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25.捨てられた地下道

 土足で上がり込んだ古代都市の廃民家。

 埃まみれの床に二人分の足跡が続く。

 奥の部屋で見つけた石造りの古びた貯蔵箱の、まるで瓦礫みたいな蓋を押しのけた。ガコッと石蓋が崩れ落ち、砂埃がパラパラと舞う。


「ここもダメか……」


 少しうんざりした声が漏れた。

 迷宮深部の神殿を目指しながら、目についた民家に手当り次第入っては財宝を探し回った。

 しかし民家内で見つけた殆どの物体は原型も分からないほど風化しているし、価値のありそうな物なんて一つたりとも見当たらなかった。かれこれ一時間はこんなことを繰り返している。

 精神的な疲労を抱えて外へ出ると、ユウは伸びをして言った。


「よし、これ以上家屋を調べるのはよそう。何かあるかもと思って探し回ってたけど時間の無駄だ。財宝が民家内に無いとは言いきれないけど、こんなことをやってたらいつまでも先に進めない。神殿を目指して一発を狙った方が遥かに効率がいい」

「そうですね。何かが見つかる気配も無さそうですし……」


 この結論にマレも文句は無いようだ。


 今二人がいる位置は最初にいた巨大遺跡の外れから殆ど変わっていない。財宝を求めて右に左に動いていたからだろう。

 ユウは歩きながら親指を噛んだ。

 ここまでそれなりに歩いたし何度か魔蟲にも襲われた。どいつも雑魚ばかりだったし苦労という苦労は無かったが、時間を無駄にしたというのが腹立たしい。

 一番最低なのは他のベテラン傭兵共に先を越されることだ。こんなことならさっさと神殿を目指すべきだったかもしれないと今思い始めた。

 ユウが頭を悩ませながら目の前の階段を上り、広場を抜け、ちょうど回廊を進んだ所だった。

 通路が分岐した。それも一方は上へ向かう階段で、一方は薄暗い地下へと向かう階段だ。

 それを見たマレが首を傾げた。


「上への階段は、またさっきのような広場に出るみたいですね。神殿を目指すならこちらの方がわかりやすいと思いますが」

「うーん」


 地下へ続く階段は真っ暗で、どこか物々しい雰囲気を感じる。

 普通なら上へ向かうだろうが、RPGとかだと大抵の宝は地下にあったりする。何かあるかも、という期待が選択を迷わせた。


「ちょっとだけ、覗いてみるか。もしかしたら何かあるかもしれないし」

「そうですね……確かに宝を隠すなら地下は定番です。危険だと判断したなら引き返せばいいだけですよね」


 先程からこんな感じで、マレはユウの意見や判断に対して全肯定だ。だから行先は全てユウの直感のみを頼りに決まっている。

 地下へ続く階段を降りる度に革靴の音がコツコツと反響し、埃とカビの古びた匂いが濃くなった。


「流石に暗くて何も見えないな……」

「ユウさん、あれを」


 マレに言われて思い出した。

 ユウは鞄の中から先日購入したランプを取り出した。

 透明なホヤガラスを金属製の枠組みが支え、下部には燃料タンクが付いている。

 ユウが金具に親指をかけ火打石を擦ると、芯が燃え上がると同時に、琥珀色の光がふっと膨らみ、闇を押し退けた。

 揺れる炎は不安定で、呼吸するたびに伸び縮みし、壁に歪んだ影を投げかける。


「おぉ……初めて使ったけど、思ったより明るくなるもんだな」


 初めてのランプがちょっとだけ楽しい。

 そんなユウの様子を見てマレがふふっと小さく笑う。

 さては子供っぽいとバカにされた気がして、ユウは咳払いをして足を進めた。

 階段を降り切ると、細くて長い一本道が暗闇の中にずうっと続いていた。


「うげー、ここを歩くのか……」


 気は進まないが、行くしかない。

 まだ見ぬ財宝を求めて、二人は靴の音を響かせた。暗闇が怖いのか、隣を歩くマレが不安そうな足取りでユウの腕に引っ付いている。

 暫く行くと、今度は三本の分かれ道が二人を待ち構えていた。


「うーん、真ん中だな」

「は、早く行きましょう……」


 怯えるマレが急かす。

 ランプは視界をぼんやり照らし、二人は真ん中の通路に踏み入った。

 それから暫く歩いた頃だったろう。

 ゴッとユウの右足が何かを蹴った。

 不気味な感触に何事かと思いランプで足元を照らすとそこには、人が倒れていた。


「キャア――ッ!?――っ!?」


 マレの大絶叫をユウの手が即座に阻止した。

 ユウはマレの口元を押さえたまま、アイコンタクトで彼女に落ち着くよう忠告する。ここで騒げば周囲の魔蟲などが集まってくる恐れがある。

 マレは動揺は見せつつも、うんうんと頷いたのでゆっくりと口を押さえる手を離した。

 倒れた人間をよく見ると、薄汚れたボロボロの布切れを着た死体だった。もはや骨と皮しか残らないほどガリガリに痩せ切ったミイラだ。マナも感じられないし、生きてるはずもない。


「ただの死体だ。へーきへー……き……」


 ユウが言いかけたその時、死体だったそれはむくりと立ち上がった。低い呻き声を鳴らして、虚ろな目をして間近でこっちを見ている。

 数秒経って、ようやく脳の処理が追いついた。


「うわぁああああああッ!!」


 ユウの大絶叫が地下道を駆け巡る。

 同時に反射で引き抜いた剣が死体の首を切り落とし、その体を吹っ飛ばした。

 首を失った死体は力なく地面に転がり静まり返った。


「はぁ……はぁ……」

「だ、大丈夫ですか……?」


 肩で息をするユウをマレが宥める。さっきと立場が真逆で面目もない。

 くそが恥をかかせやがってと転がった死体を睨みつけると、なんと首の無い身体がまたしてもむくりと立ち上がった。


「なっ、どうなってやがる……!」

「おそらくグールの類です……」

「グール……?」

「グールは怨霊に取り憑かれた屍人。神聖術か、あるいは火で完全に焼き切る以外に倒す術はありません……!」


 共有された事前情報に、そんなのがいた気がする。

 ぶわっと火色の明かりがランプの明かりさえ呑み込んで地下道内を照らし上げた。

 ユウの右手に握られた剣の刀身に紅い炎が点っている。

 魔術付与だ。


「火なら倒せるんだよな……!」

「そ、そのはずです」


 首無しの屍人が両手を伸ばして走り出す。


「……っ!」


 振り翳した炎を宿した鉄剣が、屍人の胴を真っ二つに斬り捨てた。

 引き千切れた上半身と下半身が燃え移った炎に焼かれ、それぞれがのたうち回る。


「気持ち悪ぃ……これで本当に死ぬのか……?」


 と思っていたが、元々体内に水分が殆ど無いミイラ状態だ。炎で炙られた身体はすぐにボロボロと崩れ落ち、完全に動かなくなった。


「ふ〜、死なないってだけで大したこと無いな」


 まるでフラグを立てるみたいに、つい油断めいたことを言ったのが良くなかったのかも知れない。

 その言葉の直後、気配がした。ひたひたと素足を引きづる様な音が、目の前の暗闇から近付いてくる。

 二人して息を呑んだ。

 暗闇から徐々に影を表したのは複数のグール共だった。それも二体や三体じゃない。足音的にもっといる。

 まるでゾンビ映画のワンシーンでも見ているようで、背筋にゾクッとくる。


「ユ、ユウさん……」

「落ち着け、引き返せばいいだけ」


 振り返るとそこには、後ろから迫り来るグールの群れ。


「か、囲まれてます……!」

「くそっ、いつの間に……!」


 グールにはマナが無い。そのためユウのマナ感知が効かなかった。

 追い詰められ互いに背中を合わせ身構える。


「ど、どうしましょう……!」

「マレ、後ろの奴らを頼む……俺はこっちをやる!」


 ユウは剣を腰に仕舞い、右手にマナを集めた。

 火魔術で一気に肩を付ける。

 そのつもりだった。


「死ね……!」


 打ち出された火球は直径五十センチ程の炎の塊。

 先頭にいたグールに着弾し弾き飛ばし消失した。

 かなりマナを込めたつもりだが、思った以上に火力が出ない。


「くそっ、何でだ……」


 もっと巨大な炎を生み出しグール共を一掃するつもりだった。

 マナは十分に込められていたはずだ。イメージの問題か。

 後ろのマレに視線をやると、背中から抜いた弓を震える手で構えている。後方からのグールは五体。彼女にはきっと無理だ。

 早く前方のグール共を倒さなければ。


 ――落ち着け……集中しろ……。


 目を閉じ、再び右手にマナを込めた。

 成村の顔が脳裏にチラつく。


 ――確かガスバーナー……だったか……俺にそんな器用な真似は出来ねぇ……。


 掌の先に風魔術によって空気が集う。

 イメージはよく燃える空気、ただそれだけだ。

 それを掌の先に集約し、圧縮していく。

 なんだろう。マナの連動率がいい。目を閉じているだけで風の流れが何となく分かる。

 風が手に馴染む。先程の火魔術では感じられなかった感覚だった。


 ――空から落ちた時、死の淵で何か掴んだのか……まるで手を動かすみたいに風の流れを操れる……。


 圧縮された小さな空気弾がついに完成した。

 あとはイメージするだけ。この空気の塊に火をつける。その爆発は前方にのみ放出される。それだけ。


「――――――」


 その指向性を持つ爆発は正に火炎放射だった。

 前方一直線に炎が突き進み、壁床天井諸共、グール共を根こそぎ焼き尽くした。


「よしっ」


 上手くいったと自賛している暇は無い。

 即座に振り返り、後方の敵に視線を向けた。

 その時、パシュッと風切り音が鳴り、先頭のグールの頭が弾けた。

 更に倒れたグールの体が燃え上がる。

 よく見ると頭に炎の矢が突き刺さっている。


「魔術付与……」


 ユウは思わず呟くと、マレは更に弓を引いた。

 近付いてくるグールの頭、胴に向けて的確に矢が射られ、次々にグール共を炎上させた。

 これまでの道中で現れた敵は全てユウが瞬殺してきた。そのため彼女の実力をちゃんと見るのはこれが初であった。

 最後の一匹が燃え死んだところで、マレがふぅと額の汗を拭ってこっちを見た。


「な、何とか倒せました……」

「マレ、凄い弓の精度だな。こんな暗闇なのに……」

「えっ、そ、そうですか?」


 マレは露骨に嬉しそうな表情を浮かべて笑う。


「子供の頃から弓だけはずっと練習を続けて来たので、この距離なら絶対外しません……」

「初めての魔物だってのに、よく一人で対処出来たよ」

「そ、そんな褒めすぎですよ……それにユウさんなんてあの数を一瞬で……」


 ユウの魔術によって焼け焦げた地下道通路とグール共の死体を目にして、マレはぽかんと口を開けた。


「以前から思ってましたけど……ユウさんて本当に凄いです。とても駆け出しの傭兵とは思えません。一体どこでこれ程の技を……」

「あ〜まあその、色々と死線はくぐって来てるから」

「そう、なんですね……」


 ユウは視線を逸らして話を誤魔化した。


「さあ、先へ進もうぜ。きっとこの辺の魔物なら問題ない。倒し方のコツも掴んだし」

「はい……早くさきへ……」


 歩き出そうとしたマレが突然ふらついて、力が抜けたみたいに地面に膝を着いた。


「だ、大丈夫か?」


 突然のことで驚いてマレに寄り添う。


「す、すみません……何だか、頭がぼうっとして……」


 マレの顔色が良くない。

 そう言えば、何だか息苦しい感じがする。

 ユウはハッとして口元を押えた。


 ――まずい、酸欠か……あるいは一酸化炭素中毒症状……。


 考えもしてなかった。この空気の薄い地下内で広範囲に及ぶ火魔術はこういった危険が伴う。

 超回復のあるユウは常に中毒症状を解毒し、酸欠状態を回復することが出来る。しかし常人のマレには致命的だ。

 ユウはすぐに両手にマナを集め、前方と後方に強風を放った。

 ぶわっと砂埃と一緒に空気が流れて行く。

 これによりまずは溜まっているかもしれない一酸化炭素を排出する。

 続いてマレの周囲に風魔術により空気を生成し送り込む。意識して、出来る限り高酸素濃度の空気生成を試みる。


「マレ、ゆっくりと深呼吸して」

「……っ……はぁ……はぁ」


 多分、二十分はその場から動けなかったと思う。


「どう?そろそろ落ち着いた?」

「は、はい……ありがとうございます……」


 彼女の意識はハッキリしている。一酸化炭素中毒に陥っていたかは分からないが、少なくとも軽度であったのだろう。

 大事に至らなくてよかった。そう思ったところで、自分の思考回路に違和感を覚えた。


 ――なんで俺がこの女の心配なんかしてんだ……おかしいだろ。別に死んだって構わないのに…………ああそうか、この女にはまだ利用価値がある。ここで死なせるには勿体ない……そうだ。


 自己分析が終わったところで、ユウは彼女に手を貸し引っ張りあげた。


「さあ進もう。これ以上ここでもたついてはいられない」

「は、はい……すみませんでした……」


 マレは申し訳なさそうに頭を下げた。

 ユウは心の中の違和感から目を逸らす様に前を向いた。




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