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サンシャーラ神話物語 -金色の戦士-  作者: 宝田旗子
3章 理不尽(生贄の村編)
14/21

-金色の戦士- 第11話 決行

『サンシャーラ神話物語』

決行


月明かりだけが、部屋を照らしていた。


キリークは息を殺して身を起こした。

木製のベッドが軋まないよう、体重をゆっくりと移す。

床に足をつけ、しばらく動かずに耳を澄ませた。

ガルの寝息が、規則正しく聞こえている。

キリークは静かに立ち上がった。

装備は最小限にした。

軽鉄甲冑は重すぎる。

今夜は動きやすさが命だ。

革の胴鎧に、腰の直刀。

火のファルサを触媒ごと確かめ、腰のベルトに固定する。

月明かりの中で、ガルの寝床へ目をやった。

大柄な体が、毛布に包まれている。

横顔は、穏やかに見えた。

キリークは小さく息をついた。

「……ごめん」

声にならないほどの囁き。

それだけ言って、扉へ向かった。

蝶番が軋まないよう、慎重に開ける。

廊下へ出て、静かに閉める。


宿場の廊下は暗かった。

足音を殺しながら、キリークは外へ向かった。

エルザの家は、村の外れにあった。

扉を叩こうとして、手を止めた。

家の前に、人影があった。

白い夜着の上に薄い上着を羽織った少女が、扉にもたれるようにして立っている。

月明かりの下、亜麻色の髪が淡く光っていた。

「——眠れなかったの?」

エルザが顔を上げた。

キリークを見て、目を丸くした。

「……旅の人? こんな夜中に、どうして」

「あなたに話があって」

エルザの視線が、キリークの装備を捉えた。

直刀。

革鎧。

旅装ではなく、戦装束。

少女の表情が、かすかに変わった。

「……何をするつもりですか」

「森へ行く」

「——駄目です」

エルザが一歩前へ出た。

小さな体が、キリークの前に立ちはだかる。

「私が行かなければ、村が危険になります。あの魔獣は本当に——」

「分かってる」

「分かってるなら——」

「だから私が行く」

エルザが言葉を止めた。

キリークはまっすぐにエルザを見た。

「あなたは戦えない。私は戦える。それだけのことよ」

「でも、あなたには関係ない話です。私たちの村の——」

「関係ある」

即答だった。

エルザは口を閉じた。

キリークは視線を逸らさなかった。

「あなたを見捨てて眠れなかった。それだけ」

飾り気のない、ただの本心だった。

エルザはしばらく、キリークを見つめていた。


月明かりの下で、少女の目が揺れた。

「……怖くないんですか」

「怖い」

迷わず答えた。

正体も数もわからない敵と、たった一人で戦うのだ。

「でも、行く」

エルザの唇が、かすかに震えた。

白い儀式用のローブは、エルザの部屋にあった。


村長が起きてきた。

老人はキリークの姿を見て、目を細めた。

「——止めても、無駄ですかな」

「はい」

村長は長い沈黙の後、深くうなだれた。

「……情けない。守るべき者に守られるとは」

「村長さんは十分に戦ってきたと思います」

キリークはそれだけ言って、ローブを受け取った。

白い布は、思ったより軽かった。

袖口の裏側だけが、不自然に擦り切れている。

(……どれだけ、強く、握りしめていたのかしら)

先に消えた三人の少女たちの姿が脳裏をよぎる。

キリークは静かにローブを羽織った。


「——キリークさん」

背後から、エルザの声がした。

振り返ると、少女が両手を胸の前で握りしめていた。

目が赤くなっていた。

泣くまいとしているのが分かった。

爪が白くなるほど強く、薄い上着を握りしめている。

「生きて、帰ってきてください」

キリークは少し考えてから、笑った。

「当然でしょう」


村を出ると、北の森が目の前に広がっていた。

満月が高く昇り、街道を青白く照らしている。

虫の声が満ちていた。

森の入り口は、暗かった。

木々が密集し、月明かりが届かない。

風が吹くたびに葉が揺れ、暗闇の奥で何かが動いているように見える。

(怒るでしょうね)

キリークは小さく苦笑した。


森へ踏み込む。

足元に枯れ葉が積もっている。

一歩踏み出すたびに、かさりと音がした。

夜気が湿っていた。

昼間の熱気が嘘のように、森の中は冷えている。

街道から離れるにつれ、虫の声が変わった。

どこか遠くに感じられた音が、今は四方から包んでくる。

木の根が地面を這い、足元が均一でなくなる。

月明かりが木々に遮られ、先が見えにくい。

それでも、道は分かった。

踏み固められた細い獣道が、奥へ続いている。

村人が何度も案内されて歩いた道だ。

歩きながら、キリークは直刀の柄に手を添えた。

抜かない。

まだ抜かない。

静かに、深く呼吸をする。

ファルサが、指先でかすかに温かい。


どれくらい歩いただろう。

木々が途切れた。

空が開けた。

月明かりが一気に降り注ぐ。

苔むした石が、青白い光の中に浮かび上がっていた。

古い祭壇だ。

人の背丈ほどの石が三つ、弧を描くように立ち並んでいる。

中央に平たい祭石。

その表面に、黒ずんだ染みがあった。

キリークは立ち止まった。

風が止んでいた。

虫の声が、遠くなった。

静寂が、重く落ちてくる。

(ここね)

直刀の柄を、静かに握り直す。

白いローブが、夜風にわずかに揺れた。


その時。

遠く——森の奥から、何かが聞こえた。

翼が、空気を叩く音。

重く、大きく、近づいてくる。

キリークは空を見上げた。

満月を背に、黒い影が舞い降りてくる。

「——お出ましね」


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