザーク――。すぐ付け!』
レベルアップとF等級怨霊の追加吸収により肉体が成長したため、限界値もまた増加していたという点。
《だ、大丈夫ですか、兄貴?》
『筋肉が雑巾にでもなったような感覚が……。とにかく、確実だ。これ以上は保たん』
がちゃり、その間にザークの頭を再び嵌めながら、ダンテは確信した。
二度目はない。
次も〈フレイムストライク〉が二発撃たれたなら、もうこの方法では防げないだろう。
《ですから! まず何とか、誤解を解くほうがよくないですか? 対話をまず――》
「虫けらごときが! 今までの会話の流れを聞いても分からんのか? 奴らはこいつが誰か知っていて! こいつを殺しに来たんだ、それで対話が通じるかと言っている!」
《――で、でもそれでも……》
『エバの言う通りだ。対話が通じるなら、こんな出方をする必要がない。それにな』
ダンテはもくもくと立ち昇る黒煙の向こうを見つめ、ぺっ、と唾を吐いた。
「手が先に出る連中の性根は、叩き直してやる義務がある。俺ももう不惑の大人なんでな」
精神年齢ではなく「魂の年齢」で四十代のおっさんは、二振りの剣を抜き放った。
エバは微妙な声で言った。
「お前の腕……でも、容易くはないぞ。分かっているのか?」
『ちぇっ、そこが問題ではあるな。Bランク三人なら、どうにか食らいつけるんだが……』
ダンテは淡々と答えた。
背の高い男性。
人当たりのいい、人の好さそうな奴。
『Aランクが一人、交じってるんだよなあ』
彼がいる限り、「今」のダンテでは相手にならない。
『だから幸いだろ。なあ? もう一人の俺?』
「はっ、図々しい奴め」
だが、「もう一人の」ダンテなら可能なはずだ。
その言葉の意味を解したエバは、呆れたように鼻を鳴らした。
ダンテはまっすぐ駆け出した。
『言った通り、不惑の年になったもんでな。ふふ、それじゃあ……行くぞ! ついて来い、エバ!』
ぼこっ、がちゃり。
黒い煙がもくもくと立ち昇る空間、そこからダンテが抜け出すまで、そう長い時間はかからなかった。
背の高い男性と、よく似た二人の女性が。
折れた枝が再び接合されていく光景を、見つめている。
まさに、その時だという意味だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
作中の笑い声は、合わせて「ハ」が九つでした。あの九文字の間に交わされた情報量については、本編の通りです。
続きは、今夜10時20分に投稿します!
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