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26.隠し部屋

 二人は地下道内をしばらく歩いた。

 道中現れたグールの数は少なかったし、対処にも慣れてきた頃合だった。

 奥へ続く暗闇の中から、小さなマナの気配を複数感じ取った。

 今度のはグールじゃない。一体なんだ。そう思った矢先、暗闇の中に紅い斑点模様の光が無数に現れた。


「こいつらは……蜘蛛か……!」

「ひっ……」


 マレが背筋を震わせてユウにしがみつく。

 ただの蜘蛛じゃない。一匹一匹が一メートル近くある。それがケタケタと足音を鳴らしながら無数に這い寄ってくる。

 そのおぞましさときたら、全身に鳥肌が立つ程だ。

 先程のグールの時の様に火炎で一気に焼き払ってしまいたいが、そうするとマレが暫く動けなくなるかもしれないし、最悪死ぬ可能性もある。


「ちっ……邪魔くせえ」


 ユウは剣を抜いて刀身にマナを纏わせた。

 マレはまだ万全じゃない。奴らに近付かれたら対処しきれないだろう。


「マレ、下がってろ」

「は、はい……」


 一匹ずつ切り殺すしかない。

 ユウが殺意を持って一歩を踏み出すと、複数体の巨大グモが同時に飛び掛ってきた。


「――っ!」


 マナ強化を施した剣でそれらを横薙ぎに振り払う。

 粘性の高い緑色の血液が飛び散り手前の蜘蛛は即死、更に発生した斬撃の風圧で周囲の蜘蛛が吹き飛ばされる。

 ユウの身体能力は今や常軌を逸している。そのためただの斬撃ひとつでも強い突風が伴う。それは図らずも敵の体勢を崩し、多対一を有利に進めた。

 しかし手当たり次第に蜘蛛を斬ってはいるものの、まるで終わりが見えない。暗闇の奥を覗けばその赤目は未だ無数に存在している。


「キリがねえな……」


 マナブラストで皆殺しにしてもいいが、出力を誤ればマレと共に瓦礫の下敷きになりかねない。

 ユウは少し考えたあと、左手にマナを込めた。

 空から落ちた時、きっと物凄く高度なマナの運用を咄嗟に行ったのだ。あの経験が更なる成長を促した。自分はまだまだ強くなれるのだと実感する。それがとても胸を高揚させる。


 ――空気を圧縮……。


 直径五十センチばかりの空気を掴み、強烈な圧力を込めてテニスボールサイズの空気塊を生み出した。

 前回は約二メートル範囲の空気圧縮であったが、今回は五十センチ範囲の圧縮。かなり威力は抑えられてるはずだ。それでも、こいつらを殺すのに十分な威力を発揮するだろう。

 ユウは左手を奴らへ向けて翳し、殺意を持ってそれを撃ち出した。


「エアキャノン……!」


 放たれた圧縮空気が群れの中心地に到達して破裂した。

 その爆発はまるで手榴弾、いやそれ以上だった。爆心地点から球状に均等に、空気ごと物体を押しのけ破壊する。

 爆心地点から半径八メートル付近は致命的な打撃を受け、壁や天井はヒビ割れ周辺にいた蜘蛛の群れは粉々に吹き飛ばされた。

 予想を上回る威力にユウは顔を引き攣らせ、マレは耳を塞いで尻餅をついている。


「ま、まじか……かなり抑えたのに……」


 五十センチ範囲の空気でも、テニスボールサイズまで圧縮すればこれ程の威力を発揮するらしい。本当は手榴弾くらいの威力を期待していたが、それを大きく上回る結果となった。

 今も天井からはパラパラと砕けた石の破片が落ちてくる。崩落しなくて本当に良かったと、ユウは胸を撫で下ろす。


「マレ、天井が崩れるかもしれない。早く進もう」

「は、はい」


 二人は慌てて蜘蛛の死骸の山を踏みつけ走り抜けた。

 爆破の衝撃を免れ生き残った蜘蛛が数匹飛び掛ってくるが、ユウは蚊でも退治するみたいに剣を振るってそいつらを斬り殺す。

 ようやく蜘蛛の脅威を抜け去り、崩落の心配の無い位置まで進んだところで二人は足を止め呼吸を整える。


「はぁ……ここまで来れば多分大丈夫だろ」

「はぁ……はぁ……本当に迷宮は危険だらけですね。でも、ユウさんといれば何故かきっと大丈夫だと思えるのが不思議です」

「あんまり油断しないでよ。俺だって迷宮は初めてなんだ。何があるかわからないし、気を引き締めて行こう」

「はい……そうですね。頑張ります!」


 そう言ったマレが両拳を胸の前で握ってやる気を見せた。

 そして再び歩き出したその一歩目。

 ガコッ。

 何かが作動した音がした。

 マレの踏み出した右足が地面のブロックを深く踏み抜いている。

 嫌な予感、それが過ぎった頃には既に遅かった。

 地面の石ブロックが綺麗な正方形を描いて崩れ落ち、二人の冒険者を奈落へと引き摺り込んだ。


「うわぁああっ!」

「きゃぁああああああ――――っ!!」


 二人の悲鳴が交錯する中、ユウは即座に空中でマレの腕を掴み、右手で抜いた剣にマナを込めて全力で壁に突き立てた。

 石壁を強化剣がゴリゴリと削り、二メートル弱の傷跡を残して何とか落下を防いだ。

 壁にめり込む刀身が根元から少し(しな)っている。

 ボロっと小さな瓦礫が崩れ落ちる。

 腰のベルトに引っ掛けてあるランプがキコキコと揺れて、二人の影を揺らしている。


「マ、マレ……動くなよ……」

「ひ……」


 厚みのある上等な剣だ。マナ強化も施している。この程度で折れはしない。だが動けば噛み合いがズレて剣が抜け落ちるかもしれない。

 ユウは恐る恐る下を覗き見た。

 ゾッとした。

 真下数メートル先には大量の槍が上を向いてびっちりと敷き詰められている。ここに落ちていればどうなっていたことか。

 ユウは唾を飲み込み、少し小声気味で言った。


「マレ……今から君を引っ張り上げるから、そうしたら俺の体にしがみつくんだ」

「む、無理ですっ……そんなの」

「やるんだ。大丈夫、俺を信じて」

「…………っ、は、はい」


 マレは大層不安げな表情で頷いた。

 それを見て、ユウはゆっくりと慎重に、左手に繋がる彼女の身体を持ち上げた。

 マレの体重なんて物凄く軽い。装備を入れても五十キロにすら満たない。片手で持ち上げるなんて楽勝だ。あとは彼女が上手くやってくれれば。

 マレの身体が持ち上がり、丁度ユウと同じ目線にまで到達した。


「さあ……」

「……っ」


 マレが意を決した表情でユウの身体に抱きついた。

 一秒後、剣が壁から抜け落ち、ガクッと二人の身体が重力に引っ張られる。

 マレが悲鳴をあげた、その瞬間。

 ユウは彼女の身体をお姫様抱っこで抱きかかえ、壁面を蹴りつけ飛び上がった。

 壁から壁へ、身軽な忍びの如く上層へと登ってゆき、


「……っと」


 ついに落とし穴から脱却し先程の階層へと舞い戻った。

 ゆっくりとマレを降ろすと、彼女の足はまだ子鹿みたいに震えている。


「平気か?」


 ユウが手を差し伸べると、彼女はその手を取って何とか立ち上がった。


「気を引き締めるって言ったそばから……本当にすみません……」

「いや、あれは俺も気づけないよ。こういったトラップが他にもあるだろうし、今度こそ気を引き締めよう」

「はい、気をつけます」


 そう決意して踏み出した一歩。

 ガコッ。

 マレの足元がまた沈み込んだ。

 マレの顔色が一瞬で青くなり、


「ごめんなさぃ……」


 と涙目で消えそうな声を漏らした。

 直後、前方から鋭い風切り音と共に複数の矢が飛来した。

 ユウの五感が不意打ちの連射を完全に捉える。

 ズガガガガッと銃撃の連射みたいな音を上げて、抜かれた剣が飛来した矢の全てを弾きあげた。

 マレが惚れ惚れした顔で「すごい……」と呟く。

 そんな彼女にユウがジトっとした視線を向けると、


「す、すみませんすみませんすみません気をつけるって言ったそばから私ってやっぱりダメな子で」


 とマレは平謝り。

 ユウは深く溜息をついた。


 それからまた暫く二人は地下道を歩いた。

 地下道に入ってからかなり進んだだろうし、そろそろ何かあってもいい頃じゃないかと考えていた矢先、道が二手に別れた。


「また分かれ道だ」

「どちらに進みますか?」

「う〜ん、右に行こう」


 ユウの判断で右に舵を切る。

 しかしその道を進んだ先ですぐ、


「行き止まりだ……」


 目の前には冷たい壁が立ち塞がっていた。


「どうやら先程の道を左に行くのが正解だったようですね」

「……」


 しかしユウは何だか納得いかなくて、立ち塞がる壁に近づいた。

 わざわざ道を二手に分けておいて何も無し。それはどうも腑に落ちない。

 ユウは冷えた石壁をぺたぺた触り、あちこちをコンコンと軽く叩いてみる。

 その背中を不思議そうな目でマレが見つめる。

 そのとき、石壁のブロックの一箇所だけ、感触の違う部分があることに気がついた。ランプで照らしてよく見ると、僅かにブロックの色味も違って見える。

 まさかと思い手で押してみると、ゴトッとそのブロックだけが抜け落ちた。

 次の瞬間、ガラガラと石壁が崩れ落ち、その先にあった広々とした空間が露となった。


「隠し部屋……」


 マレが呟く。

 どうやらそうみたいだ。

 薄暗くてはっきりとは見えないが、広々とした空間がそこには広がっている。


「やりましたねユウさん!」

「ああ、でもまた罠かもしれない。気を抜くなよ」

「いっ……はい」


 マレが表情を緊張させる。

 ユウは腰に取り付けていたランプを手に取り、光量を上げて周囲を強く照らした。

 そのとき気づいた。


「ユウさん、あれ……!」


 マレが指さすその先には、台座の上に据え置かれた箱がひとつ。


「宝箱か……!」


 流石のユウもこれにはテンションが跳ね上がる。

 二人して宝箱を目指して一直線に駆け出した。

 目の前にした宝箱はイメージしてたほどキラキラしたものじゃない。縦十五センチ、横三十センチ、高さ十五センチの直方体。装飾の模様は色褪せていて、誇りを被っている。

 だがそれが逆に味を出しているというか、より高価値な装いに見えてくる。


「あ、あけるぞ……」

「はい……」


 ドキドキしながらユウが宝箱に触れた、その瞬間。地面が揺れる程の衝撃を鳴らして、そいつは二人の背後に現れた。

 驚いた二人がゆっくりと振り向くとそこには、巨大な岩の巨人が仁王立ちを決めていた。



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