【第7話】小人の誓い
もう一度隠し部屋に行こう。
そう提案したリックは、薄暗い通路を迷うことなく進んでいく。
途中崩れそうな足場が何か所もあり、本物のクリスティーナはこんな危険な道を日頃行き来していたのかと衝撃を受ける。ケイは、部屋にこもってばかりの静かな人だったと言っていたが、実際はかなり活動的な人だったのかもしれない。
「俺たちが初めて会ったときに、お前は画を見ただろ。あれから何が読み取れた?」
先住の小人に思いを馳せていたところに、先を進むリックが振り返ることなく尋ねてきて、ティナは薄暗がりで見た抽象画をぼんやりと思い出す。
「雲と、その上にいる小さい人…? みたいなの」
「そうだ」
ところが、続く彼の言葉はあまりにも予想外のものだった。
「クリスティーナ曰く、あれは『空にある小人の国を暗示する画』らしい」
「そ、空…?」
その突飛な発言に混乱するティナに、彼はさらに追い打ちをかけた。
「もしそれが真実なら、俺は『空から来た』。この足は、空から落ちてきたときに失ったんだろう」
リックは立ち止まって振り返り、失った片足を指さした。
「『失ったんだろう』…て、あなたはその時のことを覚えてないの?」
「あぁ、空にいた記憶なんてない。物心ついたときからこの屋敷にいて、生まれたときから片足だったと言われて納得していた。…だがここに手術痕があるとクリスティーナに言われてから、それを疑うようになった」
彼が指し示す部分には、言われなければ分からない微々たるものではあるが、たしかに縫われたような傷跡があった。
「で、でも、それだけじゃ、空から来た証明にならない。第一、すべての小人は、地上にある特別な花から生まれる……そうでしょう?」
そして、その花が生える一帯は機関が管理し、生まれてくるすべての小人を把握している。
それはケイから習った事実で、小人が何もない空から突然降ってくるだなんて、とうてい信じられるものではない。
「―――それが、人間のついた『嘘』だとしたら?」
ティナはその言葉に、ハッと顔を上げた。
『人間は嘘をついている』。そう書かれていた手記の内容が蘇る。
一体どこまでが事実で、どこまでが嘘なのか。
さっと血の気の引いたティナは、頭の中でこれまでのケイとの会話や勉強内容が頭を駆け巡っていくのを感じた。
「それに、お前は急に森に現れたんだよな? 今の話を聞いて、何か思い出すことはないか」
そう尋ねられると、ティナにはいくつか思い当たるところがあった。
「…そういえば、森で目を覚ましたとき、なぜか身体中が痛くて動かせなかった。―――それに、『夢』を見るの」
「夢?」
「誰かに名前を呼ばれた後、足元が消えて落ちていく夢。…やけに現実味があって、こわい夢」
詳細は思い出せないが、あれからもティナは何度か同じ夢を見てうなされていた。その夢はいつも、床が無くなり身体が宙に放り出されるところで終わる。
憶測にすぎない部分が大半だが、彼の話を聞いていると、あの夢はティナが実際に経験したことかもしれないと思えてくる。
ティナの発言に、リックは口を開いて驚きと好奇心の入りまじった表情を見せた。
「本当にあるかもしれないな…天空の国は」
「………でも私は、まだ信じられない。あの画が、デタラメなもの…かもしれないし」
興奮気味に呟いたリックとは対照的に、ティナは疑いが尽きなかった。
そうしているうちに、いつの間にか人間の図書室まで辿り着いていた。誰もいないことを確認して、2人は画のもとへ歩いていく。
「その疑いは、これを見れば解決する」
リックがランプを掲げて示したのは、画の端に薄らと書かれた、茶色く滲んでいる小さな文字だった。
<王宮書庫. 管理番号0014738. 705年. 国王の命により制作>
滲んでぼやけた筆記に目を凝らせば、たしかにその内容が読み取れた。
「王宮…?」
「ああ。600年以上前のものではあるが、他でもない王によって創られたんだ、この抽象画は。なぜ今ここにあるのかは定かじゃないが―――っていうかお前、字読めるんだな」
「…バカにしないで」
細い目つきでリックを睨む。ティナはいまだに、先ほど馬鹿と言われたことを根に持っていた。
「お前、話し方がたどたどしいだろ? もしかしたらと思ってさ」
「それなら、クリスティーナさんの手記も、読めてないし、あなたにも会えてない」
「そういやそうだ。変なことを聞いたな」
リックは自分を舐めすぎだと、ティナは唇を尖らせて不満をあらわにした。
悪かったって、と彼は不機嫌なティナを窘めつつ話を続ける。
「とにかく、この抽象画は決してデタラメな落書きではないってことが分かっただろ」
得意げなリックの横で、ティナはたしかに天空の小人の存在を信じ始めていた。
もしかしたら、本当に『空』がティナの故郷なのかもしれない。
「いま渡せる情報はこれだけだ」
そう言ってリックは薄暗がりから出て行ってしまう。
『いま渡せる』ということは他にも情報があるのかと、ティナは彼の背を追いかけて尋ねようとした。
しかし彼は向かいの棚の縁へと腰かけ、悩まし気な表情で俯いていた。
「…俺は19なんだよ。…この意味、わかるか?」
彼の声色が変わった。
そこでティナは意味を理解し、彼の置かれた状況に愕然とした。
「小人の、寿命…」
20年。それが小人に与えられた時間だ。
つまり彼は―――。
「そうだ、俺はいつ寿命がきてもおかしくない」
リックは今までに見せたことがない顔を見せた。
優しく爽やかな笑み。しかし、何かを諦めきれないような、内なる悲しみに耐えているような、そんな表情だった。
ティナが愕然とするなか、「そんな顔するな」と言って彼は笑みを零す。
「―――だから嫌だったんだ。誰かに情報を託す気なんてなかった。どうせ俺は先に死んで、そいつを…この世のすべてを疑い続ける孤独に貶めることになるから」
きっと彼は、クリスティーナがいなくなってから途方もない苦しみを抱え、そしてそれを一人で隠していたのだろう。
悲しい笑顔の裏にある苦悩に、ズキズキと胸が痛くなる。
「だが、お前に託したくなってしまった。…お前の出生の謎も、無鉄砲さも、今は賭けに値すると信じたい」
ティナのもとへ歩み寄ったリックは、すっと片手を差し出した。
「お前が諦めないというなら、俺は命尽きるまでお前と共に足掻くと誓おう」
その手を、ティナは両手で強く強く握りしめた。
心強い、真実を探るための小人の仲間。
ティナは、彼から受け取った期待と思いを、胸の内でしっかりと嚙みしめた。




