30.未踏の神殿
強烈な火炎を伴う爆発が連続的に広がった。魔物の群れが瞬く間に焼き尽くされ、骸骨兵達の骨組みの体は木っ端微塵に吹き飛ばされた。
――よし……複合魔術も少しずつコツを掴んできた……。
しかし燃え盛る火炎の中からバルログは無傷で飛び出てきた。周囲の骸骨共は粉々に砕け散り再起不能だと言うのに。
どうも奴に炎は効果が無い様子だった。
「ちっ……マナブラストッ!」
舌打ちして翳した左手から強力なマナを放出した。
マナブラストによる高威力の衝撃波がバルログの前進を食い止め、周囲の骨の残骸を吹き飛ばし、地面の岩盤を捲り上げる。
しかし衝撃波に耐え切ったバルログは身体を仰け反らせ歪な咆哮を吐き出した。
その覇気にユウの背筋がビリビリと痺れる。
先程屠ったミノタウロスより遥かに強大なマナ。パワーも威圧感さえも桁違いだ。
本来、コレを単独で相手するなんて馬鹿げている。
だが、不思議だ。何故だか負ける気がしない。
バルログが再び吠え、ズンと重い脚を踏み鳴らし、刃のように鋭く硬い爪を振るって突進を仕掛けた。
ユウは大きく後方に飛び避けそれを回避、左手にマナを込めてエアキャノンを生成する。
「っ……!」
放ったエアキャノンが炸裂、バルログの体幹が僅かにブレる。
ここだ。
勝負を掛けて一気に詰め寄る。
刀身に宿したマナが密度を増して輝きを放つ。
巨体の下に滑る様に潜り込み、
「マナブレイド……!」
丸太のような奴の右脚を光剣が意図も容易く斬り落とした。
更に、片脚を失い完全にバランスを崩したバルログの背後から、流れる様な動きで繰り出された刃がその肉厚な広背を切り開き、トドメの横薙ぎがその重厚な首筋を弾き飛ばした。
ドチャッとバルログの頭部が地面に転がり、大きく見開かれた赤い目玉が静かに瞳孔を広げて絶命を知らしめた。
振り抜いたまま留めた剣の刀身から、マナの燐光が音も無く粒のように消え失せる。
ユウはその刀身を見つめ、小さく笑った。
今度こそ完璧に掴んだ、騎士の奥義。
刀剣に対しての高密度のマナ付与は長時間維持出来ない。それは王国最強の騎士ベルザムとて同様である。
時間にして僅か二秒。
この僅かな合間に、如何なる敵の防衛をも突破する無敵の剣閃。これこそ、騎士の奥義たる所以。
マナの付与が消える前に、三度の斬撃によりバルログを破壊した。それはマナ操作技術だけでなく、剣技そのものの上達もあってこそ為せる技。
面白い具合に高められて行く己の強さに頬が緩む。高揚感、あるいは全能感すら感じている。
ユウはキンッと刀身に着いた血を振り払い、目の前にある、まるで闇の様な神殿の入口に向かって歩き始めた。
この場に一人残ったのは、マレやカイン達を逃がすのが目的じゃない。
「神殿内の宝は、全て俺が頂くぜ……」
ユウはほくそ笑み、革靴の音を鳴らして、神殿の扉を越えたその時だった。
ひとつ。
乾いた音もなく、暗闇の中にフッと火が生まれた。
誰も触れていない。風もない。それでも橙色の炎は、最初からそこに在ったかのように静かに揺れ始める。
暗闇に目を凝らして見れば、その火は一本の大きな柱の天辺で燃えている篝火だと気づいた。
そしてひとつが灯るとそれを合図にしたかのように炎は連なり、無数に立った柱に波のように篝火が走っていった。
その灯りに照らされて、神殿の回廊が闇の中からゆっくりと浮かび上がっていく。
常灯火を燃やす無数の柱の彫刻。床に刻まれた円環状の紋様。壁に描かれた理解不能の壁画。それらが順番に光を受け、眠りから目覚めていく。
光はただ照らすのではない。見せつけるように、奥へ奥へと導いていく。
やがて最後の松明に火が入ったその時、神殿は完全に息を吹き返した。
「…………、」
その怪しくも神秘的な光景に思わず吐息が漏れた。
そこは音が吸い込まれるほど静かで、空気が張り詰めるほど整っている。まるで今この瞬間をずっと待っていたかのように。
ユウは無意識に息を呑む。
この場所は遺跡なんかじゃない。今も確かに生きている。そう確信させる程のエネルギーの脈動を感じる。
回廊の奥まで続く光の列が、巨大な空間の輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。
床一面には円と螺旋を組み合わせた古代紋様が刻まれ、その溝に埋め込まれた淡い結晶が、常灯火の光を受けて微かに燐光を返している。
だが見上げた天井は何処までも高く聳え、まるで先が見えない。暗闇だけがその奥にはある。
この神殿の全長は凡そ百メートル。神殿というより、もはや塔に近い。一体誰が何の目的で造ったのかは知らないが、とても人間に建造出来る造りには思えない。
ユウは不思議そうに辺りを見渡しながら、すぐ隣にあった柱に触れてみた。
冷たい石の温度と、ザラザラとした紋様の感触が指先に伝わる。柱は人の胴体よりも太く、けれど天井には到底届かない位置で途切れ、常灯火を燃やしている。
視線を移すと目に入ったのは、左右の壁に大きく描かれたそれは奇妙な壁画だった。
中央に大き翼なを持つ人型、周囲には獣、光の輪に貫かれた王、祈る群衆。
時代も種族も分からない存在たちが、同じ方向を見上げる姿で彫り込まれている。
この神殿内は神秘的である、と同時に何だか気味が悪い。
ユウが歩く度にコツコツと革靴の音が神殿全体に広がる。
意外に思ったのは神殿内に敵の気配が全くないことだった。先程神殿の扉を蹴破って現れたバルログと骸骨の群れ。神殿を守るガーディアンはあれで全てだったのだろうか。
灯された明かりに釣られて、歩みを進めた神殿の中央部。
そこに鎮座するのは巨大な祭壇だった。灰色の石を何層にも積み上げた基壇の上に、球体の結晶がひとりでに宙に浮いていた。
透き通るように見えるその内部では、淡い光が心臓の鼓動のようにゆっくりと脈打っている。
「……」
ユウはその球を食い入るように見つめた。まるで結晶の淡光が瞳を通して頭の中に入り込んでくるようだ。
触れたらどうなるのだろう。そんな考えが頭を過る。
まるで洗脳でも受けたかのように、彼は徐にその球に手を伸ばした。
指先から、静かに触れる。
その瞬間、空気が僅かに振動する。結晶の光が、ほんの少し強くなった。
『みつけた』
声が響いた気がした。
ユウは恐ろしくなって勢いよくその手を離す。
しかし遅かったようだ。
突如神殿が地鳴りの様な音を上げて震え出す。砂煙がそこら中から舞い上がり、神殿そのものが内部から動き出すのがわかった。
「くそっ……何なんだ……!」
ユウの声を掻き消す様に揺れは強まり、床の円環がゆっくりと回転を始める。
溝に埋め込まれた結晶が一斉に光り、紋様が魔法陣として意味を取り戻していく。
何かが起動した。それは疑いようのない事実だった。
祭壇の球体が強い光を放ち、その内部で粒子が渦を巻き、脈動が加速する。
そして――。
「なっ――」
全てが反転した。
柱の紋様も壁の壁画も、空気も重力も何もかも、全てがあべこべに反転した。おかげで祭壇のあった床が今では天井で、先の見えなかったあの天井が真下にある。
落下は即座に訪れた。
反転した重力が先の見えない暗闇の奥へとユウの身体を引き摺り込む。
「またかよぉおおおお――――ッ!?」
胃が持ちがる浮遊感が襲い来る。
左手にマナを集約し、風魔術を構築する。
そんな最中。
『やっと見つけた……』
男の声とも女の声とも区別つかぬ声色で、頭の中に直接響いてくる。
その切なさを滲ませた声が、ユウの手を止めた。
何故だかわからない。けれど、どこか落ち着くというか、敵意というものを全く感じない。
迫る暗闇に目を凝らすと、奈落の底には白く輝くモヤが滞留していた。
――あれは……ゲート……?
迷宮の中に、更に迷宮へと繋がるゲートがあった。そんな話は聞いたことがない。だがどう見たって、あれが帰りのゲートとは思えない。
――一体何がどうなって……。
『お願い……あの子を……』
頭の中に響く声は何かを懇願していた。
そして、そのゲートの光はユウの身体を静かに包み込んだ。




