第2話 かた、ひざ、ポン、ひざ、ポン
「〈ライト〉!」
宙に浮かび上がった白い光の塊。まだあどけない少女の顔には、緊張の色がありありと浮かんでいた。
それでも一歩を踏み出せるのは、彼女のそばを守る三人の男のおかげだった。
「マジで雰囲気が不気味だな……」
「未発見ダンジョンだからな。冒険者ギルドに知られたら、わんさか集まってくるぞ」
重鎧で武装した者と、軽装の二人。
ある日たまたま見つけた新規ダンジョンの探索が、彼らの目的だった。
「そうはさせるかよ。最初の発見者は俺たちなんだ……。アーティファクトはとりあえず俺たちが確保してから報告しようぜ」
正確には、冒険者ギルドに管理対象ダンジョンと指定される前に一儲けしよう、というのが彼らの狙いだった。
魔法を使った少女は、少しの緊張と少しの興奮を込めて答えた。
「四等分で分けるの、忘れないでくださいね?」
愛嬌たっぷりのその声に、男たちは揃って口元を緩ませた。
「まさか、Cランクの魔法使い様の前で嘘なんてつきますかいな」
「こっちこそエレナ、君に感謝してるさ。四等分で認めてくれて」
「Dランクの俺たちなんて、実際は前で肉壁になるだけだしな」
Dランクといえば、初心者の看板は外れたものの、中堅と言うにはまだ物足りないレベル。
彼らが未発見ダンジョンにこっそり足を踏み入れる勇気を出せたのも、すべてCランクの魔法使いエレナのおかげだった。
自分が一番重要なポジションだと分かっていながらも、なぜか尊重され、愛されているような気がして、エレナははにかんで笑った。
それなりの経験をもとに、彼らは着実にダンジョンの奥へと進んでいった。
ダンジョンの内部は深かった。広かった。
「自然の洞窟じゃないのは確かですね。何かが〈ライト〉の魔力を吸収しています」
そして、暗かった。
魔法で作られた光が、散り散りになっていた。
その奇妙な現象に、軽装の男がぽつりと口を開いた。
「妙だな。この辺りは薬草採りをしてた頃に何度か歩いたことがあるが……こんなでかい洞窟、あったか?」
「よそ見してて気づかなかったんだろ」
「これだけ広いのにモンスターがいないってのも、なんというか、気味が……」
彼らにも、それぞれに疑問はあった。
〈ライト〉の光が散らばることからして、ダンジョンであるのは間違いない。
それなのに、モンスターがいない理由は?
「雑魚がいない代わりに、強力なボスがいるとか?」
「ふう、なら早いとこ逃げるとするか。気は抜くなよ」
いや、何よりこれほど内部の広いダンジョンが、どうして今まで未発見のままだったのか。
辺鄙といえば辺鄙だが、『薬草採り時代』に近くを歩き回ったことがあるほど、近い場所でもある。
誰かが見つけていても、とっくに見つかっていて然るべきなのだが……。
ごくり。
緊張したまま進んで、どれほど経った頃だろうか。
「前方に! モンスター!」
ついに、彼らは見つけた。
光を吸収する個体を、一体。
「あ、あれです! あれが〈ライト〉の光を吸収してるんです!」
「やっぱりか! 相当なボス級……か?」
だとすれば、強力なボスと推定……されるべきなんだが?
のそり……。
のそり……。
モンスターは、あまりにも遅い足取りで、四人へと近づいてくるところだった。
油断を誘う作戦か? 偽装の策か?
四人は素早く分析した。
「アンデッドですね。頭がない」
まず、見た目が特異だ。
頭がない。
「デュラハン?」
「いや。デュラハンなら、あんな身なりはしていないはずだ。ゾンビ……いや、グールか?」
デュラハンなら、艶やかな甲冑を身につけていたはずだ。
あんな雑巾同然のボロ布ではなく。
力なくよろよろと歩く、その動きはまた何なのか。
断じて、欺くための演技ではない。
「ゾンビは魔法にめっぽう弱い。魔力を吸収してるなら、むしろスケルトンの亜種と見るべきか? 竜牙兵か?」
「まさか。竜牙兵は竜の牙から生まれるドラゴンの眷属だぞ。あんな有様、あんな動きのはずがない」
モンスターを見た目で判断するのは初心者のすることだが、それでも断じて高位モンスターとは認められないほどだった。
「屍毒を使う特徴は、なさそうだが……」
「何にせよ構わん! 来る——ぞぉ?」
重装備の男が緊張した声で叫んだ——が、その声は裏返ってしまった。
動揺、困惑、唖然。
四人は生唾を飲み込むしかなかった。
〈ライト〉の光をたっぷり吸い込みながら近づいてきたモンスターが、ぴたりと立ち止まったからだ。
「どうしたんでしょう?」
「踊り……?」
おまけに、立ち止まったアンデッドは、空っぽの頭を、そして肩を、膝を、手を、また膝を、いじり回していた。
「あたま、かた、ひざ、ポン……?」
* * *
ダンテにとっては、突然起きた出来事だった。
前が見えない。
音が聞こえない。
『我思う、ゆえに我あり』
しかし、考えることはできる。
生きている?
腕をすっと動かすと感じる重みは、確かだ。
その時点で、ダンテは確信した。
『助かった……? 成功したのか!?』
断頭台の刃が落ちる直前に見た、六つのシルエット。
魔王討伐はもちろん、ダークスターの再封印にも力を貸してくれた、真の仲間たちが自分を救い出したんじゃないか!
『くぅぅ……こいつら、能力は村人NPC並みになってたはずなのに。マジで感動だな』
〈異次元の門〉を閉じた直後の状態を、覚えていないはずがない。
自分の状態は、文字通り凄惨。
初めて憑依したあの時点よりも、ひどいレベルになっていた。
もちろん、自分だけがそうなったわけじゃない。
ダークスターの相手を手伝った仲間たちもまた、あり得ないレベルまでステータスが落ち込んでいたというのに。
そんな中で、処刑台に載せられた自分を救い出すとは。
『どれだけ苦労したか、見なくても目に浮かぶ。お前ら、この借りは本当にきっちり返すからな! でも、とりあえず目を開けよう。どうなってんだ? 目隠しをどれだけきつく縛りやがった?』
帝国の首都のど真ん中で、しかも首都広場に集結したあれだけの群衆と厳重な警戒を突破して、自分を連れ出したんじゃないか。
能力の落ちた六人がどれだけ苦労したかは見なくても目に浮かぶだけに、ダンテはただ笑って、この状況を受け入れようとした。
『いや、目隠し……? 目が何か、感覚そのものが……あれ?』
そこで、ふと気づいた。
前が見えないのは、目隠しをされているからではないという点に。
隙間ができないほど強く縛っているなら、何かしらの『圧迫感』があるはずだろう? その感覚が、ない?
いや、そもそも音が聞こえない。
身体の感覚がおかしいと感じ、目をこすり、耳をほじろうとしたが、手に触れるものは何もなかった。
首の上を触ってみるが、指先に伝わってくるのは、二度と触りたくないような奇妙な感触ばかり。
肩、腰、膝、足、全部そのままある。
『……え? 俺の頭?』
しかし、頭がない。
頭が。
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