【第6話】ロウソクの試練
その夜。ティナは作戦を決行することにした。
日中の勉強で使っている紙の束に筆、そして教科書を手に、小人邸の外に出る。
ケイは今、隣の部屋にいるはずだ。
扉をちらりと一瞥したティナは、手に持っていた紙の一枚を扉の下の隙間めがけて投げ落とした。
するりと隙間を抜けていった紙を見届けて数秒後。狙い通りケイがノックをしてこちらへやってきた。
「ティナ様。まだ起きていらしたのですか」
滑り込ませた小さな紙をつまんでいるケイに対して、ティナは教科書を広げて座り込みながら言う。
「うん。ここまで、復習しておきたくて」
「なぜお邸の中ではなく、こちらで?」
「邸の中だと、眠くなっちゃって…。椅子も、ふかふかしてるし…」
夕方に考えたもっともらしい理由を述べつつ、ティナは欠伸をして見せた。
「そんなに根を詰めなくても…今日はもうお休みになっては?」
「ううん。このページまでは、ぜったいやる」
教科書の奥の方のページを頑丈に指すティナを見て、ケイは目をパチパチとしばたたかせた後、フッと微笑んだ。
「…では、手ごろな椅子と机を持って参りましょう。その姿勢ではお身体を痛めてしまいます」
彼にお礼を告げて部屋を出ていくのを見届けたあと、ティナは「よし」と拳を握った。
これでケイはしばらくの間、自室を空ける。
想定通りに事が運んだ喜びもそこそこに、ティナは急いでリボン2つと針1本を邸から取り出した。
1つは先日ドレス選びの際にケイが持ってきた長いリボン。そちらは針に通し、もう1つは自分の身体にぐるぐると巻き付ける。
段差の手前にある柵まで移動し、柵の間に針に通したリボンの一端をくぐらせ、両端を輪っかのように結ぶ。リボンが解けないことを確認したのち、針を握りしめたティナは柵を越えて下へと飛び降りた。身体全体にかかるとてつもない風圧に耐えれば、ついに床に着く寸前でリボンはピンと張り、無事に下へ辿り着くことができた。
(次は…これ)
リボンの結び目を解いて頭上の柵から回収しつつ、ティナは目の前に鎮座する扉を見上げた。
ケイの部屋に行くためには、この閉ざされた巨大な扉を開けるほかない。
扉は内開きだ。ゆえに、ティナのはるか上に存在する取っ手を掴み、引っ張らなければならない。
再び針にリボンを通して結んだティナは、今度は針を槍のように構え、輪の形をした取っ手へ向けて思い切り投げ飛ばした。宙を飛んだ針は、見事に取っ手の穴を通って落ちてくる。そうして、リボンを取っ手に引っ掛けることに成功した。
ティナはリボンの端と端を合わせ、力いっぱい引き寄せる。息を切らしながらも奮闘していると、重たい扉が徐々に動き始めた。
数センチの隙間が開けば十分だった。
ティナは扉の合間に身体をねじ込み、密かに部屋を脱することができた。
(ロウソクは、どこ…?)
ケイの部屋は、正面に執務机、左に廊下へつながる扉、右と後ろに書類や本を置く棚がずらりと並んでいた。
しかし、すべてを調べる時間も余裕もティナは持ち合わせていない。
(たぶん、日光が当たらない、涼しい場所…のはず)
図書室で借りた本から得た知識を使いながら、ティナは小さな窓のある部屋の右側部分を後回しにし、机周りから捜索することにした。
机の下に並ぶ引き出しを、先ほどと同じ要領で取っ手にリボンをかけて引っ張り、下から順に開けていく。
最初の引き出しは、書類の束が入っていた。残念ながらハズレだ。
次の引き出しは、予備と思わしき大量のインクと筆。
階段状になるよう順々に上へ向かって引き出しを開けていくと、3つ目のところでティナは運よくロウソクを発見した。
人間用の大きなロウソクと、小人用の小さなロウソク。仕切りを隔てて中いっぱいに敷き詰められている。その中から小さなロウソクを1本拝借し、事前に身体に巻き付けていたリボンで背中に固定した。
あとは帰るだけだ。
思ったより早くロウソクを発見できた嬉しさを胸に、ティナは引き出しを降りようとした。
しかしそこで、あるものに目がとまった。
上まで登ってきたことで見えるようになった机上の書物台。そこには筆立てや懐中時計、ペーパーナイフなどが並んでいる。
そんな中、端の方に小さな額縁に入れられたカードが丁寧に飾られていた。
「……だ、いすき…けい?」
カードには、幼子の描いたような字に、拙い絵。
ケイにこんな可愛らしいメッセージを届ける人物がいるのかと驚くが、それに思考を割いている暇はなかった。
(いけない。急がないと)
カードは気になるが、今はそれに構っている場合ではない。
ティナは引き出しを戻しながら床へ戻り、自分の部屋へと駆けこんだ。
開けたときとは反対に、ふんと力をこめて小さく開いた扉を押し戻す。
「つ、つかれた……」
完全に扉が閉まったのを確認すると、部屋に戻ってきた安心感で一気に力が抜けた。
しかし、まだ柵の内側に戻るために、この大きな段差を越える必要がある。
最後の難所に向けて、ティナがリボンを掴んだそのとき。
カチャ。
(…!! ケイ、戻ってきた…!?)
予想よりも早い彼の帰りに、ティナの鼓動が一気に早まった。
今ここでロウソクを持ち出した姿を見られては、非常にまずいことになる。
急いで段差を登ろうとリボンを柵に向けて投げるが、こんなときに限って上手く引っかからない。
コツコツと足音がこちらへ近づいてくる。
もう無理だと悟った直後、身体に巻き付けたリボンがロウソクと共にスルリと消え去った。
謎の感覚にティナが振り返ったのと同時に、部屋の扉が開く。
「…! ティナ様、まさか柵の上から落ちて…!?」
持ってきた椅子と机を投げ出してケイが駆け寄ってくる。
どうやら段差の下にいるティナを見て、上から落ちたと思ったらしい。
「そ、そうなの。リボン落として、拾おうとして……」
手に掴んでいたリボンを見せながら、ティナは彼の勘違いに乗じて誤魔化そうと試みた。
一方で、針は背中の後ろにそうっと隠し、隙を見て服の内側へと忍ばせる。
「どこか…どこか痛むところはありませんか…!?」
こんなに焦る彼を見るのは初めてだった。
おろおろとティナの身体を心配するケイを安心させるように頷く。
「大丈夫。どこも怪我してない」
「この屋敷には『こびと様』専門の医師がいます…! 念のため診てもらいましょう」
「ほんとうに、大丈夫なの。心配しないで」
ぜったいに医師に診てもらうべきだという彼を宥め、身体に変化が出たらすぐに知らせるという条件のもとに、何とか診療室へ行くことを諦めさせることができた。
「ご無事でよかった…」
心から安堵の息を吐く彼を見て、ティナは少し申し訳なさを感じた。
「心配かけて、ごめん。せっかく、椅子持ってきてくれたけど…疲れたからもう寝ようかな」
「そうですね。それがいいです」
あとからでも症状が出たら必ず報告するようにと念押しをして、ケイは部屋をあとにした。
ティナはきょろきょろと部屋を見回す。
あのとき、ロウソクとリボンはどこへ消えてしまったのだろうか。
不思議な現象が起きたことに困惑していたそのとき。なんと、壁に取り付けられた燭台の上にリックの姿があった。
そのうえ―――彼の手にはロウソクとリボンが握られていた。
驚いて彼の名前を呼ぼうとするが、彼が険しい顔で人差し指を前に立てているのを見て、ケイが隣の部屋にいることを思い出す。
こちらに登ってくるよう目で合図したリックに従い、ティナは音を立てないよう注意しながら針とリボンを駆使して彼のもとへと向かった。
ティナが上がってきたのを見て頷くと、彼は燭台の一部をパカリと開き、その中へと入っていく。
こんな道があったとは…と狭い通路の中を見回すティナの前を、リックは無言で進んでいく。
ある程度まで進んだとき、彼は振り返った。もう話しても大丈夫という意味のようだ。
「こんな抜け道、あったんだね」
「クリスティーナが俺と会うためによく使っていた隠し通路だ。そんなことより―――」
盗み出したロウソクを見つめて、突然リックはわなわなと震え出した。
「危うく見つかるところだったんだぞ!? 本当に挑戦する馬鹿がいるか…!?」
「……ばか…?」
ティナがこの無理難題に立ち向かったことは、彼にとって予想外のことだったらしい。
そんな呆れと動揺の混じる表情を見せて罵倒する彼に臆すことなく、ティナは言う。
「でも、ロウソク持ってきた。約束通り、全部教えて」
すべてが想定通りにいったわけではないが最終的に課題は遂行できたのだからと自分の権利を主張するティナから、リックはそっと目を逸らした。
「…ダメだ。今回のことでお前の無鉄砲さがよく分かった。そんなやつにやる情報はない。第一、俺が助けなかったら『こびと付き』にバレて失敗してただろ」
もっともな彼の言い分に、うっ…と身をすくめるが、それでもティナは諦めなかった。
「お願い…。どうしても、知りたいの…!」
目を潤ませて懇願するティナを前にしたリックは、たじろいで一歩下がると率直な疑問をこぼした。
「どうしてそんなに危険を冒してまで……。怖くないのか? 知ったとしても、その情報がお前を不幸にするかもしれないんだぞ」
ティナは少しだけ考える素振りを見せ、そしてすぐに答えた。
「どうせ死ぬなら、その前に、知らないことを全部知りたい。…それって、おかしなこと?」
リックは、ハッと息をのんで目の前にいる小人の少女を見つめた。
そして、参ったというように、壁に手を当てて俯く。
「…あぁ、そうだよな。…そう思っていたんだ、俺も、クリスティーナも。…お前と同じだった」
物々と聞き取れないくらいの声量で呟いたのち、リックは顔を上げた。
「分かった、話そう。だが、俺はクリスティーナが知り得た情報をすべて持ってるわけじゃない。それに、憶測を含む部分もある。…それでも聞きたいか」
真剣な面持ちをする彼に、ティナは力強く頷いた。




