第21話 悪魔にも、言い分がある
ヴェルハイムの物々しい警備を抜けて都市へ入った時までは、ザークも称賛を惜しまなかった。
《さすが兄貴です! ちゃんとお考えがあったんですね!? 単に装備を受け取ろうってわけじゃなかったんですね! どうりで、なんであんなに冷静で冷たく人々に接するのかと思ってましたが!》
という、その言葉は。
三十分も経たないうちに、取り消されることとなった。
「こ、これでございます」
「……これが最善で間違いないですね?」
「も、もちろんです! 今すぐは私が作ることもできませんし、うちの鍛冶屋で一番良い――。え、ええ、私が攫われている間、鍛冶屋を守っていた息子の証言まであるのに、信じていただけないと――」
「いえいえ、信じないというわけでは……。ええ、分かりました」
鍛冶屋に入って受け取ったのは、〈よく研がれた鉄剣(D)〉一振りと、〈よく研がれた短刀(E+)〉が二振り。そして胸部をはじめ、主要部位を守ってくれるC等級の軽鎧防具類。
攫われていた中年男性はもちろん、父が攫われた後も鍛冶屋を守ってきた息子ですら、涙を浮かべながら差し出したものだというのに。
それを疑うダンテ?
いや、それだけではない。
《兄貴……。あの人、泣いてるみたいなんですけど?》
皮革類を扱う職人からは、なめしの効いた靴(D+)と、清潔で丈夫な綿織りの衣服(D)を獲得。
立ち去るダンテの背中を見つめて皮革職人が泣いていることを、ザークは報告した。
それだけではない。
薬草採りからは、〈最下級HPポーション〉と同じ効果を出せる薬草を二十五株獲得。
《ど、毒草? 今、変な根っこを一本紛れ込ませようとして、引っ込めた気がします、兄貴!》
その時点で、ザークですら目が飛び出る――もちろんダンテの体に装着されているので、その目が飛び出ることはないが――ほどの事件まで起きたではないか。
その他、特定の技術もなく、ただ「肉体の提供」のために捕らわれていた見目麗しい男性たち、女性たち?
彼らからすらも、塩漬けの干し肉やら、数シルバー、数カッパーほどの小銭やらを、いくらかでも受け取っていくダンテを見て……。
《ひどい……悪魔……》
ザークは、呟いた。
ある意味では、一理ある。
だが、ダンテとしては、むしろ悔しいことこの上ない発言だった。
『俺がいなけりゃ、死ぬまでゴブリンどもに体を差し出して生きるはずだった人間たちだぞ。それをこんな干し肉二切れや銅貨三、四枚でチャラにするほうが、よっぽどひどくないか?』
彼らが酷い目に遭っているだと?
「救出されなかった場合」と比べた時、たかがこの程度で酷いなどということが、あり得るはずが?
命を救ってやった。
いや、命だけではない。
もしかしたらその命よりも重いかもしれない、人間としての尊厳を守り、救ってやったのがダンテだ。
彼らはゴブリンの下で、永遠に「いろんな意味での肉」として生きるはずだったのに。
それを救ってやったのがダンテだ。
それが何だ? D級、E級ごときの装備を差し出して酷い? 銅貨数枚で酷い?
《それは……そうですね》
ザークはそれ以上、突っ込まなかった。
彼は器用に話題を変えて尋ねた。
《ところで兄貴、肉体の提供……って、男もそういうことになるんですか? モンスターでもそうなんです?》
『おい、考えてみろ。ゴブリンから見りゃ、男だ女だなんて何の違いがある? 顔がいいな、と思ったらもうそのまま――。お前も捕まってたら、たぶん似たような扱いだったぞ?』
《うっ、勘弁してください、兄貴》
『本当だぞ。お前も自分の体と顔にはそれなりに自信があるだろう。ゴブリンどもがそれを完~璧に認めてくれたはずだ。昼も夜も、それはもう……』
《ううう! お願いですからやめてください、兄貴!》
苦しむザークの声でくすくす笑ったのも、束の間だった。
ダンテは軽くスイングドアを押して、とある場所へ足を踏み入れた。
装備の目的は、実のところ副次的なものだった。
真の目的は、何だったか。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をしに来ました」
冒険者ギルド。
真実を突き止めたい。
その前に、身分登録に関わる手続きも必要だ。
ダンテ、という名前は果たして通用するのか。
どう処理されるのか。
身分の洗浄は可能なのか。
そのすべてを、ただ勘だけで、これから成功させねばならない。
* * *
都市に入るのが問題だ。
気難しい警備兵たちに身元を確認させる点が問題だ。
だが、一度入ってしまえば、その後は容易になる。
ギルド登録に、大した手続きは必要ないのだから。
「――村のご出身で、お名前はダンテ……」
「はい」
ギルド事務員の、言葉通り事務的で機械的な口調。
ダンテという名前を聞いても、稲妻のようにちらりと視線を走らせたのがすべてだ。
あなたはもしや魔王を殺した英雄!? などという反応は、まして「今さら」出てくるはずもないことを、ダンテもよく分かっていた。
「今回、ゴブリンに攫われた住民たちを救ってこられたという、あの方ですね」
せいぜい、この程度。
それも、わざわざ過剰に反応して藪蛇を作る必要はない。
「おやおや、もう噂が……。ええ、そうです。『うちの村』を発って来る途中にゴブリンどもがいたので、まあ、ちょいちょいとやり合っているうちに、そうなりまして」
ゴブリンが具体的に何匹いて、どんな個体を殺したのかについては、自分から話す必要がない。
それはこれから、この都市を治める者が調べて確認することなのだから。
まして、討伐に対する報酬?
『冒険者ギルドのしみったれどもが、正式な依頼も受けずに処理した件を補償してくれるはずがない。領主を訪ねるのも無駄骨だ』
身分の洗浄をしに来て、事を大きくする必要がどこにある。
どうせ「その程度のこと」自体、ダンテにとっては大騒ぎするほどでもないのだから、そのまま柔らかく流すのが最善というわけだ。
「かしこまりました。それでは能力値の確認後、ランクを付与いたします。こちらに手を乗せてください」
むしろ、冒険者ギルドで新たに名札を受けようとするダンテが、狙っている点は別にあった。
「あの、事務員さん。一つ聞いてもいいですか?」
「ランクの区分についてでしたら、私が個別に管轄できる部分ではなく、能力に合わせて自動的に分類――」
「いえ、そうじゃなくて……。もしかして五年前の、『俺と同名の人』の、あの事件あるじゃないですか」
自分のこと。
具体的には、自分が処刑された、まさにあの日にあった事件。
ギルド事務員は相変わらず興味なさそうな表情で、頷くだけだった。
ダンテは周囲を、そして彼女の顔色を窺ってから、そっと口を開いた。
「あの時、俺の知る限りじゃ、その、とにかく『あの人間』を救うんだと粋がってた連中がいたんですが……。何かどうなったという話、ありませんでしたか?」
もしや、知っていることがあるのではないか。
C等級冒険者のエレナと、D等級のあの仲間たちは知らなかったというが。
大都市に属するこの地の冒険者ギルド事務員なら。
むしろ冒険に出るのではなく、一つ所に留まっているからこそ、出入りする者たちから拾い集めた話が……。
「その部分については、私にお答えできる権限がありません」
ある。
「知らない」でもなく、権限を云々するのなら。
ダンテは水晶球に手を乗せたまま、彼女のほうへ少し上体を傾けた。
「では、もしかしてどなたに伺えば分かる――」
「ああ、一つだけお伝えできることがありますね。気にする人がいたら、見せしめに言うようにと言われていたことがあります」
追加の情報はどこで得られるのか。
その質問をしようとしたダンテの言葉を遮って、事務員は言った。
「見せしめ? 何です?」
相変わらず冷笑的で、機械的な口調で。
「『千里眼』のハイテルは捕まりました。死んだそうですよ」
───────────……!
その瞬間、等級付与の水晶球から、光が弾け出た。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
本人は等価交換のつもりです。ザークは悪魔と呼んでいます。どちらが正しいかは、皆さんにお任せします。
続きは、今夜10時20分に投稿します!
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