第18話 つぶらな瞳のゴブリン
ホブゴブリンと、ゴブリンシャーマン二体。
そして一般のゴブリンが約五十匹ほど居座っていた住処だ。
ゴブリンに害を被って怨霊になった者たちが存在するように、小規模な村を襲い、行商人や住民を攫って監禁するモンスターでもある。
当然、中には何かしらあるはずで、いまだ襤褸同然の、服と呼ぶのも憚られる布切れ一枚をまとっただけのダンテには、必ず役に立つはず!
「なら早く行けばいいだろう、何をしている?」
ハイエルフはダンテより先に、洞窟へ入ろうとした。
だが、ぴたり、と足を止めるダンテを見て、再びその場に止まった。
ダンテを基準に、特定の距離以上は勝手に離れられないという意味。
ただ、今ダンテが足を止めたのは、それを確認するためではなかった。
「……自分で考えても、ちょっと変態っぽくはあるんだが」
「何?」
《どんなことを考えたんです、兄貴? ぐへへ、その手の考えなら俺がまた――》
「静かに。こほん……いや、考えてみろ。お前たちは『頭のない俺』と一つになっただろう?」
《――え?》
「それが何だ?」
ザークとハイエルフは、ダンテが何を言わんとしているのか、まったく理解できなかった。
だが、ダンテの頭に浮かんだその考えは、自分でも思うほど、あまりにも突拍子のないものだった。
それでも考えを振り払えなかった理由は、突拍子もないくせに、論理的だったから。
『頭のない俺……。頭だけのお前たち……。だから、一つになれた』
しゅらり、ダンテは鉄剣を抜いた。
そして、ずんずんと歩いた。
近くに生きている生命体はいない。すべて死んだモンスターだけだ。
その事実を、ダンテはよく知っているからこそ。
『それならだ。〈畑耕し〉』
ダンテは力の限り、スキルを使った。
計、三回。
ざしゅっ、ざしゅっ、ざしゅっ……!
その対象は、ホブゴブリンと、ゴブリンシャーマン二体。
そして、その後は?
ザークやハイエルフが何か言う暇もなかった。
《ちょ、ちょっと待ってください、兄貴。何か、何かおかしいですよ》
「お、お前、目が――。目がイッてるぞ!?」
ダンテの口角が、するりと上がった。
* * *
たぐらら……。石ころ一つ転がり落ちる、小さな音。
それでも、集まっていた人々はびくりと震えた。
心臓はどくどくと暴れているのに、誰一人、荒く息をしなかった。
呼吸すらゆっくりと、息の音を立てないよう努めているから。
自分たちの置かれた立場をよく知っているからこそ、できる行動だった。
「どう……なったんでしょうか?」
女性が一人、やっとのことで口を開いた。
特に誰かを指定して尋ねたわけではない。
ただ、宙に散って消えてしまいそうだった疑問。
だが、何人かは答えてくれた。
厳密に言えば、答えというより、それぞれの希望と言うべきだった。
「ゴブリンどもがあれだけ揃って飛び出していくほどなら、何か事が起きたには起きたということで……」
「ゴブリン討伐隊が組まれて来たに違いない。だからあんなに揃って――」
「ち、違うかもしれないじゃないですか、おじさん」
「違うわけがあるか? ただの冒険者パーティーじゃ――」
「しっ、しっ! みんな、声が大きすぎます!」
ここはゴブリンの洞窟の内部でも深い場所。粗末な格子とはいえ、常人の力では脱出不可能な監禁場。
彼らは皆、ゴブリンに攫われ、監禁された者たちだった。
かすかに聞こえてきた騒ぎの後、突如反応し始めたゴブリンたちを、彼らは見た。
洞窟の外へどっと押し寄せていくその姿に、監禁されていた人間たちの心が揺れ動くのは当然だった。
ついに、生きて出られるかもしれないという希望。
「希望なんて持ちたくもない。この前みたいに……この前みたいに、ただ死体が増えるだけなら……」
そして、これまで何度もへし折られてきた絶望。
ゴブリンの数は五十近くにもなる。
並のパーティーでどうにかなるものではない。
まして、ここのボスはホブゴブリンだ。
「いや、今度は違うはずだ。ホブゴブリンとゴブリンシャーマンまで出ていく音がした。奴らにとって脅威になるってことだろう」
「そうですよ。だったら最低でもCランク、もしかしたらAランクまで含まれた討伐隊が組まれたはずで――」
「それは良いほうにばかり考えてるだけじゃないですか。ただ――。ただ、ゴブリンシャーマンがいると知らなかった冒険者たちが、通りすがりに蜂の巣をつついただけだったら? その可能性だってあるわけでしょう」
それだけではない。
ゴブリンシャーマンが二体もいる。
彼らに加え、ゴブリンたちが身を惜しまず、犠牲を覚悟で襲いかかってくるとしたら。
せいぜい十から二十ほどで構成された小規模なゴブリンの集落とは、攻略難易度の次元が違う。
もちろんA等級の冒険者なら、二、三人いればこの程度の集落は何でもないだろうが、その分数が少ない上、他にやるべきことの多い彼らが、果たして「ゴブリンの集落」ごときに構ってくれるのか。
「Aランク」云々が、どれほど夢のような話か。
ここに攫われてきた者たちもそれを知っているからこそ、希望が大きければ大きいほど、へし折られた時にどれほど苦しいかを知っているからこそ、あえて互いを引き留めるのだ。
「それでも――」
「し、しっ! ゴブリンの声! 静かに!」
討伐隊云々と言っていた男性は、それでも希望を持とうと反論しかけたが、遠くから聞こえてくるゴブリンの気配に、口を閉ざさねばならなかった。
「キシ……シシ……」
「キウウ――ン……」
それは、ホブゴブリンとゴブリンシャーマンの声だった。
その時点で、確実になった。
討伐隊だろうが、冒険者パーティーだろうが、結局、一般のゴブリンより格の高い奴らを突破できなかったのだと。
つまり、攫われ、監禁された自分たちが救出される可能性は、消えたのだと。
その絶望が涙となって流れようとした、その時。
「ひっく……。き、きゃあああああっ!?」
女性が一人、思わず悲鳴を上げてしまった。
そのつんざくような声に、周りの人々も皆、飛び上がるほど驚いた。
もちろん悲鳴に驚いたのは短い間だけで、彼らもすぐ、全身に鳥肌が立って後ずさることになった。
「な、何だ!? 何なんだ、これは!?」
黄ばんだ松明の光のせいで、その肌がいっそう赤黒く見えるホブゴブリンが一体。
そして仮面こそ着けていないが、とにかく体格と服装から見て、明らかなゴブリンシャーマンが二体。
彼らの知っている個体と、同じだ。
「へ、変――。ゴブリン、ゴブリンじゃないです! ゴブリンが、いや、ゴブリンなのに、ゴブリンじゃないです!」
いや、違う。
体格も微妙に違う。
図体が少しずつ大きくなったか?
それに、肌の質感は?
光源が足りないから、余計におかしく見えるのか?
いや、そもそもそんなことを気にしている場合ではない。
「かかか顔、顔が!」
「ひ、ひ、人――。人みたいに――。人の顔みたいに――」
「目はなんであんなにキラキラしてるんですか!?」
目が、きらきらと輝いている。
純粋とすら感じられるほどだ。
純粋? ホブゴブリンと、ゴブリンシャーマンが?
あのモンスターどもの眼差しが澄んで綺麗だと感じられるのが、いったいどういう状況なんだ!?
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
やはり第一印象で一番大事なのは、目ですよね、目。つぶらな瞳のゴブリン、どうか夢の中だけでお会いください。
次回の更新は、明日の朝7時20分です!
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