36.帰還
アルテシアと出会った光の森。その奥地で見つけたゲートを潜ると、そこは見覚えのある山道だった。
見たことのある広葉樹の群れ。地面にはまだ新しい、人と馬の足跡、車輪の痕跡が残っている。
「ここはまさか……」
間違いない。遺跡の迷宮に繋がるゲートがあった、あの野営地だ。テントも物資も殆ど片がついてさっぱりしてしまっているが、きっとそうだ。
てっきりあのゲートを潜れば遺跡の迷宮に飛ばされるとばかり考えていたが、まさか直接この地に帰ってこられるとは。
手間が省けたと言えばそうなのだが、何だか都合が良すぎて信じきれない。
ユウが唖然としていと、左手がクイクイ引っ張られた。
「ねえ、ここってどこなの?さっきの森とは別の場所?」
アルテシアが隣で首を傾げた。
彼女の手はまだユウの左手に繋がったままだ。
それに気づいたユウは即座にパッと手を離した。
彼女が握っていた自分の掌を不思議そうに見つめる。
「いつまで握ってんだ」
「おや、君が先に握ったんだけど」
アルテは笑って首を傾げる。
「そんなことより、これどうなってんだ?野営地はどこいった……」
野営地が全て解体されている。
周囲を見渡しても人の気配は無いし、ゲートも無い。自分達はどうやってここへ戻って来たのだろう。
「これからどうするの?」
「……とりあえず王都へ戻る。依頼達成の報告も……いやこの場合未達成になるのか……?まあいい、とりあえず」
気づいた。
近くに動物の気配がする。
馬のような、ちょっと荒い息遣い。
何も言わずユウは気配のする方へと歩いた。
やはりだった。少し離れた木の影で、一頭の馬が草を毟っている。
そしてそのすぐ隣、木の影から人の背が覗いている。
何も考えずユウがその人影に歩み寄ると、見覚えのあるピンクの頭が動いた。
見上げた彼女と目が合った。
「ゆう……さん?」
グズグズに泣き腫らした顔で彼女が見上げる。
もしかして、
「な、何してんの……マレ……」
彼女だった。
特徴的な頭のリボンが無かったため一瞬戸惑ったが、彼女は間違いなくマレだ。
何で一人でこんなところにいるのかも、何で顔を泣き腫らしているのかも分からない。
しかしユウが理解する前に、
「ユウさんッ……!!」
目の前の彼女はユウの身体に飛び付いてきた。
思わずギョッとした。脳みそが理解を超えてパニックに陥りそうになる。
マレはユウの胸元に顔を埋めてしゃくり泣きながら、何度も名前を呼んでいる。
「よ、よかった゛ぁっ……ぶじでぇぇ」
泣きじゃくるその様はまるで子供みたいで、とても演技で出来るとは思えない。
心配していた、のだろうか。
ユウは少し息を吐いたあと、数秒迷った末に彼女の頭をそっと撫でた。そうでもしないと、彼女はずっとこのまましがみついて泣き続ける気がしたのだ。
「ごめん、少し遅くなった……もう大丈夫だからさ」
「っゆめ、じゃないですよね……」
腕の中でマレの声が籠る。
「わたしっ……もうユウさんと会えないと思って……」
「必ず二人で帰ってこようって約束しただろ」
「はい……」
涙ぐむ瞳で彼女はユウを見上げた。
そんな時、後ろから咳払いが聞こえた。
アルテだ。
二人は驚いて振り返ると、アルテはなんとも言えない表情でこっちを見ている。
するとマレは自分の今の状態をようやく理解し、
「………………ひぁっ!?ご、ごめんなさいっ!」
真っ赤な顔して飛び跳ねるようにユウの身体から離れた。
するとアルテはそんなマレの手を取って嬉しそうに言った。
「初めまして、私はアルテ。あなたの名前は?」
「えと、その、マレ……です」
「マレちゃんか〜本当にかわいい……!その髪って本物?すっごく綺麗……」
「え、あ、はい……」
「へ〜羨ましい……」
するとアルテはニヤニヤと横目にユウを見やった。
「まさかユウ君にこ〜んな可愛い恋人がいたなんてね〜」
「ほえっこっ、恋人だなんてそんなっ……!」
マレの顔が茹でダコみたいに真っ赤に染る。
「なに、違うの?」
「違ぇよ。マレは俺の仲間だ。傭兵の仕事でパーティー組んでんだよ」
「へ〜ユウ君て傭兵だったんだ」
「今更かよ」
「聞いてないもん。秘密主義?」
「うるせえ。何でもかんでもお前に話すわけねえだろ」
「なんでよ?」
「お前のこと信用してないからな」
「わ〜お、ドライ」
流れるような二人の会話を見て、マレは眉をひそめた。
見れば見るほど彼女のことが、ひいては二人の関係が気になった。アルテは殆ど裸だし、何故かユウのシャツを着ている。おまけにユウは自分には見せないような顔と話し方をする。
「あの、お二人はどういった関係で……」
「ああ実はね」
「こいつとは迷宮内で出会ったんだ。訳あって王都まで連れてくことになった」
アルテの話を遮るようにユウは言葉を被せた。
余計な話をされたら面倒だった。
「そ、そうなんですね……随分と仲がよろしいみたいなので、ちょっと気になって」
するとアルテがマレに近づき、彼女の耳元で囁いた。
「私とユウ君はそういうのじゃないから、安心して?」
「いえっ、わ、私は別にそんなつもりじゃ……」
その様子を見ていたユウは不思議そうに首を傾げ、話を戻した。
「そんなことよりマレ、もう身体は平気なのか?」
「は、はい。王都で治療を受けましたからもう平気です」
「よかった、心配だったんだ」
ユウが作り笑いでそう言うと、隣のアルテが眉をひん曲げた。
「なんか私に対する態度と違くない?」
――ちっ、うるせえな。俺はメリットのない奴にこの顔はしねえんだよ疫病神。
ユウはアルテを無視して続けた。
「それはそうと、ここにあった野営地はどうした?伯爵の使い達も見当たらないけど」
「それがその、どうやら迷宮のゲートが閉じてしまったらしくて、迷宮探索の依頼は打ち切りになったみたいです」
「なるほどな……この場合、俺たちが受けた依頼はどうなるんだ?」
「ギルドに報告次第、依頼は終了すると思います。ただ今回の依頼報酬は出来高制ですから、迷宮で得た宝を後日、伯爵様の元へ持っていき、報酬を受け取ることになると思います」
宝と聞いてギクッとなる。
マレと共に苦労して手に入れたアーティファクトはもう無い。あるのは手首に出来た変な紋様の痣だけだ。
――これについてはまた後で説明しよう……。
「よし、とりあえず早く王都へ戻ろう。やならきゃいけないことが幾つかある。マレ、この前話してた鑑定士を紹介してくれないか?実は幾つか見てもらいたいモノがあるんだ」
「シャルさんですね。勿論です。きっと彼女も喜びますよ」
「じゃあ決まりだね。王都へ向けてレッツゴ〜」
何故か仕切りだしたアルテが右手を掲げた。
*
王都南区五番街の商店通りに、アルテのはしゃいだ声が響いた。
「うわ〜色んなお店があるんだね〜」
彼女は買ったばかりのディアンドルを早くも着こなしていた。三つ編みハーフアップに仕立てられた美しいプラチナブロンドがふわりと靡く。その美貌に周囲の視線は釘付けとなる。
この服は王都へ戻る際に宿目的で立ち寄った村で、ユウが購入したものだ。本当は自分の服だけ買う予定だったのだが、彼女の容姿はただでさえ目立つ。シャツ一枚の半裸では人の視線が付きまとう。それにあの格好のままじゃ王都にだって入れなかったかもしれないし、仕方がなかった。おかげで財布の中身の殆どは消えた。
「おい早くしろ、置いてくぞ」
「あ、まってよ。遊び心が無いな〜君は」
「ふふっ、もうすぐシャルさんのお店に着きますよ」
マレに案内され三人はレンガ通りを抜けて細い裏路地を通り、風通しの悪い民家街に辿り着いた。
「着きました。こちらです」
マレが案内したその場所には、見るからにオンボロな、店と呼ぶには些か厳しい風貌の家屋があった。
不安が募る。こんなボロい店に任せて本当に大丈夫だろうか。マレは傭兵の間では名の知れた店だと言っていたが、とてもそうは思えない。
アルテは「趣があって素敵なお家ね」なんて言ってる。冗談じゃない。
しかし案内した当のマレは自信満々な顔で「さ、入りましょう」と笑顔を見せる。何だか断りずらい雰囲気があった。
ユウが半信半疑でいると、マレは勝手に店の扉をコンコンとノックして扉を開けた。
「ごめんくださーい」
開かれた木造のボロ扉が鳴く。
その正面奥のカウンター、椅子に座っていたそいつがひょっこりこちらを見た。
真っ先に目に入ったのは紺色のフードから飛び出した大きな猫耳だった。顔は想像していたより端正で、目元がちょっと猫っぽい。
――獣人、だよな。
「なーんだマレっちか。どうした?今めちゃくちゃ忙しいんだけどな」
妙に男っぽい仕草口調で猫耳少女が冗談を言う。店内に客は見当たらない。
「シャルさん、お仕事中すみません。実は私のな、仲間が、鑑定の依頼をしたいみたいで」
「おお、客を連れてきてくれたのか!そいつはありがたいな!」
マレの話を聞くなり猫耳少女は飛びつくように目の前まで駆け寄って来た。
そして彼女は背中から覗く尻尾をくねくね動かしながら、
「それで、依頼主ってのは……」
そう言いかけた彼女の視線がユウを捉えたその瞬間、彼女は押し黙った。
顔色を真っ青に変え、まるで幽霊でも見たかの様にゆっくり三歩後ずさってドサリ。尻もちを着いてこう言った。
「な、ななななんだお前……ば、ばばけもの…………」




