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移り気な彼女  作者: ふとん
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噂の少年

 レスローの一声で一気に湧き返ったのはメイド達だ。

 彼が出て行ったあと、わらわらと集まって私を取り囲んだかと思うと担ぎあげんばかりにバスルームへとさらって行った。

 その間、にこにこと見送ったニアケリスは実に鬼だ。


 結局、私は微笑みをたやさないメイドさん達によってすっかり女性に仕立て上げられ、馬車に乗せられる頃にはやはり私は半ば力尽きていた。……女性はすごい。



「――では、どちらへ参りましょうか。ミキさま」


 にこにこと私の向かいに腰かけた彼女はカレンと名乗った。彼女もドラゴンの仲間だという。そうは見えないほっそりとした体に淡い色のドレスをまとって可愛らしい。きっと私と歩けば彼女が令嬢に見えるだろう。私の方も淡い色のドレスだがボンネットを被らされている。髪の短い女はさすがに珍しいので、かつらを付けない代わりに帽子を被ることになったのだ。


「気分転換したいだけなんです。何かいい所をご存じありませんか」


 私はとにかく屋敷から出たかった。それだけだ。

 しかし自分の言葉をすぐに後悔した。





「ああ、これもお似合いになりますわ。黒髪に映えますもの」


――これでもう何着目の試着か。


 カレンの隣で頷いている店の主人だという婦人も「よくお似合いですわ」とお世辞をいうものだから、カレンを止められる人がいない。

 

 カレンが私を連れてきた店は、明らかに貴族しか利用しない、高級ブティックといった感の仕立て屋だった。表に飾られているマネキンには既製品も飾られているが、私たちはにっこりと微笑んだ女主人に案内されて個室へと招かれていた。

 そこで、カレンが私をマネキンにして既製服を着せては喜んでいるのだ。

 

「……あの、カレンさん」


「カレン、とお呼びくださいませ」


 微笑みが怖い。

 私は「わかりました」と大人しく頷いて、


「カレン、あなたの服を選ぶのなら、あなたが着てみないといけないのでは?」


 人に合わせてみて人が着るとどうなるのか合わせてみる人は結構居る。だからそのたぐいではないかと私は今の今まで我慢していたのだ。

 しかしカレンは女主人と顔を見合わせて笑ってしまった。


「まぁ、申し訳ございません。わたくしとしたことが、ミキさまのご要望を伺いもせず」


「……いえ、私の服を選ぶんでいるのではないですから」


「いいえ、ミキさまのものを選んでいるのですよ」


 なんだと。

 カレンの言葉に思わず今着せられているドレスを見つめてしまう。繊細なレースが胸元や袖口にふんだんにあしらわれたこれは、既製服とはいえいったいどれほどの手間とお金と手間がかかっていることか。


「な、なぜ私の…!」


「旦那様のご趣味のドレスだけではクローゼットが詰まらないですわ。ぜひミキさまにお似合いのドレスをと僭越ながら思ったのですが…」


 カレンは私の姿を眺めて満足そうに微笑む。


「ミキさまは細いのに胸も背もおありになりますしお顔もお可愛らしいですから、何でもお似合いになりますわ。これでは迷ってしまいます」


 そう頬に手を当てるカレンの方が愛らしい。


「仕立てる時はもっと時間をかけましょう。今日のところは今までご試着されたもの、一通りをいただいて参りましょう?」


 申し訳ありません、と謝られることの方がおかしいと思うのは私の思い違いだろうか。


 カレンは慌てる私を他所に女主人にドレスを綺麗な箱に詰めさせ、後で屋敷へと届けてくれるよう手配してしまった。

 出迎えてくれた時よりもにこにこの女主人だったが、カレンに屋敷の名前を訊いた途端に少し目を丸くする。


「……あら、ではお客さまはレスローさまのお屋敷の?」


「ええ。わたくしはメイド長です」


 なんと。カレンはメイドさんの親玉なのか。改めて見遣る彼女は淡い金の髪が綺麗にカールしていてそれを上品にまとめた妙齢の美女だ。……いったい幾つなのだろうか。女性の年齢を尋ねるのは大変に失礼だが。

 カレンと女主人の会話に私の方が驚いてしまったが、彼女たちは私の方を振り返ってくる。


「失礼ですが、こちらの方は…」


 自然に会話してれば、私の素性が気になるのは当然のことだ。

 どう応える? 恋人?


(それは絶対ない)


 ならば正直に雇われ秘書だというべきか。だが、それならば先にメイド長と名乗ったカレンの立場が何だか怪しい。その上私の秘書という立場がもっと妖しい。


 一瞬のうちに冷や汗を垂らさんばかりに迷った私は、


「い、妹です!」


 そう応えてしまった。



 女主人は「まぁそうでしたか。失礼いたしました」と笑った。彼女は、カレンと共にあって不審者である私の素性を探ったのだ。

 引きつった笑みを交わして、私はどうにか仕立て屋を脱した。


 待ち構えていた馬車に乗り込んでようやく一息ついた私に、カレンは少し不満そうな顔をしたが、


「まぁ、いいでしょう。あの仕立て屋は社交界とよく通じておりますから、これでレスローさまのお噂も少しは上向きます」


「噂?」


 自分の主に対してもいささか容赦のないカレンはにっこりと笑った。


「レスローさまが年端もいかない少年を屋敷で囲っているという、根も葉もない噂ですわ」



 十中八九、少年というのは男装姿の私のことだろうか。


……買い物って、こんなに疲れるものだっけ。                          



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