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サンシャーラ神話物語 -金色の戦士-  作者: 宝田旗子
3章 理不尽(生贄の村編)
16/21

-金色の戦士- 第3章幕間 報恩

『サンシャーラ神話物語』

報恩


東へ向かう街道は、穏やかだった。


ベルク村を出て三日。

空は高く、風は乾いている。

街道の土を踏むクッカの足音だけが、のんびりと続いていた。

戦闘の緊張が、少しずつ体から抜けていくのを感じる。

肩の傷はもう痛まない。

脇腹の打撲も、歩けないほどではなくなった。


「……平和ね」

キリークは呟いた。

「当たり前だ。毎日魔獣と戦ってたら身が持たん」

ガルは煙草を咥えたまま、前を向いている。

街道の両脇に、低い丘が続いていた。

丘の斜面に段々畑が広がっている。

鈴なりに実った紫色の果実が、朝日に照らされていた。


最初の宿場町は、小さかった。

街道沿いに宿と飯屋が数軒。

乾物屋と雑貨屋が一軒ずつ。

それだけの町だったが、クッカを預けてぶらぶら歩くには丁度よかった。

乾物屋の軒先には、見覚えのある紫色の干し果実が吊り下げられていた。

拳よりひと回り小さく、表面に白い粉をまとっている。

「なにこれ」

キリークは立ち止まり、覗き込んだ。

「知らんのか」

ガルが隣に来た。

「この地方でしか採れない果実だ。干すと甘みが凝縮する。保存も利く」

「食べたことあるの?」

「昔な」

それだけ言って、ガルは店の主人と値段の話を始めた。

キリークは干し果実を一つ摘まみ上げた。

「おい」

「まだ食べてないわ」

「そういう問題じゃない」

鼻先に近づけると、凝縮された果実の甘い香りがふわりと立ち上った。

「これ、そんなに珍しいの?」

「この辺りから出回ることがほとんどない」

「へえ」

キリークは手に持った果実を日光にかざして、その鮮やかな色を確かめた。

「ヴェネスの町にはないの?」

「見たことないな」

果実をくるりと指先で回し、そのまま口へ放り込むと、凝縮された濃い甘みが一気に広がった。

「……おいしい」

「だろうな」

ガルは小さな袋ひとつ分を買った。自分の荷物に入れながら、煙草の煙を吐く。


次の町では、薬草茶に出会った。

宿の女将が夕食と一緒に出してくれた琥珀色の茶が、妙に体に染み渡った。

疲れが抜けるような、落ち着くような。

「これ、なんていうお茶ですか?」

「この山でしか採れない草を干したものよ。旅人さんにはよく出すの。疲れに効くから」

キリークは二杯おかわりした。

翌朝、宿を出る前に、ガルは茶葉をひとつかみ分けてもらっていた。

「気に入ったの?」

「違う」

「じゃあなんで」

「……後で使う」

ガルはそれ以上言わなかった。


三つ目の町の市場で、キリークは立ち止まった。

露店に並んだ小さな陶器の壺。

素朴な作りだが、側面に細かい模様が手描きされている。

青と白の、波のような模様だ。

「きれい」

「安物だ」

「でも好き」

キリークは壺を手に取り、ひっくり返して底を確認した。

その青い波模様を見つめていると、潮風の香るあの港町の景色が、ふと脳裏に浮かんだ。

若草色の瞳の少女の顔も、一緒に。

「……ファンネリアたちは元気かしら」

「さあ」

「港町を出てから、ずっと便りもしてないわ」

「する必要もないだろう」

「そういうことじゃなくて」

キリークは壺を棚へ戻し、露店の前で少し考えた。

「何か送りたい」

「はあ?」

「お世話になったじゃない。あの商会には」

ガルは煙草を指で挟み、キリークを見た。

「旅の途中だぞ」

「分かってる。大したものじゃなくていい。ただ、元気だって知らせたい」

「今さらか」

「今だからよ」

ガルは煙草の灰を落とした。

「……かさばる物はやめろよ」


二人は小さな木箱を一つ買い、中に詰めた。

干し果実の小袋。

薬草茶の葉。

陶器の壺のかわりに、同じ模様が描かれた平たい皿を一枚。

どれも荷物になるほどの量ではない、旅の途中に見つけた小さなものばかりだ。

短い手紙を書いたのはキリークだった。

宿で借りた紙に、ガルの視線を気にしながら書く。


無事だ。東へ向かっている。道中で見つけたものを少し。——キリーク


「これでいいわ」

「ずいぶん素っ気ない手紙だな」

「書き慣れてないの」

箱に蓋をして、荷馬車の便に乗せてもらった。港町のドラン商会宛てに。


それから十日後。

港町ヴェネス。

ドラン商会の倉庫に、小さな木箱が届いた。

「ファンネリア様、荷物が届いております」

番頭のセビが、帳場へ顔を出した。

若草色の瞳の少女が、書き物の手を止めて顔を上げる。

「どこから?」

「差出人はキリークとかいう——」

「キリーク!」

ファンネリアは椅子を引いて立ち上がった。

番頭が苦笑いをしながら箱を運んでくる。

ファンネリアは蓋を開け、中を覗き込んだ。

干し果実。薬草茶。平たい陶器の皿。

そして短い手紙。

手紙を読んで、ファンネリアは小さく笑った。

「無事なのね」

「ご存知の方で?」

「私の恩人で……大切な旅人よ」

ファンネリアは干し果実を一粒つまみ、口に入れた。

濃い甘みが広がる。

「——おいしい」

目が、少し輝いた。

「セビ、これどこの産品か分かる?」

「さあ……東の街道沿いの産品ではないでしょうか。当商会では扱っておりませんな」

「この地方だけで消費されてるの?」

「おそらくは。わざわざ運ぶほどの量が出ないのでしょう」

ファンネリアは干し果実をもう一粒つまみ、考えるような顔をした。

「港町で売ったら、どう思う?」

「はあ?」

「物珍しいし、保存が利くし、甘みも強い。旅人や船乗りに需要があるんじゃないかしら」

「しかし輸送費を考えれば、利幅は——」

「小さくてもいい。まず試してみましょう」

セビは困ったような顔で頭を掻いた。

「旦那様に確認を——」

「もちろんそうするわ」

ファンネリアは薬草茶の葉も手に取った。

くんくんと匂いを嗅いで、また考える顔になる。

「この茶葉も面白いわ。独特で強い香り……港では見かけない種類ね。こういうのを好む船乗りもいるかも……陶器の皿はどうかしら、輸入雑貨として並べたら——」

「ファンネリア様」

セビが苦笑いで割り込んだ。

「色々と並べる前に、まずは旦那様にお話を」

「そうだったわ」

ファンネリアは手紙を折り畳み、胸元にしまった。

「最初の交渉相手は、お父様ね」


父親への説明は、思ったよりてこずった。

商会主のドランは、娘の提案を半分呆れた顔で聞いた。

「東の街道の干し果実? わざわざ運んでくるほどの品には見えんがね」

「少量だけ試させてください。失敗しても損失は小さい」

「そういう問題では——」

「お父様」

ファンネリアは若草色の瞳で、父親をまっすぐに見た。

「東へ向かう旅の途中で、あの人たちは私を思い出してくれました……それは個人的に、とても嬉しいことです」

「だから、記念に店先に並べたいとでも言うのかい?」

ドランが呆れたように言うと、ファンネリアは静かに首を振った。

「違います、お父様。私が言いたいのは、彼らが『幾つもの土地を見てきた旅人』だということです」

彼女の若草色の瞳に、強い光が宿る。

「旅慣れた人たちが、わざわざこれを送ってくれた。それだけ目を引く品だったということです」

ドランは娘を見た。

決して譲らない娘の熱意を測るように目を細め、やがて短く頷いた。

「……少しだけだぞ」

「ありがとうございます」

若草色の瞳が、嬉しさにきらきらと輝いた。


結果は、思ったより早く出た。

港の近くの市場に並べた干し果実は、二日で売り切れた。

大成功と呼ぶには小さすぎる。

しかし確かな手応えがあった。

「次の仕入れはどうしますか」

セビが帳簿を持って聞いた。

「倍にしましょう。それと、薬草茶も一緒に」

「かしこまりました」

ファンネリアは帳簿を受け取り、数字を書き込みながら、ふと顔を上げた。

窓の外に、港が見える。

船が出ていく。

(キリーク、今頃どのあたりにいるのかしら)

どこまでも続く空の先へ、そっと祈りを託すように船影を見つめる。

「……気をつけてね」

呟いて、また帳簿へ目を戻した。

若草色の瞳が、数字の列を追っていく。

小さな商いの、小さな始まり。

しかしそれは確かに、ファンネリアの手の中にあった。


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