【第5話】小人のドレス
昨夜リックから告げられた無理難題をどう遂行するか。一晩中考え続けてそれでも答えは出なかった。
縋るように手記を読んでも、リックについては一言も書かれていない。それどころか、図書室に関する記述を最後に、ページが途切れてしまっていた。続きが別の場所に隠されているのかもと考えてみたが、物置部屋はすでにケイによって整理されてしまっており、何も見つからない。
「今日は礼儀作法を中心にお勉強いたしましょう」
そんなこんなで寝不足なティナが、今日も絶品な朝食―――鶏肉と青菜のサラダで疲れた脳を癒していたところ、何やら物を運び込んでいるケイはそう告げてきた。
「うん、わかった」
リックの件があったとしても、今日も勉強の時間はやってくる。
悩み続けても仕方がない。一度他のことで鬱屈した気分を晴らすのも大切だ。
「ですがその前に、一度お邸の外へ出ていただけますか」
首を傾げながらも、食事を摂り終えたティナは小人邸から出ることにした。今はケイが食事を配膳するために壁面を開けていたので、玄関は通らず、直で花壇が並ぶ庭の方へと向かう。
「では、少し大きな音を出しますので、ご不安でしたら耳をふさいでください」
ケイはそう言って邸の中へと手を入れると、メインルームにあるベッドを片手で持ち上げて外へと置いた。そして、ベッドが置いてあった背面の壁に取り付けてある金具をガチャンと外し、その先にあるドレスルームをズッ…と邸本体から取り外した。
一室まるまるが露わとなったドレスルームが彼によって頭上で運ばれるのを目で追っていると、突然ティナはずしんとした大地の揺れを感じた。
瞬きをした後には、色鮮やかな沢山のドレスがティナの視界いっぱいに映っていた。
「お待たせいたしました。伯爵邸への出立日も近づいてきたことですし、ご衣装の整理を行おうと思いまして。本格的な礼儀を学ぶ前に、まずは見た目から、ということです」
ティナは目の前に置かれたドレスルームに近づいた。
以前入ったことはあったが、室内いっぱいに詰まったドレスに身体がのみ込まれて上手く動けず、それに加えて多くの衣装はティナには丈が合わなかったため、あまり利用することはなかった。これまでは、初日に見つけたサイズが合う2,3着のドレスを着まわしていたのだ。
「これまでご衣装についてご不便をおかけし、申し訳ありませんでした。これからは、ティナ様専用のご衣装をたくさんご用意いたします」
ケイがばっ、と布を引くと、ティナが朝食をとっている間に彼が運び込んできた物の正体が明らかになった。
「こちら、ティナ様に合わせた試作品でございます。どうぞこの中から、正式に仕立てるものをお選びください」
そこには、さまざまな意匠の可憐なドレスが、まるで花畑のようにひらひらと揺れていた。
その数は10着以上。
突如現れた華々しいドレスたちを前に、ティナは唖然とした。
「これで、しさく、ひん…?」
「はい。まだまだ改善の余地を残している品ですので、部分的に変えたい点もございましたら併せてお申し付けください」
胸元や腰のリボンの色などもお好みがあれば伺いたいと思いまして。と言って、ケイは小箱に敷き詰められたリボンの束を見せてくる。
しかしティナはそちらを見る余裕などなく、試作品とは思えないほどに立派で美しい衣装に魅了されていた。本当に人間の手で作られたのかと疑うほどに、細かい部分まで丁寧に仕上げられている。
「これ、誰が作ってるの?」
ティナは高ぶった気持ちそのままに尋ねた。
「すべて、私が作り上げました」
「ケイが…?」
「はい」
「…これぜんぶ?」
「その通りです。主のご衣装を用意するのも『こびと付き』の大事な役目。…外部に依頼する者もおりますが、ティナ様のものは私自ら作りたいと思いまして…そのため時間がかかってしまいました」
申し訳なさそうに謝るケイを、ティナは信じられないというように見つめた。
こんなに大きな彼の手から、こんなに繊細な衣装が生み出されただなんて。
それに、ケイが針仕事をしている様子が何だか想像することができなかった。
「…もしお気に召さないようでしたら、外部の者に注文することも可能ですので」
ケイが言い切る前に、ティナは勢いよく首を横に振る。
「ありがとう…全部、とてもすてき。本当に気に入った」
「そう言っていただけて光栄です。実はこの他にも仕立ててみたものが―――」
ウキウキとした表情でケイは楽しそうに荷物を探っていたが、すぐにその手を止めてこちらに向き直った。その間、彼は一瞬だけ真顔を見せていた。
「…勘違いでした。何でもありません」
「……? そう…?」
「ところで、特にお気に召したものなどはございますか」
「うーん、これとか…かな」
ティナは青みがかった紫色のドレスの裾を触る。
光沢があって滑らかな触り心地の生地に、うっとりと見惚れた。
「こちらは、『ブルームーン』という花をイメージして作ったドレスです。ご試着されますか?」
頷くティナにケイが部屋を出たのち、青紫に袖を通したティナは、改めてこのドレスが気に入った。
肌触りがよくて軽い素材でできているのに加え、まるで花びらのようなデザインには上品さや可憐さが感じられる。
こんなに素敵な衣装を見るのも着るのも、初めての経験だった。
「ティナ様はきっとこちらを気に入ると思っておりました」
部屋の外で待っていたケイを呼び戻すと、開口一番に彼はそう言った。
「どうして?」
「そちらの花壇でも青系統の花を好んで鑑賞されていますし、以前から図書室で借りてくる本の表紙も、このような色の系統が多かったので」
自分でも気づいていなかった点を指摘され、ティナは狼狽えた。
ケイはティナのことを、日ごろからよく観察しているようだ。
(私が喜ぶかどうかなんて、ケイの昇進には関係ないのに)
こんな風にティナを大切に思う素振りを見せる彼に、心を許してみたいという感情が芽生える。
しかし一方で、まだ完全に信頼してはダメだと主張する理性もあり、ティナの思考はぐるぐると葛藤に渦巻いていた。
「あ、そうでした。少しお待ちください」
ケイは一度部屋を出ると、小さな宝石箱を手にして戻ってきた。
彼はそこから何かを取りだすと、失礼します、と言ってそれをティナの首にかけた。
「こちら、伯爵夫妻からの贈り物です。伯爵家に訪問する日、ぜひこれを付けてお越しいただきたいとのことで…少し気が早いですが、これも試着ということで」
胸元を見ると、黄色い宝石が品よく揺れていた。
青紫のドレスとも相性がぴったりで、よく映えている。
「本当に、お似合いです」
鏡に映る自分の姿に目を輝かせていたティナの隙をついて、ケイはティナの手をとり、その甲に口付ける。
「…!? …ケイ!」
「っふふ。いかがですか。その小説には、このような場面がありましたか」
ケイの視線の先には、ティナが先日図書室から借りてきた本があった。
適当に借りてきた本の中に、男女の恋愛を描いたロマンス小説が紛れ込んでいたのだ。
顔を真っ赤にするティナに、ケイはまたいたずらっぽく笑いかけた。




