第12話 寄り道にも、四つの理由
世界樹の森へ向かうには、いくつもの方法がある。
最も便利なのは、村から都市へ、都市から大都市へ、そして移動協約を結んだ大都市間のワープゲートを活用することだ。
〈帰還スクロール〉、〈テレポートスクロール〉などがすでに普及しており、D~C等級の冒険者たちが大した負担もなく使えるということは、つまり、すでに世界全体にそうした移動体系が敷かれているという意味。
金は多少払うことになるが、ルートさえうまく見つければ、二日以内に世界樹の森まで到達できる。
「キイイッ、キィッ――!」
「キイ、キイ、キイ!」
それでもダンテは現在、エレナ一行と別れた村から、そう遠くない場所にいた。
それも、木の棍棒を手に興奮したゴブリンと向き合いながら。
「ゴブリン三匹か……。典型的な偵察組みたいだが」
ダンテは軽く体をほぐし始めた。
長く、すらりと伸びた手足。
引き締まった筋肉が備わっている上、顔が小さく、比率的にはさらに大きく格好よく見える肉体。
その上、くっきりした目鼻立ちに、肌まで白い男の顔!
《こ、これ以上興奮させたら危なくないですか、兄貴?》
『なぜだ? 俺があんな連中にやられるとでも?』
《いえ、俺の顔に傷が――》
『この野郎……』
《す、すみません。でも、本当に! ご存知でしょう、俺、顔で食ってきた人間なんですよ》
F等級の農奴、ザーク。
今、ダンテの首の上に載っているのは、ザークの頭だった。
ダンテはその言葉を聞きながら、呆れを隠せなかった。
顔で食ってきた?
『農奴が何をほざく――。おい、それとお前を成仏させてやったのは誰だ? いや、今も残ってるんだから、厳密には成仏じゃないんだろうが。とにかくだ、この野郎。お前の怨念を晴らしてやったのは俺だぞ、俺。感謝こそすれ……』
《もちろん感謝してます。感謝してますとも。それでも俺の顔と体は――》
『この前も言ったが、なんでお前の顔で、お前の体なんだ? もう俺のだろ』
ダンテがまっすぐ世界樹の森へ向かわなかった理由でもあった。
ハイエルフの頭を装着し続けて行く?
具現率21%のステータスだけでも、C~D等級冒険者の水準。
まして、使えるスキルは等級が下落してもなお、すさまじい威力を見せるほどだ。
だが、女性の体だということ。
日常の動きの中でも感じられる、微妙な違いがある。
戦闘では、さらに大きな違いを感じるしかない。
何より、肉体である以上、食べて、飲んで、そして出さねばならないではないか。
その部分において、どうにも、到底、気分の問題と言うべきか、あるいは倫理的な観念と言うべきか。
それとも、一時的とはいえ彼女と協業する良好な関係を築いた状態で、それをぶち壊したくないからと言うべきか!
ハイエルフの肉体を維持することはできなかったため、ダンテはザークの頭を再召喚し、装着したのだった。
もちろん、一番目の理由とはいえ、必ずしもそれだけの理由ではなかった。
『最後の大陸』に憑依して十三年、酸いも甘いも噛み分けたダンテですら初めて見る〈怨霊召喚〉スキルの構造と、その後の状況まで確認する必要があるというのが、二番目の理由だった。
「何をしている? ゴブリンを前にして、お前たちだけで何をしているんだ?」
収納されていたザークを取り出して装着し、ハイエルフを収納しない状態ではどうなるのか。
特に魔力が消耗されることもなく、彼女は現在、ダンテの傍らにぷかぷかと浮かぶ頭として存在している最中だ。
『ゴブリンについての情報は知っているか?』
「あんな微生物ごときの情報まで、知っていなければならんのか?」
『いや、ザークも、お前もそうだっただろう。名前だけじゃなく、過去の自分が何をしていたのか、そういう情報を何一つ知らなかったんだから』
「それは……そうだが。だが、あれがゴブリンで、風が吹いただけで死ぬほど弱いモンスターだということくらいは分かる。今、私を馬鹿にしているのか?」
これが馬鹿にされたように聞こえたのか?
と、思いきり叫んでやりたいのを、ダンテはぐっと堪えねばならなかった。
とにかく、ハイエルフの頭は一種の助言役としてなら使い続けられる、ということは確認できたのだから。
その物言いが気に食わない上、人がいればバレてしまうだろうが……一人で旅する分には、それなりに立派な助言者になってくれるだろう。
『ザーク、お前は全部覚えてるんだよな? 名前、歳、お前が生きてた頃の環境、状況』
《ええ、ええ、兄貴……。それを考えるとまた憂鬱になりますね。この顔と体のせいで、お偉い方に呼びつけられて――》
ついでに三番目の理由、ザークは成仏したのか、残っているのか。
残っているなら、彼は何を、どれだけ知っているのか。
『そんなことは聞いてない。お前がなぜ怨霊になったのか。俺がお前を召喚で呼び出す前の状況……周りの様子、そういうのは覚えてるか?』
〈怨霊召喚〉のスキルが〈異次元の門〉との接触、ひいてはダークスターとの接触によって発生した事件なのだとしたら。
すべての記憶を取り戻したザークから、そうした情報を引き出せるのではないか、という期待。
《え? いいえ? ただ――。俺が死ぬ時のことなら思い出せますが、それから兄貴と会うまでの記憶は……あるようなないような》
『ちぇっ、そうか』
この点についてはあまり役に立たなかったザークだが、ダンテは大きくは失望しなかった。
『F等級だから知らないのかもしれん。どうせこの体には慣れなきゃならんし、そのためにはこいつの自我が残っているだけでも助けにはなる』
ザークが知らないからといって、すべての怨霊が知らないと確定できるわけではないのだから。
それに、当面ザークの体で再構築された自分の肉体を扱う上で、ザークの自我が残っているのは助けになるはずだから。
「キイイイッ――」
ぶうううん──────……。
ゴブリンの振り回した棍棒が、風を切る音を立てた。
モンスターの中では最弱の部類に入るとはいえ、三匹となればE等級冒険者がそれなりに本気で相手をして、ようやくどうにかなる。
事実上、戦闘とは無縁も同然のF等級にとってゴブリンは、まして三匹は、それこそ命がけで逃げるべき相手!
「――キイッ?」
「キッ? キキッ?」
「うわ……体、思ったより悪くないな?」
だが、ダンテは軽く後ろに下がるだけだった。
《えっへん、申し上げたじゃないですか、兄貴。俺、農作業は下手でしたが、それでも――》
いや、正確には、村で買ったE等級の武器〈鉄剣〉を振るいながら下がったのだった。
「キ、キイイッ! キイッ、キイッ!」
斬り落とされたゴブリンの腕から、血が噴き出した。
ゴブリンたちは動揺した。
頭たちも動揺した。
《――いつの間に……お見事です、兄貴》
「……ふむ。それほどの肉体ではなさそうだが。スキルか?」
ダンテと一つになったザークは、何が起きたのかすら見えていなかった。
SR等級はやはり違う、という点だけが、ダンテを愉快にさせた。
〈畑耕し(E+)〉――消費HP:5
農作業のため、固い土を掘り返すのは農奴の仕事です。土をひっくり返すために、全力で振り下ろします。
『年季が違うんだよ』
ザークのスキル〈畑耕し〉の簡単な説明を見ただけで、一種の強力な縦斬りとして使いこなしてみせるダンテ。
「さて……それじゃあ、見せてもらおうか。経験値は『誰』が食うのか。成長は『どんな形で』行われるのか」
それに加えて、最後の四番目の理由。
F等級でレベル2と表示された、現在の【ステータス】基準でモンスターを狩ったらどうなるのか。
X等級でレベル-18の、ダンテ本来のアンデッドの肉体には、どう適用されるのか。
このすべてを確認してこそ「成長計画」を立てられるのだから、ダンテは即座に世界樹の森へ発たなかったのだろう。
「キイイッ――!」
「キイッ、キイッ!」
ゴブリンたちは飛びかかってきた。
直線的なその動きを、ダンテは動揺すらせずに相手取った。
そして、そのすべての状況を、ハイエルフの頭は少し離れた場所から見守っている最中だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
皆さま、週末はいかがお過ごしでしたでしょうか。日曜の夜まで本作にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
ただ、実のところ……ちゃんと読んでいただけているのか、作者には知る術がありません。静かな画面を眺めていると、ちょっと怖くて、ちょっと寂しいです。
もし「読んでるぞ」と伝えてやってもいい、という方がいらっしゃいましたら、【感想】や【評価】、【ブックマーク】をいただけると、作者は月曜日から無敵になれます。
それでは、良い日曜の夜をお過ごしください。明日からの一週間が、活気に満ちたものになりますように!
次回の更新は、明日の朝7時20分です!




