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24.忘れられし古代遺跡

 オズマン伯爵の所有するペレリス領の山間地帯には小さなキャンプが立てられていた。そしてそのキャンプのすぐ目の前には、今も揺らめき渦を巻くゲートが確かに存在した。

 この白い靄の様な渦が迷宮へと繋がる空間の歪み、即ち迷宮の門。原因も詳細も不明で、突如として出現する世界の不具合である。

 傭兵たちはその靄を前に息を呑んだ。ここを潜ればそこは未開の地。生きて戻れる保証はない。

 集った傭兵達を見渡して、オズマン伯爵の臣下が大声で言った。


「これより、生還者達が持ち帰った情報を共有する。ぜひ迷宮探索に役立ててくれ」


 臣下はそう前置きすると迷宮内の情報を話し始めた。


「今回の迷宮は巨大遺跡。遺跡内には様々なトラップが仕掛けられている。出没するのは魔獣、魔蟲、魔物、中でも魔蟲とグール系の魔物が数多く潜んでいるようだ」


 魔蟲はその名の通り、虫型の生物がマナ異常により脅威的な進化を遂げることで発生する。そして魔物とは悪魔、屍霊、怪物、この世の理から外れた生命体を指す。


「気候については穏やかだが、天候次第では雨風や濃い霧が発生する。足元には気をつけることだ」


 それを聞いてユウとマレは少し安心する。もしも迷宮内が極寒地や猛暑地ならば探索の難易度は大きく変わったろう。

 だがその安堵を見抜いた様に臣下は続けた。


「気は抜くなよ。今回の迷宮の難易度は推定でB級。未だ誰一人として迷宮深部に到達出来ていないのが現状だ。特に一番厄介な点は迷宮に踏み入った者は皆、迷宮内のランダムな場所に飛ばされてしまうことだ」


 話を聞いていた傭兵達が困惑の声を上げる。そんな特殊な迷宮の話は聞いたことが無いのだろう。


「心配せずとも帰りのゲートの場所は生還者達によって突き止められている。生還者達が各所に設置した赤い旗を辿れば、ここへ戻る為のゲートに行く着くことが出来るはずだ。それとゲートへ踏み入る際、パーティーメンバーと手を繋いでおけば逸れる心配はない。尤も無作為に飛ばされる現象は防げないがな」


 すると誰かがふざけて言った。


「んじゃ抱き合ってゲートに入ればいいってことか?」


 傭兵達に笑いが起こる。

 こんな未知を前にしても、彼らは恐れというものを知らない。だからここに集まっているのだ。


「何にしても、迷宮内からより多くの財宝を持ち帰ることが諸君らの任務だ。今のところ持ち帰られた宝は少ない。まだまだ未知の遺物が隠されてると考えていいだろう。持ち帰った宝や貴重な品は我々が高額で買取ってやる。それに応じて依頼報酬も別途で用意すると約束しよう」


 それを聞いて傭兵達は大いに盛り上がりを見せる。

 同様にユウの心内もかつてないほど高鳴っていた。迷宮探索なんて男の夢、これほど胸踊ることはない。それに成功すれば億万長者だ。まだ見ぬ迷宮の魔力によって、不思議と恐怖心は消え失せていた。

 要は巨大遺跡を探索し、宝を集め、生きてここへ戻ればいい。帰りのゲートの場所まで凡そ把握出来てるのなら問題は無い。

 ユウは拳を固く握り息を飲み、そして隣を見やるとマレと目が合った。目が合うと彼女はふっと小さく笑った。臆病なマレのことだから、もっと不安な顔をしてると思ったが、彼女も心の準備は出来てるらしい。


「それでは、各自の判断でゲートを潜ってくれ。諸君らの健闘を祈る」


 臣下がそう言い放った瞬間に、集まっていた傭兵達が我先にとゲート内に飛び込み始めた。

 焦るつもりなんて無かったのに、皆が走り出したのを見るとつい焦ってしまう。


「マレ、俺達も行こう」

「はい……!」


 ユウとマレは手を取り合い、意を決してゲートへと飛び込んだ。


 ――――――

 ――――

 ――


 目を開けた瞬間、ユウは絶景を見下ろしていた。

 それは真下に広がる巨大な都市遺跡。苔と植物に覆われた美しき古の都。それが遥か先の真下にある。

 変だった。そう感じたその瞬間、下から吹き上げる暴風、足場の無い違和感、胃が持ち上がる様な強烈な浮遊感が襲い来る。

 脳が理解を拒んでいた。そのせいで状況を飲み込むのに一泊の遅れがあった。

 ユウは上空にいたのだ。


「うわぁああああああああ――――!!」

「きゃぁああああああああ――――!!」


 ユウの絶叫と全く同じタイミングでマレの悲鳴が響いたことで、握っていた左手がまだ彼女と繋がっているのだと初めて気づいた。


「マ、マレ……!」


 上空で藻掻きながら彼女は酷く取り乱している。

 ユウは繋がっている彼女の手を引っ張り、マレの身体を抱き抱え体勢を整える。

 その時、ユウは見た。この遺跡の全容を。

 建築物のほぼ全てが灰色の建材によって仕立てられた巨大都市。地を埋め尽くす程の多量の建造物と侵食する植物が複雑に入り組み、都市全体が巨大な迷路のようだ。更に都市中央部には全長約百メートル以上に及ぶ巨大な神殿が存在する。あれが熟練の傭兵達すら近づけなかった迷宮の深部だろう。

 だがそれより何よりも驚くべきは、この都市の存在する場所にある。あまりに非現実的な光景に、ユウは自分の目を疑っていた。

 空だ。ここは遥かな空上に浮かぶ巨大都市なのだ。都市を丸ごと覆う巨大な岩盤は雲の上に縫い留められた様に静止し、今も遺跡を支えている。まるでそれが当然であるかのように。

 けれど、それに見とれている余裕なんて今のユウには無かった。


 ――くそっ、どうするどうするどうする……!


 落下速度はみるみる加速するばかり。恐ろしい速さで地上が近づいてくる。


 ――なんでよりによって上空に飛ばされんだよ……!


 生還者達の情報に遺跡上空に飛ばされたなんてのは無かった。だがそれもそのはず。


 ――生還した奴らはみんな地上に転移したんだ……ついてねぇぜくそっ!


 今も腕の中で悲鳴をあげるマレを強く抱きながら、平静を保とうと深く呼吸する。


 ――落ち着け。このまま落下すれば普通の人間は死ぬ。けど俺の身体は丈夫だし、マナ強化すれば何とか……最悪頭さえ無事なら超回復で再生できるはず……。


 だがその場合マレは。

 マレに視線を向けると、彼女は顔を埋める様にギュッとユウの身体にしがみついている。


 ――くそっ、足でまといが……こいつを抱えたまま上手く着地出来るか……いや、着地出来たところでとてつもないGが掛かる。マレの身体が耐えられない。何とか落下の衝撃を防ぐしかない。


 ユウは思考をフル回転させる。

 マナブラストで、ダメだ。マナブラストは前方へ衝撃波を放出するだけ。それでは地面が砕けて終わる。可能性があるとすれば風の魔術だ。


 ――出来るのか……この土壇場で……。


 風魔術に精密な指向性を持たせることは、今のユウには出来ない。全方位に対して強力な爆風を起こし、衝撃の余波で落下速度を相殺するしかない。

 右手を地面に向けて突き出し、マナを込めて風を生み出す。

 しかし生み出された風は落下の暴風によって散らされ、上手く制御が効かない。


「くそ、ダメか……!」


 このままでは二人とも死ぬ。


 ――もっとだ、もっとマナを込めろ……イメージするんだ。周囲の影響を受けないよう、空気を固定するイメージを……。


 その時、高まった集中がひとつの正解を導き出す。

 ベルザムの言葉が脳裏を過ぎる。


『魔術を行使する際は、出来る限り目の前の環境を利用しろ。簡単に言えば、水魔術で水を生み出し操るのではなく、目の前にある水を操るのだ。さすればマナの消費とマナ操作のリソースを最小限に抑えることが出来る』


 ――空気なら目の前にある……イメージしろ!目の前の空気を掴み取り、圧縮する……!


 その瞬間、右手の先にあった空気がグンと一点に圧縮される。


「うぐぐっ…………」


 大気を圧縮することは並のパワーでは叶わない。おまけにイメージの具現化とそれを維持出来るだけの集中力、マナ操作の高い制御技術が求められる。

 だがユウは膨大なマナを注ぎ込んで、何とかそれを実現させていた。

 直径にして約二メートルの空気を、テニスボールサイズにまで圧縮している。その空気塊は極端な高密度、それによる屈折率の変動と高熱化を要因として、球の輪郭だけが白濁に滲みもはや目視出来るほどであった。

 自分で作り出した空気の塊だ。炸裂させずともユウは理解している。この空気の塊はやばい。解放されれば瞬時に周囲を吹き飛ばす、強力な爆弾そのものだ。

 直撃したら常人は無事では済まない。特にマレは。


 ――落下直前のギリギリで撃ち込んでもダメだ……かといって撃ち出しが早くても落下速度を殺せない。タイミングを見極めろ……。


 地上付近で爆破させ、発生した衝撃波で落下の勢いを殺す。その際にこちらがダメージを負わない距離で実行しなければならない。

 右手の先で圧縮空気を維持しながら、その時を見定める。

 加速は続く。

 地上が迫る。

 その距離、凡そ百メートルを切った。

 ここだ。


「マレっ、しっかり掴まってろ!」


 そう叫び、空気の塊を地面に目掛けて高速で飛ばした。同時にマレを庇うように抱き込み地面に対して背を向ける。

 高速で撃ち出された空気塊は、遺跡の地面にぶつかる寸前でようやく圧縮から開放された。

 炸裂。その瞬間、白い閃光が放たれ凄まじい空気爆発が発生。駆け抜けた爆風が周囲の建造物を豪快に吹き飛ばし、上空四十メートル付近に迫ったユウの背中を衝撃波が押し飛ばした。

 結果、二人の落下の勢いは完全に死んだ。だが有り余った衝撃は二人分の体重を明後日の方向へ軽々と吹き飛ばした。

 悲鳴をあげるマレ、歯を食いしばり体勢を整えるユウ。

 お姫様抱っこでマレを抱え何とか踵から地面に着地し、数メートル砂利を磨り潰して勢いを殺して停止した。


「はぁ……はぁ……」


 痛いほど心臓を鳴らしながら肩で息をするユウ。

 マレが涙で滲む瞳をゆっくりと開ける。


「へ……?た、助かっ……た……?」


 するとユウはマレを抱えたまま「ぶはぁ〜」と空気が抜けたみたいにその場に尻もちをついた。

 その後二人はボサボサの頭のまま、顔を見合せたあと二人して、


「「し、死ぬかと思った……」」


 と声を揃えた。


 敷き詰められた硬い石ブロックの上で、二人分の足音がコツコツと鳴る。

 ユウはすぐ隣にある民家の壁を手でコンコンと叩いた。

 硬い音。思った以上に頑丈な造りだ。

 ほぼ全ての建築物が同じ材質で出来ている。白に近い淡灰から、煤に汚れた濃灰まで、幾層もの色調を持つ石材が積み上げられている。

 建物は高低差を無視するように連なり、階段、回廊、橋、縦穴、逆さに張り出した構造物が迷路のように絡み合っている。

 通りという通りは直線を拒み、必ずどこかで折れ、分かれ、上下へと分岐する。正に巨大な立体迷宮だった。

 しかしその無機質な構造を、長い年月が確実に侵食していた。

 壁の隙間からは苔が染み出し、石材の接合部には蔦が絡みついている。

 崩れかけた屋根の上には低木が根を張り、風に揺れる葉が、石の海に不自然な緑の波紋を落としていた。


 ユウは不思議な気分だった。初めての体験、それなのにどこか懐かしさすら感じられる。真っ白な世界にポツンと自分達しかいない気がする。

 隣のマレがユウの腕に触れて言った。


「ユウさん、さっきは本当にありがとうございました」

「それもう何度も聞いたよ」

「言い足りないから言ってるんです」


 マレはさっきから執拗いくらい何度も感謝を述べてくる。言うなれば命の恩人なわけだし、何も変なことはない。だがこの表情も声も仕草も、今触れているこの手さえも、自分に取り入る為の演技かもしれないと考えてしまう。何か裏があるのかも。最後の最後、財宝を見つけたところで略奪を狙ってるとか。

 こんなこと考えたって仕方が無いのに、以前にも増して疑り癖が酷くなった気がする。

 ユウが小さく首を振った。考え過ぎも良くない。それはわかってる。仮にマレが裏切ったところで脅威にはならないのだし、今はそれ以外の場所に意識を張った方がいい。


「ユウさん、方角はこっちであってるんですか?」


 ユウの気なんて何にも知らないマレは、何の気なしに尋ねた。


「ああ。あそこ、見えるだろ?」


 ユウが指をさしたその先には、この都市の中心部に高々と聳え立つ巨大神殿があった。


「あれが多分迷宮深部だと思う。あそこへ行けばきっとすんごいお宝があるに違いない」

「でも、熟練の傭兵の方々が近づくことすら出来なかったって……何か危険があるかもしれません」

「そんなことは百も承知さ。でもせっかく来たわけだし、何も得ずに帰るわけにはいかないだろ?これが冒険てもんさ。なに、やばくなったら撤退すればいいさ」

「そ、そうですね……」


 マレは少し不安げな声で頷いた。

 マレもユウも傭兵としての歴が浅い。そんな二人が誰も近付けなかった迷宮深部に踏み入ろうとしているのだから、不安に思うのも無理は無い。だがここで諦めてしまっては苦労してこの場所へ来た意味も無くなってしまう。

 何か成果を上げなければ。逸る気持ちを抑える様に一歩を踏み出した。

 そんな時だ。ユウの直感が付近から鋭いマナの気配を感じ取った。

 突然ユウが立ち止まったことでマレが驚いた様子を見せる。


「ユウさん?」

「来たな。マナの制御も感じられないし、魔獣の類いだろう」

「ま、魔獣っ……」


 マレが怯えた様子で身構える。

 ユウは腰に差した剣、サンクレイヴを音を鳴らしてゆっくりと引き抜いた。


「丁度いい。試し斬りといこうか」


 構えた剣の刀身が、太陽の日差しを浴びて鈍く光る。

 次の瞬間、突如右側面から瓦礫を突き破って飛び出した巨大ムカデの牙が、ユウの顔面に差し迫った。

 ガキンッと火花を散らしムカデの頭部が弾き上げられる。

 勝敗は即座に決した。点剣の刺突がムカデの顎下に突き刺さり、そのまま回転斬り。奴の頭を跳ね飛ばす。

 緑色の泥のような血が舞い、頭部を失った身体が暴れ狂う様に地面をのた打ち回る。

 剣を振るって血を落とし、ユウは息をつく。

 その姿を見てマレは「す、すごい……」と思わず零した。

 ユウは右手に握った剣を眺めて唸る。


「良い感触、中々の斬れ味だな……」


 ムカデの装甲は硬そうに見えたが、マナ強化を施した剣は容易くムカデの身体を両断した。少なくとも城内訓練で使用していた剣とは大違いだ。


「これなら魔蟲だろうが魔物だろうが問題ないぜ」


 剣を鞘に仕舞い、ユウは頬を緩ませた。



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