第13話 ガチャは回すためにある
これといって、特別なことではなかった。
そもそもゴブリンが特別なモンスターではない上、防具もほとんどなしに鉄剣一本で武装しただけのダンテが、特別な攻撃を繰り出せるはずもなかったのだから。
「……攻撃が届く距離を差し出し、その攻撃に合わせて下がりながらスキルを使用」
だが、ハイエルフの目には異彩が宿った。
一見、何でもないように見えること。
あまりにも容易く、何かをやってのけること。
その境地に至ること自体がどれほど困難か、彼女は知っているからだった。
「動きに無駄がないな。あんなゴミのような体で……。ゴブリンとて、間抜けではないのに」
ゴブリンといえども、馬鹿ではない。
自分の攻撃が十分に届く距離を感覚的に測ってから、飛びかかって振り回すのだ。
つまり、下手をすれば当たるかもしれない位置まで引き込んでこそ、攻撃を誘える。
その状況で、少しでも動揺すれば。
下がるタイミングが、少しでも遅れれば。
あるいは怖気づいて、大きく下がりすぎれば。
─────────────!
「キエエエエッ――!」
〈畑耕し〉でゴブリンのがら空きの腕を、正確に振り下ろして斬り落とすことなどできない。
その点において、ダンテの動きは極めて効率的で、合理的だった。
ぎりぎり届かない距離へのバックステップ。
確実に見て、振り下ろす〈畑耕し〉。
一度の回避、一度の攻撃、転がる一本のゴブリンの腕。
それこそ作業する機械のように四、五回跳んだ頃には、すでにゴブリン三匹は戦闘不能の瀕死状態に陥っているのだった。
「キ、キイイ……キイッ!」
「キイ、キキッ――。キイイ」
「初めて憑依した頃は、怖くもあり、哀れにも見えたもんだがな」
ダンテは、戦意を失ったゴブリンたちに歩み寄った。
『最後の大陸』の主人公、ダンテに憑依した直後こそ、彼らが哀れに見えた。
だが、村を襲う奴ら、村人を攫って根城に連れ帰るこいつらが何をしていたのかを目にした時点から、「モンスター」への憐憫など、消え失せて久しかった。
「生き延びる方法を教えてやろうか?」
「キッ! キイッ! キッ!」
「キキッ! キキッ!」
「お前らの集落がどこか吐け。一番最初に吐いた一匹だけは――」
「キイイッ! キイッ!」
「キッ、キキッ! キッ!」
ダンテの言葉が終わってもいないのに、ゴブリン三匹は揃いも揃って同じ方向を見ながら喚き立てた。
それだけで、十分だった。
ダンテは笑った。
「誰が最初か分からんから、全員死ね」
「キ?」
「〈畑耕し〉」
ぶしゃああああっ──────……!
ゴブリンの跳ねた血の一滴すら浴びないまま、ダンテは軽々と三匹を始末した。
ハイエルフの頭は、薄い笑みを浮かべてダンテを見つめていた。
「魔王を殺したというのは相変わらず信じられんが……なかなかやるな? モンスターをどれだけ殺してきたのか、気になってくるぞ?」
ダンテは顎をかいた。
そして、何かを思い出したように笑って答えた。
「うーん……お前は、自分が今まで食ったパンの数を覚えているか?」
「何? あーっはっはっは! そうか、そういうことか。実にいい」
「いいってほどでもないがな。さて、ゴブリンの集落も分かったことだし、そろそろ行くとするか」
ダンテは、てくてくと歩を進めた。
まるで家の周りの散歩にでも出るような軽い足取りに、これまで静かだったザークが、そっと口を開いた。
《兄貴、もしゴブリンを全部狩ったら……肉も食べるんですか? 考えてみたら、あの時一口しか食べられなくて――》
『お前も本当に懲りない奴だな』
鞄から〈最下級HPポーション〉を一つ取り出しながら、ダンテは改めて思った。
いっそ……頭を全部しまい込んで歩いてしまおうか。
もちろん、それができないというのが、ダンテの心残りだろう。
* * *
HPとMPは、【ステータス】に表示されない。
一長一短があった。
HPの場合は、長所だった。
数字が0になれば死ぬ、という概念ではなく、文字通り自分が死ぬほどの被害を受けてこそ死ぬのだから、自ずと慎重になるということ。
ただ、MPの場合は短所だった。
正確な数値が出ない以上、MPを消耗するスキルを使うには、自分の平素の状態を完全に把握した上で、その配分を考えねばならないからだ。
そうした側面から見れば、〈畑耕し〉のスキルは今のダンテにとって最適のスキルだった。
「キエエエエッ――!」
「キヒイ……」
「キイッ、キキャキャキャキャッ!」
十分に疲れたと悟るたび、〈最下級HPポーション〉を呷ればいいのだから。
「ぷはっ、よし。次!」
《兄貴! 左に――》
「分かってる」
ざしゅっ――!
ダンテは踊るような滑らかな動作で、集落付近のゴブリンの見張りを片付けていった。
彼が笑う理由は、明らかだった。
【レベルが上がりました】
レベルアップのシステムメッセージ。
彼の望みどおりだった。
『よし』
ゴブリンの血と脂、その油のこびりついた鉄剣を回収するダンテの口角が、にいっと上がった。
『【ステータス】』
名前:ダンテ
種族:人間
レベル:3、ランク:F
職業:剣士、補助職業:なし
筋力:3 敏捷:3 知力:1
体力:3 魔力:1
状態:-
すでにザークの頭を装着した後、一度見ていた。
ダンテ自身の名義。
鉄剣を主要武器として認識した時点で発生した、職業「剣士」。
つまり、ダンテがザークに「この顔とこの体はもう俺のものだ」と言うのも、成仏した時点で完全に吸収したという主張も、すべて正しいのだ。
もっとも、今ダンテが見ているのは、名義の側面ではなかった。
能力値。
敏捷1、体力1が上がった。
魔力は?
『まさか……』
ダンテの頭をよぎる、不吉な予感があった。
最初のザークのステータスで、魔力が0だったという点。
『この先レベルをいくつ上げようが、魔力が上昇しない可能性がある?』
ダンテのこの「思考」もまた、聞いていたハイエルフが言った。
「こんな虫けらを連れ歩くつもりか? 魔力もないだと? それなら私が一度使ってみよう。私もその召喚とやらをやってみたい。精霊とはどう違うのか、気になるところだしな」
『俺も真っ先にそうしたかったんだがな、それも今は駄目だ』
「なぜだ」
『そりゃあ……』
ダンテは説明しようとしたが、すぐに面倒になった。
ザークの頭を装着して〈怨霊召喚〉を使った時は、ダンテの魔力が消耗された。ザークの魔力が0だったから。
だが、ハイエルフには魔力がある。
(+1)として残った自分の魔力が、消耗されない可能性もある。
問題は、あくまで可能性の話だということ。確信が持てない。
万が一にも自分の魔力が消耗され、0になったら?
すべてを失うかもしれないリスクを、背負うわけにはいかない。
『とにかく、めったなことでは使わん。まあ、最悪の場合が来れば使うだろうがな』
「そうしろ。あの虫けらと同じ扱いをされるのは御免だからな」
《む、虫けらだなんて、姉さん! 俺、魔力はないですけど、貴族のお屋敷に呼ばれるくらいには――》
「誰が誰の姉さんだ、気色悪い!? 貴様、何年生まれだ?」
《俺、帝国暦387年――》
『静かに、静かに。ん? 何年だって?』
心外だと言わんばかりのザークの声に、何やら妙な内容が含まれていたが、ダンテがすぐに気に留める余裕はなかった。
じゃらんじゃらんじゃらん─────……!!!!
紐に吊るされた骨たちが、けたたましく警戒警報を鳴らし始めたからだ。
もちろん、ダンテがゴブリンの警戒システムを知らずに引っかけたわけではない。
粗末ながらもバリケードの役割を果たす木の柵まで、ところどころに組んで設置された洞窟。
ゴブリンの住処、その前からゴブリンたちが飛び出し始めた。
「キイイッ――! キイッ! キイッ!」
「キイッ、キイッ、キイッ!」
何匹いるか分からない。
どんな状況が起きるか分からない。
『まずは穴の外に引きずり出して、ぶちのめすのが一番だな』
内部の構造を明確に把握できるスキルが使えない以上、いっそ開けた場所に奴らを引き出したほうがいい。
「挟み撃ちにされるぞ?」
《あ、兄貴、大丈夫なんですよね?》
ハイエルフとザークが、それぞれ尋ねた。
ダンテは答えなかった。
ただ肩をぐるぐる回しながら、てく、てくと歩いていくだけ。
「久々に一丁いってみようかねえええ」
語尾に妙な節をつけるところまで、紛れもなくおっさんだった。
『さあ、さっさと来い。手早く片付けて――』
ダンテの口角が、するりと上がった。
『――三つ目の頭、一発引いてみようじゃないか』
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
パンの数のくだり、彼女が素直に感心してくれて、ダンテもちょっと嬉しかったと思います。
続きは、今夜10時20分に投稿します!
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