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サンシャーラ神話物語 -金色の戦士-  作者: 宝田旗子
6章 神々の試練(試練編後半)
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-金色の戦士- 第21話 巡礼

『サンシャーラ神話物語』

-金色(こんじき)の戦士- 巡礼



水の神ヴァヴィーチェの遺跡は、海の底にあった。

属州ピスパンニア――旧ピスパンニア王国の沿岸。

帝国に飲み込まれて久しいその海岸線に、満潮時だけ水没する古い石造りの祭壇がある。

アーシャが古文書と潮汐の記録を照合し、干潮の時刻を割り出した。


「……準備はいいか」

ガルが聞いた。

「いつでも」

キリークは直刀の柄を確かめた。

潮が引いた石段を下りていくと、祭壇の床が露わになっていた。

石の表面に、水草が貼りついている。

「気をつけて歩け」

「分かってる」

「分かってるなら……」

「滑ってない」

慎重に進んだ。

祭壇の中央、石の台座に守護石を置くように。

アーシャの解読した石版には記されていた。

キリークは台座へ向かって歩いた。

足元の石が、濡れている。

次の瞬間、足が滑った。

盛大に滑った。


ぶくぶくと泡を立てながら、祭壇の床に張った浅い水の中へ沈んだ。

沈黙が落ちた。

ガルが無言でキリークの首根っこを掴み、引き上げる。

水を吐きながら、キリークは台座を見た。

「……もう一回」

情けないとは思った。

しかし止まる理由にはならなかった。

「足元を見て歩け」

「見てた」

「見てなかった」

キリークは、一歩一歩確かめながら台座へ向かった。

今度は慎重に。


水の神ヴァヴィーチェは、人間の都合など知らなかった。

守護石が台座に触れた瞬間、祭壇の床から水が噴き出し、全員がずぶ濡れになった。

それだけだった。

石が、手の中で重くなった。

「……取れた」

「そうだな」

ガルは煙草を取り出し、濡れているのに気づいて戻す。

アーシャが海水を滴らせながら古文書を抱きしめていた。

「文書が……文書が濡れた……」

「乾かせば読める」

「乾かしたら縮む……!」


風の神カントゥリヌスの祭壇は、属州カーメリア――旧カーメリア王国の高原にあった。

暴風域の中心。

常に風が吹き荒れ、立っているだけで体が持っていかれそうになる。


「神の力を……!」

キリークが台座へ向かって踏み込んだ瞬間。

神の突風が、真横から来た。

キリークが吹き飛んだ。

文字通り、吹き飛んだ。

「あいつ飛んでいきおったぞ!」

アーシャが叫んだ。

ガルは煙草を咥えたまま、キリークが飛んでいった方向を見る。

遠くの草原に、小さな点が落ちた。

しばらく動かなかった。

やがて点がゆっくりと立ち上がり、よたよたと戻ってくる。


「……何も言わないで」

「何も言ってない」

「顔が語ってる」

「気のせいだ」

キリークは土を払い、もう一度台座へ向かった。

今度は低く重心を落とし、風を真正面から受けながら一歩一歩進む。

途中で三回吹き飛ばされた。

四回目に、石が台座に触れた。

風の石が、手の中に収まった。

ガルが一言だけ言った。

「根性だけはある」

「褒めてる?」

「事実を言った」


地の神アットパータの迷宮は、ネフェルティアの砂漠の地下にあった。

ここはまだ帝国の支配が及んでいない、五大国の生き残りであるネフェルティア領内だ。

帝国の追手が迫る前に石を回収すべく、三人は複雑怪奇な地下通路を急いでいた。

落盤と入り組んだ迷路。

アーシャの言う通り、罠だらけだった。


「……右だ、右へ進むんだ!」

アーシャが古文書を片手に自信満々に指差す。

「さっきもそう言って行き止まりだった。左が正解なんじゃないの?」

「馬鹿を言え! このわしの完璧な解読によれば、93パーセントの確度で右の道が正解なんだ!」

「じゃあ……これは何?」

キリークが呆れたように指差した先には、冷酷なまでにそびえ立つ完全なる『行き止まり』の岩壁があった。

沈黙が落ちた。

アーシャは冷や汗をかきながら、古文書から顔を上げた。

「……残りの、七パーセントの方だな」

「……」

「怒るな! 自然神の迷宮は人間の確率論など通用せんのだ!」

ガルが煙草を取り出し、火はつけずにそのまま咥えてため息をついた。

「……七パーセントを三回連続で引く確率を計算してみろ、学士様」

「やかましい!」


落盤が三回。(七パーセント)

行き止まりが四回。(七パーセント)

それでも言い争いながら、なんとか最深部に辿り着いた。

地の石が台座に触れた瞬間、天井から砂が降ってきた。

全員で出口へ走った。

太陽の下へ飛び出した瞬間、後ろで通路が崩れる音がした。

砂漠の青空の下、三人は揃って倒れ込んだ。

アーシャが砂を吐きながら言った。

「……神代文明の迷宮は、こんなに意地悪ではなかったはずだ!」

「自然神だ」

ガルが天を仰いだまま言った。

「人間の都合など知らん」


焚き火を囲んで、三人で座る。

砂漠の夜は、静かだった。


赤い三角形の火の石。

青い球体の水の石。

深緑色の半月形の風の石。

黄色い方形の地の石。


四つの守護石が、布の上に並んでいる。

それぞれが異なる色と形を持ち、焚き火の光を受けて鈍く輝いていた。

「……四つ揃ったわね」

キリークは静かに言った。

一つひとつ手に入れた時のことが、ぼんやりと蘇った。

火傷の跡が、まだ腕に残っている。

それでも、揃った。

「ああ」

「あと一つ……」

「そうだな」

ガルは煙草に火をつけた。

砂漠の夜風が、炎を揺らしている。

しばらく誰も口を開かなかった。


やがて、アーシャが古文書を閉じた。

「困ったのう」

「何が?」

キリークが顔を上げる。

アーシャは難しい顔をしていた。

「空の神アルカーシャに関する記録だけが妙なのだ」

「妙?」

「場所を示す記録がない」

「失われたんじゃないの?」

「違う」

アーシャは首を振った。

「最初から存在せんのだ」

焚き火が小さく爆ぜた。

「火も、水も、風も、地も。神殿の場所や守護石の記録は残っておった。しかし空だけがない」

「書き忘れたとか?」

「神代文明の連中がそんな間抜けなことをするか」

アーシャは腕を組んだ。

「意図的に伏せられておる。そう考える方が自然だな」


キリークは布の上の守護石を見た。

あと一つ。

それなのに、肝心の場所が分からない。

ここまで来て、という気持ちが喉元まで来た。

しかし口には出さなかった。

「どうするの?」

誰にともなく尋ねた。

答えたのはガルだった。

「帰るか」

「ヴェネスへ?」

「ああ」

煙草の煙が夜空へ流れる。

「ラーナなら何か知ってるかもしれねぇ」

キリークは少し考えた。

確かに、あの女神は神代文明より遥か以前から生きている。

アーシャの古文書より、よほど信用できる情報源だった。

「……そうね」

「決まりだな」

アーシャも頷いた。

「わしも一度資料を整理したい。ここ数ヶ月、ずっと旅の空だったからの」

キリークは夜空を見上げた。

無数の星が瞬いている。

空の神。

最後の一柱。

その居場所だけが、まだ見えなかった。

見上げれば見上げるほど、遠かった。

それでも目が離せなかった。


「……帰ろうか」

ガルが短く頷いた。

「ファンネリアにお土産、何か買っていかないと」

「遺跡巡りの帰りに土産を探す旅人がどこにいる」

「私たち」

ガルは短く息を吐いた。

しかしその横顔は、険しくなかった。

焚き火が、砂漠の夜を照らしていた。

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