第1話 処刑される状況より気になること
無理やり膝をつかされて惨めだという気持ちよりも、膝の骨が思ったより痛くて、俺は顔をしかめた。
「少しは手加減しろよ」
「だ、黙れ、罪人!」
どうにか不平を漏らしてみるが、処刑執行人が聞き入れるはずもない。
ちぇっ、と俺は舌を鳴らして広場を見下ろした。
文字通り砂粒のように無数の市民たちが、手を振り上げて熱狂していた。
俺のことが好きだから?
当然、違う。
「殺せ!」
「今すぐ首を刎ねろ!」
「消え失せろ、人類の脅威!」
トマトをはじめ、卵が飛んでくるのがはっきり見える。
もちろん、見えたところで避けられるわけじゃない。
「うぐっ」
鼻っ柱に当たって弾けたトマトの汁が、口元をかすめた。
熟してないな。どうせなら熟したやつを投げてくれよ。
いや、おまけにベタベタするし。
手を縛られてて拭くこともできないから、気持ち悪い……。
いや? 気持ち悪がる必要もないか?
「かつての英雄にして、今や罪人となりし名。世界を破滅へ導かんとした人類の裏切り者! その処刑の執行に先立ち、罪人の罪を告げる!」
どうせもうすぐ死ぬ命だ。
人間なんて、しょせんこの程度の存在だ。
死ぬ間際だってのに、頬についたベタベタのトマトの汁なんかが気になる。
今、壇上に立って喚いてるあいつもそうだ。
数年前まではさ、「大陸を救ってくださりありがとうございます! 魔王を打ち倒した勇者様!」
「人類の歴史に代々語り継がれるべき、輝かしき守護者!」なんて言ってたくせに。
当然だ。当然、そうあるべきだった。
ゲーム『最後の大陸』の世界に憑依して五年。
二十三歳、社畜として働き、退職を決意したその日にいきなり憑依させられ、魔大陸まで渡って魔王を消し去るのに五年もかかったんだから。
文字通り、人類にとって最後の大陸になるところだったのを守ってやったのは誰だと思ってる。
そんな俺を、些細なミス一つで処刑するなんて、あり得るか?
「罪状その一、古代禁書の閲覧、ならびに古代禁術の研究! これに対する証言は、世界樹の守護者たるハイエルフの族長が、自ら告げるであろう!」
もちろん、些細なミスじゃなかったのは確かだ。
でかいミスではあった。
でも、俺にも言い分はある。
五年間もこき使われて、なんで元の世界に帰れないんだって話だよ。
そもそも誰が俺をここに呼び出したのか、元々知ってたゲームのエンディングに到達しても、何一つ変わらないなんて。
だから一人で帰る方法を探ってみた、それがそんなに罪か?
お前らが大して協力もしてくれないから、俺一人で頭を抱えて八年も研究したんだ、八年!
魔王をぶっ倒して二十八。
小部屋に引きこもって三十六。
三十代半ばになって、ようやく糸口を掴んだんだ。
それをちょっと確かめようとしたのが、そんなに大罪か?
「罪状その一、古代禁術を用いた〈異次元の門〉の強制開門! 〈異次元の門〉の向こうに在る存在と、それがいかに危険であるかを記した古書の抜粋は、魔道王国の魔道師長が直々に読み上げるであろう!」
まあ、厳密に言えば、法的に禁じられた行動をとったのは事実だ。
罪と言えば罪ではある。
でも、本に書いてある内容だけじゃ分からなかっただろ。
その存在がどれほど危険かについて書かれた古書? あんなのデタラメじゃないか。
俺も読んだよ。『次元間の連結通路が形成されれば、境界に留まる魂たちが動くことができるだろう』——そう書いてあったのが全部だったくせに、何を。
だから俺は、自分が行けるって意味だと思ったんだ。
俺こそが、元の現実と『最後の大陸』、その境界にいる魂じゃないか。
なら、とりあえず門は開けてみなきゃならないだろ。
「罪状その一! 〈異次元の門〉の向こうに在る、な、名づけるならば『ダークスター』と呼ぶべき存在の、本大陸への召喚! 空が裂け、ダークスターが現れたあ、あの日の記憶は……あの滅びの前兆は、ここにいる皆が証人となれるはずだ!」
まさか門を開けた途端、目の前に何かがいるなんて俺も知らなかったんだよ。マジで誓う。
しかもコズミックホラーみたいな存在がいるなんて、どうして分かるってんだ?
でも少し弁解させてもらえば、要するに、おぞましい存在を見た程度の苦痛だっただろ?
うわぁ気色悪い、見ちゃいけないものを見た〜、くらいの感覚じゃないか。
実質的な被害はなかっただろ?
「ダークスターは俺が押し戻したじゃないか」
「つ、罪人は口を慎め!」
俺が今、大人しく縛られて膝をついているのも。
青白く光る断頭台の刃の前で、力なく笑っているのも。
全部、俺があのダークスターだかシューティングスターだかを食い止めたせいなんだから。
全力を使い果たしたんだよ。
青雷、黒火、明氷に加えて、聖剣、魔剣、竜殺剣、星光剣まで、もう本当に……。星光剣を手に入れるためにフェアリークイーンと一悶着あったのがどれだけ大変だったか、俺の口からわざわざ言うのは、いや、やめとく、とにかくだ。
持てるものすべてを絞り出して、どうにか門の外へ押し出して閉じたんだ。
お前らは見てただけだろ、俺はあのドロドロしたやつに触れたんだぞ?
そのせいで、憑依してからずっと積み上げてきた能力だのアイテムだの全部失って、今こんなザマになってるってのに。
冗談抜きで、あれをやるのにちょっと漏らしたことまで白状すれば、許してくれるか?
しかも、あのとき俺を助けてくれたのは、たった昔の仲間六人だけだったじゃないか。
薄情な奴らめ。みんな逃げ出したくせに。
「されど、過ちのみが在るわけではない! 過ぎし日、魔王を討ち果たした彼の功を、重んじるがゆえに!」
「重んじる? それでも生かしちゃくれないんだろ?」
「聖皇の御名において、彼の魂のために祈りを捧げるという慈悲を、賜ったのだ!」
「そんなことだろうと思ったよ」
生かしてくれるはずがない。
俺もだいたい分かってはいた。
俺の知る極悪の難易度、あのイカれたゲームシナリオを全部クリアした後、自分がどう扱われるか分からないほど鈍くはなかったからな。
自慢みたいで鼻につくだろうが、魔王を討った直後は、そこらの国の王はもちろん、皇帝すら脅かすほどの人気を集めてた俺だぞ。
常識で考えて、そのまま放っておくわけがない。
よく考えりゃ、帰る方法を探してみろだの、次元の門がどうのと、それとなく話を持ち出してきたのは、お前じゃないか?
皇太子アルデリオン……。
こいつ、魔王をぶっ倒して帰ってきたときは、あんなに歓迎してくれたのにな。
「どうか怨みを残さず旅立たれよ。かつての英雄、勇者ダンテ」
「『兄ちゃん、兄ちゃん』って剣を教えてくれとせがんでた洟垂れ小僧が——」
「いつの話を——け、刑を執行せよ!」
そんな中でも、慌てて赤く染まるアルデリオンの頬を見ていると、まったく。あの頃は可愛かったのにな。
ああ、もう疲れた。疲れたよ……。
顔を隠した処刑執行人が、断頭台の綱を切るために斧を振り上げている。
反射した光が、一瞬目を刺す。
その瞬間、広場の向こうから跳ね上がったシルエットが見えた。
シルエットが六つ。
人が、六人?
「お前ら……」
「は、早く! 早く刑を執行せよ!」
お前らもダークスターを封じ直すのに、かなり力を失っただろ。
普段ならともかく、その状態で俺を救えるはずがない。
いや、それでも俺を助けに来てくれたことには心底感謝してる。けど……みんな、さっさと逃げろ。
下手に俺と関わって、貧乏くじを引くな。
ただ、先に逝く友の分まで、しっかり生きてくれることを願うだけだ。
「ちぇっ……〈異次元の門〉の外に、一度でも出てみられたらよかったのに。それで元の世界に行けたのかどうか、確かめるだけでもできてたら、少しはスッキリしただろうに」
唯一の心残りは、これか。
元々親孝行な息子じゃなかったとはいえ、それでも死んだか生きたか、両親に安否くらいは伝えたいのが子としての道理——。
ドゴォォォン——ッ!!
はじめまして、ご覧いただきありがとうございます。
拙作ではありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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