第19話 思い残しのない方々
「きゃあっ! 来ないで、来ないでっ!」
「いやああああ! 不快すぎるっ!」
攫われて以来、数え切れないほど見てきたホブゴブリンとゴブリンシャーマンだというのに、今さら彼らの接近に言い知れぬ嫌悪感を露わにする人々。
彼らは、ふと気づいた。
これだけ騒いでいるのに、静かにしろと脅してこない?
それに、今まさに格子へ近づいてくる三体は……。
がちゃん、がちゃがちゃ、がちゃりっ!
扉を、開けてくれている?
壁に張りついてがたがた震える自分たちを見比べたのも束の間、すぐに扉の前から退いてくれる?
まるで「道を空けるような」動き、外へ出ろと促すかのようなその仕草ときたら?
「そ、そ、外へ引きずり出して――。ざ、残酷に処刑しようと――」
「男はただ殺されるだけマシでしょう、女性は――」
「キシ……キシッ」
「――ひいいいっ!」
その意図が読めず、不安が極に達した頃、ホブゴブリンが手招きした。
指をくいくいと動かす動作は、明確だった。
出てこい。
ゴブリンシャーマンたちも道を空けた。
そして、まるで振り返るように、洞窟の入口の方角へと彼らは頭を向けた。
「本当に出ろと言っているようだが」
「目は……目が人間みたいです。だから信じられる気が――」
「信じられる? あの人間みたいな眼差しのせいで、余計に何か――何かおぞましくない? 不快よ!」
不安と同時に、じわじわと再び湧き上がる希望。まさか、本当に帰してくれるのか。
何か口にしなければ気が狂いそうだったので、皆はそれぞれの感想を吐き出さねばならなかった。
「ひとまず、出てみましょう。皆さん」
中年の男性が、先に足を踏み出した。
ホブゴブリンは、彼とぶつかりでもしたら大変だとばかりに、身を退いた。
その点が、核心だった。
ただの処刑なら、あんな態度を取るはずがない。
ましてゴブリンの頭目、自らの威厳を示すべきホブゴブリンがあんな態度を見せるなど、あり得ない。
だとすれば!?
「で、出てみましょう。早く!」
「さあ――。さあ、行きましょう!」
そこでようやく、人々は慌てて鉄格子の外へ踏み出した。
いや、踏み出そうとした。
「キ、キシシ……」
「キウ……」
「え?」
「ん?」
ホブゴブリンとゴブリンシャーマンたちの気配が、変わりさえしなければ。
少しずつ違っていた外見そのものに、大きな変化が起きたわけではない。
だが、声が変わった。
「キシシッ、キシシッ――!」
「キウ、キウウン、キウン」
先ほどまでどこか舌足らずな鳴き声だったとすれば、今は彼らの記憶の中にある完璧なホブゴブリンとゴブリンシャーマン、そのもの。
それだけではない。
「目……が」
「目が変わった。いや、目はそのままだけど、眼差しが――」
眼差しが、変わった。
似合わないほど人間らしく善良に見えた、だからこそ余計に奇怪だった、あのつぶらできらきらとした瞳ではない。
卑しく光る、獣の目玉。
従って、変わった彼らの顔!
─────、─────、─────!
その顔たちは、すぐに胴体と分離された。
それどころか、分離された頭がするすると蒸発していく最中だったが、誰一人それに触れる者はいなかった。
「ふう……。だいたい分かったな」
すべての人々の視線は、ただダンテ一人に固定されていたからだ。
「ひ、人――。人だ!」
「助けに来てくださったんですか!?」
「俺も攫われたんだ……と言いたいところだが、今はそんな場合じゃなさそうだな。皆さん、ご無事ですか?」
信じられないというように震える人々を眺めながら、ダンテはにやり、と笑った。
彼らを救ったから?
そんなはずがなかった。
【異常な肉体と怨霊の間の水準の差により、これ以上理性を維持できません】
【肉体の残存本能が活動を開始します】
【召喚物としての判定を受けません】
ゴブリンたちが変わる直前、ダンテの目に見えていたシステムメッセージ。
『一種の制限時間システム、か』
そして、彼らを再び「処理」するやいなや表示されたウィンドウ。
【異常な肉体と連結されていた怨霊は、収納できません】
【怨霊の召喚が解除され、消滅します】
【消滅した怨霊は、以後再召喚できません】
吸収したステータス/スキルはそのまま。
収納空間を占めることなく消滅させる方法を突き止めた喜びが、ダンテを笑わせたのだった。
『よし。こういうふうに飛ばしてしまえばいいわけか』
収納空間は「残りの魔力」の数値と同じだった。
〈怨霊召喚〉で魔力が削られれば、その分収納空間も減るという意味。
これで、均衡を取る方法を見つけた。
何をしたのか、何が起きたのかって?
簡単な原理だった。
* * *
《ちょ、ちょっと待ってください、兄貴。何か、何かおかしいですよ》
「お、お前、目が――。目がイッてるぞ!?」
気配の変わったダンテへ向けられた、叫び声たち。
ダンテはするりと口角を上げたまま、呟いた。
「頭のない別の死体に……頭だけのお前たちを付けたら、どうなる?」
ダンテは、収納されていた頭を三つ呼び出した。
中年の男性と女性、そして壮年の男性。
「説明……まで長々と差し上げる時間はないんですが、とにかくご協力をお願いします。皆さんの怨みを晴らしたのは俺ですから。文字通り『思い残しのない方々』ということで、構わないものと考えさせていただきます」
「何のお話でしょう――」
「よっ」
がちゃり、がちゃり、がちゃり……。
ダンテはすぐさま、三人の頭を三つの首なし死体に連結した。
良心の呵責というか、非倫理的な拒否感というか。
そんなものは、文字通り刹那だった。
目の前に見えるシステムメッセージ、その実験結果だけが、ダンテの全神経を集中させたのだから。
【怨霊の頭が異常な肉体と連結されました】
【頭と肉体の種族系統が異なります】
【水準の差が存在します】
【一部の能力が非活性化されます】
『ザークの頭を俺の体に嵌めた時は、出たことのないメッセージだ。人間と人間は同じ系統……。人間とゴブリンは違う系統、ということか。なら、その「系統」の基準は何だ? ふむ、ひとまず……回ってみてください』
反応なし。
「その場で回ってみてください」
「キシ……」
「キウウン……」
数多のゴブリンを統率する三体の個体は、その場でくるくると回った。
言語は違えど、明確に意思疎通ができる。
ただし、ゴブリンの死体に付着させる前と違い、もはや思念では会話できないという点。
「ゴブリンシャーマン、そちらから〈ファイアボール〉を使用」
「キウウン」
ごおおおっ……!
F等級の中年女性の頭が装着されたゴブリンシャーマンが、すぐさま火球を一つ作り出した。
本来の彼女なら決して使えなかったスキル、それも可能だ。
「サイズはちょっと小さくないか?」
もちろん、まったく同じではない。
SR等級のハイエルフは、その差を即座に見抜いた。
ダンテも同様だった。
「ああ。肉体が元々持っていた能力を使えるが、少しダウングレードされた感じのようだな」
システムの説明にある「水準の差」や「非活性化」が、そういうことなのだろうか。
やはり、長所と短所に分かれるのか。
何であれ良い方向にばかり作用しないのも、『最後の大陸』の特徴といえば特徴。
「得られるものの割に、損害が大きすぎる」
「ん? 損害? 何の損害がある? まだ装着解除をしていないから、どんな結果になるかは分からな――」
「目が不快だろうが。何なんだ、あの妙にきらきらした目は。あの目だけくり抜いて使うことはできんのか?」
「あ」
ハイエルフの発想に、ダンテは口を閉ざさねばならなかった。
ザークですら――頭を自分で制御できたなら――首を横にぶんぶん振ったであろう発言だった。
《人間的に、あまりにも残酷な発想じゃないですか?》
「私、人間じゃないんだが?」
《そ……う来られますと……》
「言い返せんのは確かだな」
人間じゃなくて「平和を愛する」ハイエルフだろうが、という言葉が喉元まで込み上げたダンテだったが、今は無視することにした。
まずは、こいつらのテストが先だから。
「スキルが使えるなら、記憶や情報についても、ある程度共有されるという意味?」
今度はホブゴブリンが、こくり。
ゴブリンシャーマンたちは、ふるふる。
何かが継承されれば、残りは伝わらないということだろうか。
『頭の等級か、死体の水準か。ふむ、まだ分かりようがないな』
何にせよ、肉体の生前の記憶や情報があるなら、当面はそれで十分だ。
ダンテは彼らに指示した。
「では、ホブゴブリンの指揮の下、洞窟の中で俺の役に立ちそうなものを全部探してみてください」
「キシッ」
「キウウン」
ゴブリンたちが駆け出していく姿を見ながら、ダンテもゆったりとした足取りで後を追った。
そして、まさに今。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます、先生!」
「うぐううっ、助かった、ぐすっ……」
こういう状況になったのである。
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