IF第5話: 闇に呑まれる者
はじめましての方も、お馴染みの方も、お越しいただきありがとうございます!作者のティラピア池です。今日も皆様に楽しんでいただけるよう、気合を入れてお届けします!
数か月が経った。
僕は、まだあの場所にいた。
時間というものが、もはや何の意味も持たなくなっていた。
来る日も来る日も、僕はただ、自分に起こるすべてを受け入れるしかなかった。
僕の身体は、何度もポーションによって回復させられた。
奇妙なことに――時間が経つほど、僕の身体は強くなっていった。
再生能力が向上していく。
耐久力も上昇していく。
そして――システムそのものまで変化し始めていた。
《身体能力に変化が確認されました》
《再生能力が上昇しました》
《各種耐性値が上昇しました》
僕は、無表情のままステータス画面を見つめていた。
昔の僕なら、おそらくすぐに分析していただろう。
原因を探し。
対処法を考え。
どうすればここから抜け出せるのかを考えただろう。
だけど、今は――
もう、考えることすら疲れてしまった。
少しずつ消えていったのは、身体の力ではない。
僕自身だった。
僕は、自分が何者だったのかを少しずつ忘れ始めていた。
科学者。
軍人。
かつて目的を持っていた人間。
かつて誇りを持っていた人間。
そして――
アラリック・シロガネという名前を持つ人間。
それらすべてが、まるで他人の記憶のように感じられた。
そして、ある日――
部屋の扉が開いた。
一人の男が、数人の人間を連れて入ってきた。
「旦那様。どうやらこいつは、我々の部下として十分に使えそうです。」
男は、僕を見つめた。
「そうなのか?」
「ええ。特に――この頭脳です。これほどの天才は、そうそう存在しません。」
「ならば、こいつをリーダーにしろ。」
「リーダー、ですか?」
「そうだ。四人を付けろ。」
「五人一組ということですね。」
「その通りだ。」
僕は、すべてを聞いていた。
拒絶したかった。
嫌だと言いたかった。
けれど――
僕の身体は、勝手に動いた。
「もちろんです、旦那様。」
僕は、固まった。
今の言葉は――僕が言ったんじゃない。
僕じゃない。
僕はまだ、この身体の中にいる。
すべてを聞いている。
すべてを考えている。
それなのに――
僕の身体は、もう僕のものではなかった。
男は満足そうに笑った。
「よし。それでは、最初の任務を聞け。」
「影響力の大きい貴族を、可能な限り多く捕らえろ。」
僕の身体は、迷うことなく答えた。
「了解しました、旦那様。可能な限り多く捕らえます。」
僕の心の中では――
「やめろ……。」
その声を、誰も聞いていない。
「頼む……やめてくれ……。」
返事はなかった。
すると、男が僕に十個の奇妙な果実を差し出した。
「これを全部食べろ。」
「それは、お前のレベルを上げるためのものだ。」
僕の手が伸びる。
一つ。
二つ。
三つ。
僕は、次々と果実を口にしていく。
そして――
十個すべてを食べ終えた。
その瞬間。
《LEVEL UP》
《LEVEL:10》
《マイナスレベル状態を解除しました》
生まれて初めて――
僕のレベルは、マイナスではなくなった。
だけど、嬉しくなかった。
誇らしくもなかった。
喜びも、何も感じなかった。
ただ――空っぽだった。
僕の後ろには、四人の人間が並んでいた。
「隊長、安心してください。」
「俺たち四人は、今回の任務で足手まといにはなりません。」
僕の身体が答える。
「分かった。」
叫びたかった。
「僕を隊長と呼ぶな!」
けれど、僕の口から出たのは――
「それなら、準備しろ。」
四人は一斉に頷いた。
「了解しました、隊長。」
そして、僕たちは歩き始めた。
僕には、自分の身体を止めることができなかった。
ただ、見ることしかできない。
聞くことしかできない。
そして――考えることしかできない。
「やめろ……。」
僕の足は、止まらない。
「僕は……嫌だ……。」
少しずつ。
少しずつ、闇が僕の思考を覆っていく。
自分が誰だったのかという記憶が、少しずつ消えていく。
アラリック・シロガネ。
その名前さえも、遠いものになっていった。
僕の誇り。
僕の存在。
僕の人格。
そのすべてが、ゆっくりと沈んでいく。
「僕は……まだ、ここにいる……。」
けれど、闇は答えない。
ただ、僕の心を飲み込んでいく。
そして――
僕は、抗うことをやめた。
諦めたからではない。
どうすれば、自分自身でいられるのか。
もう、それすら分からなくなっていたからだ。
僕の身体は、四人の部下と共に歩き続ける。
最初の任務へ。
この世界の誰も知らない場所へ。
自分の身体の中で――
一体、誰が歩いているのかさえ知らない世界へ。
そして、空っぽになった僕の心の奥には――
まだ、小さな声だけが残っていた。
「……やめて。」
けれど、その声も少しずつ遠ざかっていく。
少しずつ。
少しずつ。
そして最後には――
闇だけが残った。
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