第22話 人前で、脱ぐわけにはいかない
冒険者ギルドの事務員だけが、驚いたのではない。
依頼の受諾や任務の報告に出入りしていた冒険者全員の視線を、一身に浴びるほどの凄まじい光量。
他の場所ならともかく、「ここ」で?
「くうっ、眩しい! 消せって! 誰だ!?」
「な、何だ? どこのイカれた奴がここで魔法を!?」
「魔法を? 冒険者ギルドで? 〈ディスペルシールド〉が作動中のはずだが?」
「そ、それを突破したなら、Sランク級の冒険者――」
その光の正体が何なのか推測していた冒険者たちの表情が、次第に変わり始めたのも束の間。
───────────……!!!!
ぱさり、という音とともに、水晶球が崩れ落ちた。
それすらも、周りから見れば驚くべきことだった。
特定の力で爆発したのではない。
文字通りその場で、砂のようになってしまった。
水晶球が。
能力値を確認できる特殊な魔法を付与された、ガラスが。
「こ、これは……」
機械的な態度を貫いていた事務員の女性の顔に、初めて人間の表情が浮かんだ。
驚愕、そして恐怖。
こんなことが、あり得るのか?
いったい目の前の男性は、何者なのか。
人類の英雄にして大陸の救世主、魔王殺し。
そして「滅びの前兆」を呼び出して処刑された者の、名前。
その名前で、あの事件のことを聞いた途端、こんなことを引き起こす?
「うひゃあ、びっくりした。何なんですかこれ? 手のひらが裂けるかと思っ――。いてっ、冗談じゃなくて本当に裂けてるじゃないですか!? あの、薬とかありませんか? いたた、いたたた」
その正体について考えを巡らせていたギルド事務員は、すぐに呆れた表情を浮かべねばならなかった。
体格だけは立派なくせに、ばたばたと跳ね回って手を振り回す、あまつさえ涙までじわりと浮かべているダンテの、みっともない姿のせいだった。
「こほん、ポーションをかければ治りますよ」
ギルド事務員は〈最下級HPポーション〉を差し出した。
それを見るなり、しょんぼりした顔で右往左往、使おうか使うまいか、悩むダンテの姿。
「お金……かかりますか?」
まして、ここまで情けない質問を聞いた時点で、もはやギルド事務員は「魔王殺し」だの「滅びの前兆」だのという考えを、思い浮かべることすらできないのである。
「……想定外の事故につきまして、冒険者ギルドは冒険者および冒険者志望の皆様を保護する義務がございます。この程度は無料で結構ですよ」
「ありがとうございます! ああそれと、ええと、それで、俺の等級はどうなるんです?」
おそらく、エラーがあったはず。
あまりに長く使われた水晶球が、その耐久力を使い果たし、何かが狂った可能性のほうに重きが置かれるのは、当然のことと言うべきか。
ギルド事務員は、すぐに新しい水晶球を取り出した。
ダンテはそこに手を乗せた。
水晶球にはやがて、【 E 】という文字が浮かび上がった。
「ランクE、冒険者プレートです」
ギルド事務員は再び事務的な口調でプレートを一枚作り、ことり、とテーブルの上に置いた。
名前とEが刻まれた銅色のプレートからは、淡い光が放たれていた。
ダンテはそれをすっと掴んで言った。
「不思議ですねえ」
不思議なはずがない。
すでにS級プレートがどんな材料で作られるのかまで知っているダンテだ。
それでも、驚いたふりを一つ。
ギルド事務員は「駆け出し冒険者」を見て一度ふっと笑い、言った。
「冒険者ギルドとその支部が設置されたすべての場所で、依頼の受諾および任務の報告が可能です。該当データは即時更新され、共有されます」
そして、掲示板を指した。
「任務はあちらに掲示されていますので、推奨ランクと内容をよくご確認の上、お臨みください」
彼女の案内は、ここまで。
言葉をぷつりと切ってしまう彼女の態度に、ダンテもくるりと体を回した。
「どれどれ、俺にできそうなものはあるかね……」
大型掲示板にべたべたと貼られた依頼を、眺めるふり。
この先もずっとここで働くかのように、わざと呟いてみせることまで。
「いや、まずは数日休んでから動いたほうがいいかもな」
当のギルド事務員のほかに何人かの冒険者がダンテをじっと見つめていたが、ダンテはその視線にも気づかないふりをして、冒険者ギルドを後にした。
スイングドアを押して出るまでの、ぎこちない笑み。
『ハイテルが……死んだ、だと?』
その表情は、建物の外へ出るや否や、硬く強張った。
ぎり、と歯の軋む音が、ごく小さく響いた。
* * *
ざっ、ざっ、ざっ……。
ダンテは、できる限り人気のない隅のほうへと歩いた。
「千里眼」のハイテル。
千里の先で何が起きるかを予測できるほどの慧眼。
千の可能性と、千の駆け引きを楽しんでいた男。
魔王軍の大戦略を把握し、対応し、先手を打てた唯一の男。
彼が捕まって、処刑された?
『あり得ん。ハイテルだけは……。他の奴らはともかく――』
《他の仲間の皆さんが聞いたら、悲しむんじゃないですか?》
『――何……? ぷはっ、まったく、お前は』
空気を読まずに割り込んでくるザークの言葉に、ダンテは結局、乾いた笑いをこぼさねばならなかった。
この上なく深刻になるところだった。
怒りに囚われるところだった。
結局、理性的な判断ができなくなるところだった。
あの空気で、この状況で、あんなことを言うザークがいなかったなら。
『お前、それも才能だな。大したもんだ』
《えへん、ありがとうございます》
得意げなザークの声に、ダンテは首を横に振った。
そこでようやく、少しばかりダンテは状況を読み解くことができた。
『死んだ……いや、断定はできん』
そもそも、最初から考えていた部分だ。
ハイテルをはじめとする仲間たちが行った救出作戦は、秘密に付されていたという点。
まして、先ほどの事務員の言葉でそれは確定した。
「見せしめとして知らせるよう、指示を受けていた」。
冒険者ギルド全体を束ねられるほどの上層部がいる。おそらく、皇太子アルデリオン。
何より、あの質問を投げる者たちにこの答えを返せと言ったということは?
『これ以上関心を持つな、というのが一つ目だろう。そして二つ目は……』
それと同時に、「ハイテルが死んだ」ということの意味を理解できる人物たちを、混乱に陥れようとしているのではないか。
『そうだ、死んだのなら、もっと大きく噂を流したはずだ。そのほうがよほど「見せしめ」になるんだから』
秘密のように扱いながら、秘密ではない。なぜ?
殺してはいないから。
『なら、誘い出す気か?』
捕らえたのは真実。
だが、殺してはいない?
これが現時点で考えられる、ベストケース?
『希望的観測が過ぎる気もするが……久しぶりだな、この感覚』
理性的な推論を重ねていたダンテは、素早く頭を振った。
《あ、兄貴! 首がもげちゃいますよ!》
今度ばかりは、ザークの冗談とも本気ともつかない一言にも、反応しなかった。
考え直さなければならない。最初から。
「それなら服を脱いで、オナニーでもしてろ」
もし隣にハイテルがいたなら、彼はこう言ったはずだから。
あの昔、あの時。
ダンテ自身の推論を聞いていたハイテルの一言に、どれほど狼狽したことか。
「な、何を抜かしてるんだ? 俺がなんで――」
「都合のいいほうにばかり考えるなら、何のために策を練って、頭を突き合わせるんだ?」
「そうじゃなくて……」
「本人が安堵できて、気分の良くなる結果を決めてかかる思考は、思考じゃない。オナニーだ。何も変わらんだろう」
だが、一理あった。
その痛烈な一言のおかげで、ダンテは理性的な判断を下すことができた。
『そうだ、ハイテル……。お前がいたら、そう言っただろうな』
捕まったが、死んではいないはずだと?
この時点でそう確定するのは、オナニーだ。
ハイテルに生きていてほしいという、自分の願望に過ぎない。
『情報収集。もっと確実で、客観的な証拠が必要だ』
ダンテは、覚悟を固めた。
遠くから、その背中を見つめる幾つかの視線があった。
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