第11話 千里眼は、何を見ているか
衣装を着替え、簡単な武具、そして旅路のための食料を揃えるのに、そう長い時間は必要なかった。
何が、どれだけ必要かの計算も、長々とする必要がなかった。
『どうせ行くべき場所は一つだ』
ダンジョンで突然自我を取り戻してから、今まで。
慌ただしくあれこれと経験したが、そのおかげで、自分が何をすべきかは、より確実に分かったからだ。
《どこへ行って何をするつもり? 貴様が殺したはずもない魔王でも探しに?》
『いいや。俺の頭を探す』
急ぎの目標の一つは、ダンテ自身の頭探しだ。
怨霊たちと共にあるのもいいが、この理解不能な独特のシステムの中で、果たして自分の頭を装着したらどんな効果が出るのか。
もしかしたら、かつての能力をすべて取り戻せるかもしれない。
そこまで行けば、SR等級の頭との具現率をさらに上げられるかも?
あるいは、吸収できる別の方法を見つけ出せるかも?
まだ、分からない。
《貴様の頭? 役立たずの頭がどこにあるかは、分かっているのか?》
問題はハイエルフの言うとおり、ダンテ自身の頭がどこにあるのか分からないということ。
そもそも、処刑された死体があんな洞窟にぽつんと置かれていた理由は何なのか。
『だから……それを知っていそうな奴を探す。まずは友に会いに行く』
六人の仲間のうちの一人、ハイエルフ族の「千里眼」のハイテル。
C等級冒険者のエレナなら、聞きかじった話がそれなりにあったはずだ。
そんな彼女ですら、ダンテの処刑式で起きた事件について知らなかった。
仲間たちが全員捕まったのなら、知られていないはずがない。
騒ぎを鎮め、「人類を脅かした逆賊ダンテの処刑」を無事に執り行ったと、皇太子アルデリオンが自らの功績として喧伝したはずだ。
それなのに、エレナ一行が知らないほど口止めされた? あの騒ぎが?
『一人や二人は捕まったかもしれんが、全員の検挙には失敗した可能性がある』
ならば、可能性はこちら。
もし全員検挙に失敗したのなら、その中でも最も知略に長けた、おそらく捕まった可能性が最も低い仲間。
ハイテルを探す。
そこから仲間たちの行方と処刑当時についての情報はもちろん、現在ダンテの首の上にあるハイエルフについても、知ることができるはずだから。
《どこで友とやらに会うつもりだ》
『お前がよく知っている場所ではあるだろうな。俺の友もハイエルフなんでね。まずはそこに寄る』
《世界樹の森!?》
ダンテは頭を――正確にはハイエルフの頭を――頷かせた。
短期的な目標は一つ。
ハイテルに会い、真相を突き止めること。
その後、中期目標として、ダンテ自身の頭を探す。
最後にして最終の目標のために。
『訳は分からんが、機会が生まれたんだ……試さないわけにはいかない。これは、まあ、感謝でもすべきなのか?』
〈異次元の門〉を、再び開く。
あのイカれた門番、ダークスターを相手取る。
『最後の大陸』の世界を離れ、元の世界へ帰還するために。
「ダンテ」として生きるようになってからも、絶えず渇望し続けた夢を叶えるために。
《何をぶつぶつ言っている?》
このすべての目的を達成するため、一番にやらねばならないこと。
『だから協力しろ。俺がお前の頭を使うのが嫌ならな』
それは、SR等級の頭との協業だ。
ダンテの低くなった声にも、彼女の勢いは押されなかった。
むしろ鼻で笑いさえする、ハイエルフの高い声が聞こえてきた。
《は、馬鹿馬鹿しい。今すぐにでも外せば――》
『魔王のアスタ――。いや、名前などどうでもいい。魔王は俺が殺した。もうこの世界のどこを探しても、その痕跡すら見つからないだろう』
そしてダンテは、何の考えもなしに口を開いたわけではなかった。
実際に憑依して魔王アスタロトを殺したのは、本人だ。間違いない。
その後の八年間は部屋にこもりきりだったとはいえ、魔王に関する噂は一切流れなかった。
そこからさらに五年が過ぎたこの時点で、魔王がどこかで蘇った?
その可能性は低い。
《そ、それはやってみなければ分からんだろう。貴様のこのゴミのような肉体なりとも、私が引き連れて回れば――》
『お前の言うとおり、俺はアンデッドだ。かつて魔王軍で最も脅威とされた種族。もし魔王について何かが残っているなら、その手がかりなりとも探そうというなら、結局は俺の体、俺の力と知識が必要になる』
それでもなお魔王の手がかりを見つけ出そうとするなら、方法は一つ。
【ステータス】に堂々と記された「種族区分アンデッド」、自分の体だ。
この体こそが、何かの手がかりになるはずだ。
《……》
彼女は、それ以上何も言わなかった。
沈黙を守るハイエルフの気配に、ダンテも安堵のため息をついた。
ステータスは高いのに、どこか間の抜けた印象だったが、思ったほど馬鹿ではなくてよかった、と。
『まあ~、それが嫌なら、だ。〈異次元の門〉って知ってるかな? 次元の境界に通じるその門の向こうに、ダークスターってのがいるんだが。実を言うとな、魔王って言うならあっちのほうがよっぽど魔王だぞ。見た目からしてもう、魔王とは比べ物にならん。アスタロトはそれでも綺麗だったからな? 魔王じゃなけりゃ、プロポーズも山ほど受けてただろうよ。ああ、見てないから分からんか? とにかくそういうことだ』
その考えが浮かぶやいなや、やることといえば、やはり懐柔と言うべきか。
ダンテの口調がいくらか軽くなった途端、ハイエルフは反発した。
《な、何を言っている! 魔王が綺麗なわけが……。そんな馬鹿な話は二度とするな》
『馬鹿な話というより、事実に基づいた情報ではあるんだが、オーケー。分かった。じゃあ、ひとまず協力してくれると理解していいんだな?』
《それをいちいち言葉にしなければ分からんのか? どうしてこうも馬鹿なのだ?》
誰が誰に馬鹿だと……という考えを浮かべないよう、ダンテは努めなければならなかった。
思考だけで意思が伝わるというのが、今さらながら不便だと痛感しつつ。アンデッドにして、頭を挿げ替えられる唯一無二の存在として。
ダンテは、世界樹の森へ向かった。
* * *
ただし、ダンテの推測はおおむね正しかったが、小さな部分では誤差があった。
ダンテは事実上、世界に滅びをもたらす危険因子として処刑されたのだ。
そんな危険因子を救おうとした無頼の輩を全員捕らえたのなら、国家的な次元でその事実も広く広く知らしめたはずだ。
全員検挙されなかったからこそ事件を隠した、という筋読みは正しい。
だが、誰が捕まり、誰が捕まらなかったのか。
ダンテの仲間評価を基準に速断できるほど、皇太子アルデリオンは愚かではなかった、という意味だ。
「ふう、ふう……」
じゃらららっ……。鎖がしばし揺れる音とともに、荒い息遣いが響いた。
光もろくに差し込まない暗室に、声が広がった。
「協力する気になったか?」
どこから響いているのか、まるで分からない木霊。
初めて聞く者なら音の出所を探してきょろきょろしただろうが、鎖に繋がれた男は、ただくくっと笑っていた。
「協力、か。ダンテが教えてくれたことなら、言ってやれるが」
「なんだ?」
再び、声が響いた。
じゃらっ、と鎖の音を立てながら、繋がれていた男はかろうじて腕を持ち上げた。
「くたばれ」
そして、中指を突き立てた。
その意味を明確には知らないにもかかわらず、ちっ、と舌打ちの音が聞こえてきた。
それがすべてだった。
がん、と、一筋ばかり差し込んでいた光がすべて消えた。
音もまた、自分の体から出るもの以外、いかなる物音もない。
知的生命体の精神を破壊するのに、最も適した場所。
「ふう、ふう……。ダンテ……」
投獄されて五年、ぎりぎりのところで正気を繋ぎ止めているハイテルが、荒い息を吐いた。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
ダンテの旅の目的が、ようやく全部出揃った回です。最後の場面については、まだ何も言えません。
続きは、今夜10時20分に投稿します!
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