-金色の戦士- 第17話 再起
『サンシャーラ神話物語』
再起
新しい直刀は、よく手に馴染んだ。
柄を握った瞬間、そう思った。
刀身に組み込まれたファルサが、指先の熱に応えるように微かに温もる。
折れた直刀とは重さが違う。
バランスも違う。
しかし、悪くない。
「どうだ、悪くねェだろう。こいつならちょっとやそっとじゃ折れたりしねぇよ」
武具屋の店主が胸を張った。
「ええ。ファルサの組み込みも完璧です」
キリークは刀身を光に透かした。
(折れない……か)
武具屋の言葉が、胸の奥で鈍く反響した。
アシュヴィンの圧倒的な槍の前に、呆気なく砕け散ったかつての愛剣。
根元からへし折られる絶望の感触が、痺れのようにこびりついている。
キリークはふっと息を吐き、新しい柄をきつく握り直した。
「……これをもらっていきます」
キリークは息を吐き、新しい重さを確かめるように、もう一度柄を握り直した。
隣でガルが、重厚なメイスを手に取って重さを確かめていた。
「なに、その物騒なやつ」
ジト目を向けるキリークをよそに、ガルはメイスの重心を確かめながら淡々と答える。
「剣の通じない相手や、崩れた遺跡の壁をぶち壊すためだ」
あまりに身も蓋もないガルの答えに、キリークは小さく息を吐いた。
「なるほど……」
「それより」
ガルはキリークを横目で見た。
「あまり店の中で剣を振り回すな」
「振り回してない」
「試し切りしようとしてただろ」
キリークは新しい直刀を、そっと鞘に収めた。
商会の応接室に戻ると、見知らぬ老人が座っていた。
白髪を無造作に束ね、外套には地図や古文書の切れ端が無数に挟み込まれている。
足元には大荷物が山積みになっていた。
人一人が中に入れそうな革鞄が二つ、木箱が三つ。
老人は手元の古文書から鋭い目を上げ、キリークを値踏みした。
「君がキリーク君かね……なるほど、身のこなしは確かに戦士らしい。私は考古学者のアーシャ・コルヴァだ」
「ファンネリアから聞いています。よろしくお願いします」
「よろしく、などと言うつもりはない」
老人は即答した。
「私はあくまで案内役だ。神々の遺跡へ辿り着くには私の知識がいる。それ以外の理由はない」
「……分かりました」
「ただし、神代の遺物を発見したら、私が最初に触る。いいな」
学者の凄まじい我の強さに、キリークはため息交じりに頷いた。
「それと」
アーシャは背後の山積みの荷物を指す。
「これは全部持っていく。文句は聞かん」
「全部?」
キリークは、その積み上げられた荷物の山を見上げ、無言で息を吐いた。
これだけの物を迷いなく持っていく、と言う、その揺るぎない目的意識。
呆れると同時に、どこか眩しいものを見るように目を細めた。
「その木箱は?」
「神代碑文の拓本群だ」
「そっちは?」
アーシャは眉一つ動かさずに即答する。
「星詠みの民の天球図写本だ」
「その革袋は?」
「予備の拓本だ」
常軌を逸した執着ぶりに、キリークの頬が微かに引きつった。
「……本気か? じいさん」
「むしろ少ないぐらいだ」
「そうか」
ガルが心底面倒そうに短く息を吐いた。
出発の前日。
キリークは裏庭でラーナを見つけた。
ファンネリアに頼まれた荷物の整理をしている。
「ラーナさん、この荷物はどこに運べば?」
「それは倉庫だ。行け」
「はい!」
ラーナの指示により、木箱を抱え持った青年が駆け出していく。
「ラーナさん、そっちの資料は?」
「帳簿室だ。机に置いておけ」
「はい!」
「いやぁ、ラーナさんのおかげで仕事が捗る捗る」
「ファンネリア様といい、ラーナさんといい。最近の女は働き者だな。俺たちも負けてられねえぞ!」
「お前たち、手を動かせ」
「「「「うっす!」」」」
神様が荷物の整理をしている光景は、もう見慣れてきた。
(いや、なんで偉くなってるのよ? ああ、神様だったっけ……)
とりとめのない考えを振り払うように頭を振って、キリークはラーナに声をかけた。
「少し、いい?」
ラーナは手を止めて振り返った。
「なんだ?」
「守護石のことを聞かせて」
キリークは新しい直刀の柄を握った。
「石に神の力を宿すには、その神と直接向き合う必要がある」
ラーナは静かに言った。
「神と……どうやって」
「神と出逢えば、自ずと分かる」
「自ずとって」
「神は説明しない。ただそこにある」
「……怖い?」
「当然だ」
ラーナはキリークを見た。
しばらく沈黙が続いた。
ラーナの視線が、キリークの腰の直刀へ移った。
じっと見ていた。
「……その剣を貸せ」
「え?」
「貸せ」
キリークは少し戸惑いながら、直刀を抜いてラーナに渡した。
ラーナは刀身を静かに見つめた。
それから、右手をそっと添えた。
何かが、流れた。
光でも熱でもない。
言葉にならない何かが、刀身に染み込んでいく感覚。
「青銀の加護だ」
ラーナが手を引いた。
刀身を返す。
「そう簡単には折れない」
キリークは思わず目を瞬いた。
「私も今は本調子ではないが……」
ラーナが疲れたように息を吐く。
「だが、これでプーラ(魔晶)を持った相手でも、互角に戦えるだろう。たぶん」
キリークは刀身を見た。
見た目は変わらない。
しかし、手の中の重さが、少し変わった気がした。
「ありがとう」
「弟を連れて帰れ」
それだけだった。
刀身を見つめ、短く礼を口にする。
加護のために削られた力の重さに、軽々しい言葉は飲み込み、ただ生還の誓いだけを、柄を握る力に込めた。
翌朝。
出発の準備が整った頃、アーシャが応接室の地図を広げて待っていた。
「座りなさい」
ガルとキリークが向かいに座る。
「目的地について説明する」
アーシャは地図の一点を指した。
「南東の大荒野の果て。独立峰として聳える休火山……通称『白銀峰』だ」
「火の神の遺跡が、そこに?」
「古代文献に記録がある」
アーシャは外套の内側から、表紙の黄ばんだ薄い冊子を取り出した。
「神代文明期の石版を解読したものだ。火の神ランヴァリーシャの神殿は、必ず火山の地底に作られる。排熱経路と神殿構造が一致する遺跡は、大陸全土でここ一カ所しかない」
「確実なの?」
「93パーセントの確度で、そう言える」
「残り7パーセントは?」
「文献の翻訳ミスの可能性だ。ただし、私の翻訳に間違いはない」
「じゃあ100パーセントじゃないの?」
「私は謙遜して言ってるが、学問の世界に100パーセントはないのだ」
ガルが忌々しげに煙草を咥えた。
「遠いな」
「まず、属州アヴァニアの港へ渡る。そこから陸路で南東へ向かう」
属州。
失われた故郷の名に、頭より先に体が反応する。
突き刺さるような痛みを喉の奥で噛み砕き、キリークはただ前を見据えた。
アーシャは、目を伏せた彼女の痛みに気付いた様子もなく地図から顔を上げた。
「一つだけ言っておく。他の自然神もそうだが、火の神ランヴァリーシャは、人間の信仰や祈りに意味を見出す神ではない。あれは自然の理そのものだ。説得も交渉も通じない」
「じゃあどうするの?」
痛みを飲み込み、キリークは顔を上げる
「知らん。それを考えるのは君たちの仕事だ。私の仕事は遺跡へ案内することまでだ」
あまりの言い草に、キリークはガルを見た。ガルは呆れたように短く息を吐き、紫煙を揺らす。
「割に合わねえ仕事だな」
「いつも通りね」
理不尽な神と、さらなる理不尽な案内人。
波乱の旅になる予感しかない。
呆れたように息を吐くガルを見て、キリークは微かに口角を上げて応じた。
出発の時が来た。
港へ向かう道を、三人でアーシャの荷物を分担して運ぶ。
キリークが革鞄、ガルが木箱。
残り一つの木箱は、中身を見られたくないのかアーシャ本人が運ぶと言って譲らなかった。
「なんで、全部必要なの?」
「古文書は現地で照合する必要がある。遺跡の石版と文献を突き合わせれば、扉の開け方が分かる」
「扉の開け方まで書いてあるの?」
「93パーセントの確度で」
「また93パーセント」
「私が言える最大の確度だ」
桟橋に出ると、潮風が吹きつけた。
船が待っていた。
キリークは荷物を下ろして、振り返った。
商会の入り口に、ファンネリアとラーナが立っていた。
ファンネリアが手を振っている。
ラーナは動かなかった。
ただ、こちらを見ていた。
キリークは頷いた。
ラーナも、かすかに頷き返した。
それだけだった。
「……行きましょう」
「俺はずっと行く気だ」
「93パーセントの確度で、辿り着けるはずだ」
「うるさい」
ガルが呆れたように言い捨てて、先に乗り込んだ。
アーシャが荷物を持ったまま船縁を乗り越えようとして、危うく落ちかけた。
キリークは咄嗟に手を貸して、アーシャを引き上げた。
「……ありがとう、とは言わないぞ」
「わかってます」
この偏屈な老人への扱いは、出航を待たずしてすでに見えていた。
出航の鐘が鳴った。
船が、動き出した。
港町が遠ざかっていく。
ラーナの青銀の髪が、遠くに見えた。
短い間だった。
帳簿を弾いて、荷物を指示して、加護を込めてくれた。
キリークは何も言わず、遠ざかるあの静かな黄金の瞳を、見えなくなるまでただ見つめ続けた。
新しい直刀が、腰で揺れている。
南東の果てに、火の神がいる。
波が、船首を叩いた。




