宋飛40
「蘇州軍は、気のいい奴らばかりでしたね、宋飛殿」
帰還の行軍の最中に馬を寄せてきて班礼が話しかけてきた。
兵の指揮はもう一人の指揮官の王蓮に任せてきたらしい。
「俺はそれよりも、飯の味が忘れられない。蘇州はとにかく食い物が美味かったな」
「何言ってるんですか。でも、確かに、うちの飯よりずっと旨かったなぁ。特に調練の合間に海で採れた、あの魚の鍋は絶品でしたね。あんなのはもう、しばらくは食えないんだろうなあ」
「おい、班礼。あまり気を抜くなよ。この帰還の行軍も調練のうちだぞ」
「いや、飯の話を始めたのは隊長じゃないですか。大丈夫ですよ。蘇州軍での調練も、うちに劣らないぐらい厳しかったんですから。長距離の移動とはいえ、むしろもっと急いでもいいぐらいです」
「揚州に戻ったらお前だけ締め上げてやる」
勘弁してくださいよ、と班礼は笑って離れていった。
通常の行軍よりは早いが、それでも十日はかかるだろう。まだ先は長いので、馬に無理をさせることはできない。
「宋飛殿」
しばらくして今度は王蓮が近づいてきた。
「この先十里のところに村があります。可能なら水と食料を補給して、今夜はその近くで野営にしたいのですが」
「分かった。それでいい。だが戦でないとはいえ、この数の軍は村人を驚かせかねない。俺が長と直接話しにいく」
宋飛にとっては、一応は管轄外の地域である。斥候は常に出していた。
周囲が暗くなってくると、村の明かりが見えてきた。
先頭にいた宋飛は手で合図を出し、隊に停止を命じた。
「おい、そこで隠れているやつら、俺たちに何か用か?」
薄闇に紛れて、武器を持った男たちがぞろぞろと出てきた。
ざっとみる限り五十名ほどである。
全員武器を持っているが、格好からすると盗賊ではなく、若い村人のようだ。
班礼と王蓮が宋飛の前に出てこようとするのを、宋飛は手で抑えた。
槍を持っている大柄な若者が前に出てきた。
「よお、お前たちこそ何もんだ?闇に紛れてここの村を襲いにきたのか?相手が悪かったな。ここはこの俺、唐平の縄張りだ」
「何か誤解をしているようだが、我々は賊徒ではない。通してもらえないだろうか?」
「軍の身なりをしてやがるが、蘇州軍じゃねえな。俺の目は誤魔化せねえぞ」
「確かに我々は蘇州軍ではない。揚州軍だ。事情があって、これから帰還するところなのだが」
唐平と名乗った若者は鼻で嗤った。賊徒が横行する中で無理もないが、どうやら信用する気はないようだった。
意外にも、わずか五十名で武装した騎馬隊に対しているにしては、微塵も怯えを感じない。
しかも、周りの者たちも同様だった。それだけ、唐平という若者は腕に自信があるということなのか。




