第10話 美女はつらいよ
エレナは、その瞳を見つめていた。
「お姉さん……は、どこから来たんですか? 目、すごく綺麗……。あ、ご、ごめんなさい。人前でこういうこと、直接言っちゃいけないのに」
そして、顔を赤らめながら言った。
ダンテは、反応できなかった。
『具現率が100%まで上がれば、純粋なステータスで100を超える……ぷはっ』
100を超えたステータスは、アイテムやスキルの補正などで「100(+15)」のような形式でしか見たことがない。
なのに、素のステータスそのものが100を超える可能性、ときたか……。
唖然としながらも、ダンテが笑える理由は明らかだった。
【等級F、ザークの怨念を解消しました】
【ザークの能力を吸収しました】
怨念を解消すると同時に、ザークのステータス、そしてスキルはダンテのものになった。
ならば、あのあり得ない数値もまた!?
『ハイエルフ。お前の怨念はなんだ?』
《怨念? なんだそれは》
『ううむ、まあ、無念なこと、あるだろ。果たせずに死んで、心残りで惜しいこと。やり残したこと』
説明していたダンテは、ふと気づいた。
自分の名前も、元々何をしていたのかも、スキルに何が備わっているのかも、召喚士の意志が届いているのかについても、何一つ知らないくせに。
ただ一つ、ザークが口にしていたのは、肉についての話だった。
その例を当てはめてみるなら?
彼女が最初から主張していたことは、一つだった。
《無念なこと、か……。魔王を殺せなかったことだ。エルケーニヒ、あいつだけは必ずこの手で殺したかった》
魔王を殺す。
SR等級の彼女には、魔王を殺すことなど容易いのかもしれない。
『おい、待て。魔王を殺すと言い張っておいて、名前も知らないのか? アスタロトだろ』
《アスタロト? 誰だ、それは》
『……は?』
《エルケーニヒも知らんのか、貴様。魔王の名も知らずに、よく魔王を殺したなどと言えたものだな》
『それはこっちの台詞だ』
不毛な言い争いだった。
名前の食い違いは、あの間抜けと同じ、記憶の欠損のせいだろう。
呼び名がどうであれ――。
『……あ』
問題は、ダンテがすでに殺したせいで、魔王という存在がこの世にいないというだけのこと。
彼女の怨念を、解消してやることはできない。
言い換えれば、彼女の能力をダンテが完全に吸収するのは、おそらく不可能だという意味に取れるだろう。
どこか釈然としないものを飲み込みながら、少しばかり虚しくなったダンテの前で、エレナは言った。
「あの……?」
その声とともに、ダンテの背後でも騒ぎが起きた。
慌てて駆けつける、三人の男。
「エレナ、気をつけろ!」
「そ、その人は――。つまり、さっきの――」
「服を見ろ、服を! エレナ!」
たたたたっ――。
彼らの足音が近づいてくるのを聞きながらも、ダンテはじっとしていた。
虚しさで、いまだに気が抜けているから?
そんなはずはなかった。
ダンテは軽く、さっと身を翻した。
焦りと戸惑いの滲む男たちの顔を見つめながら、ダンテは感じていた。
現在の自分のステータスは、D等級とC等級の間の水準。
彼らと大差ない。
一般的な状況で言えば、彼らと戦って勝つのは、相当な苦労を伴うはずだ。
それでも、ダンテは感じ取っていた。
「〈循環撃〉」
格 の差を見せつける、一撃。
────、────、────!
ダンテは拳すら握らないまま、手のひらで迫りくる三人の男を相手にした。
一人につき一度のタッチ、それに伴う属性別の効果。
喉仏に一発。
喉から伸びた氷が、彼の口を覆うほどだった。
みぞおちに一発。
彼の胸で点いた火が、円を描いて消えた。
そして、人中に一発。
痛いには痛かっただろうが、背後から吹いた風が、彼を路地の果てまで吹き飛ばした。
「あ、ああ……」
残ったのは、ぶるぶると震えているエレナだけだった。
ダンテは、彼女に向かって歩いた。
当然、エレナをどうこうしようというわけではなかった。
そもそも、この連中に求めるものは一つしかなかったのだから。
「あなたたちのせいで、服が台無しになった」
「……はい?」
金。
エレナのパーティーからは、「その助け」を得られるだろう。
「これ、服のこと。ほら、穴も開いて。汚れて。見えない?」
ザークの肉体になった時は、袖が短かったあの服。
ハイエルフの肉体には、むしろオーバーサイズになってしまったこの服。
つまり、頭のないダンテの体だった頃から着ていた服を指して言っているのだから……。
(服? 雑巾じゃなくて?)
エレナとしては、戸惑うことこの上ない話だった。
そこらの布切れを拾って着ても、それより綺麗な気がするのだが。
「見える? 見えない?」
だが、エレナはその言葉を口にできなかった。
ハイエルフが先ほど見せた、あの腕前。
「み、見えます」
「多くは望まない。でも、償いはしてもらう」
「償い、と言いますと……」
「金で払って」
それに加え、金を巻き上げている最中にも輝いている、その美貌のせいで。
エレナはあっさりと、金を差し出してしまうのだった。
あっという間に金袋をかっさらって去っていくハイエルフの後ろ姿を、エレナはじっと見つめていた。
怒りや恨みのこもった眼差しではなかった。
「……かっこいい……。あのおにーさんも、あの方も、絶対に覚えておかなきゃ」
純粋に、きらきらと輝く瞳だった。
本日もお読みいただき、ありがとうございます!
服の代金、皆さんならいくら払いますか。私なら払うと思います。
次回の更新は、明日の朝7時20分です!
続きが気になる!と思っていただけましたら、【ブックマーク】や【評価】での応援をよろしくお願いいたします。




