【第4話】小人の拒絶
「こっちだ」
翌日もケイにせがんで図書室を訪れると、昨日の彼が出迎えた。
彼に手招きされ、ティナは隠し扉の先へとついていく。
人間用の図書室の棚へ着くと、昨日とは違って下には降りず、端にある木目の穴の隙間をくぐった。隙間の先はまた別の本棚につながっており、そこに並べられた本の上へ軽々と登った彼に倣って、ティナも埃っぽい本の上へとよじ登る。頭上に垂れ下がる栞紐を伝い、先に登った彼に引っ張られながらさらに上へと登っていくと、最終的に着いた先はほとんど本がなく、表から丸見えの状態にティナは肝を冷やした。
一方で、彼は慌てることなく壁の端の模様を一押しする。すると、模様はくるりと回転し、中に小さな空間が現れた。
彼に呼ばれて入ったそこは、ティナと彼の2人でちょうど良い広さだった。
物が散乱としていてお世辞にも綺麗とはいえないが、仄かなロウソクの灯りと心地よい大きさの空間に、ティナはほっと息をつく。
「ここなら、誰にも聞かれることなく話ができる」
「こんなところ、どうやって、作ったの…?」
「クリスティーナと協力して…な。まあ、結局ほぼ俺が作ったんだが…。俺は自由な時間が多いから」
この歳になっても貴族の貰い手がいなくてな、と彼は片足のあったであろう場所を見つめて寂しげに笑った。
「俺はリックだ。…今日は名乗る気になったか?」
昨日針を突きつけて脅してきたときとは違って、柔らかく尋ねてくる彼へ名乗ることに、ティナはもう迷うことはなかった。
「私は、ティナ」
「……クリスティーナと少し響きが似てるな。よろしく、ティナ」
リックはそう言いながら、散乱した簡易机の上をガサゴソと探り、何かを取りだした。
「これ、返すよ」
差し出されたのは、クリスティーナの手記だった。
「…クリスティーナは、死んだんだな?」
それを受け取ろうとした直前、リックは重々しく尋ねてきた。
ティナは眉を寄せて口を一直線に結びながら、ゆっくりと頷く。
「そうか…。助かったという噂を聞いて少し希望を抱いてはいたが、一向に会いに来なかったから……覚悟はしていた」
深く溜息をついて頭の中を整理するように俯く彼に、ティナはどんな言葉をかけるべきか迷った。
昨日、彼は自分をクリスティーナの仲間だと言った。かなり親しい間柄だったのかもしれない。
「…待たせた。本題に入ろう」
顔を上げたリックは、話を切り出した。
「お前はその手記を読んで、ここまで来たんだろ。…これまでの経緯を説明してくれ」
ティナはすべてを話した。
目が覚めたら森に倒れていて、大きな獣に襲われそうになったこと。
そこをケイに助けられ、彼の昇進のためにクリスティーナに成り代わるよう言われたこと。
記憶を取り戻して故郷への帰還することを願うティナは、条件を呑んでケイと協力関係を結んだこと。
そして、部屋でクリスティーナの手記を発見して人間を疑うようになり、手がかりを探すために、図書室へ訪れたこと。
リックはときに頷いたり、ときにハッとした表情を見せたりしながら真剣に話を聞いていた。
「なるほど…な」
「……あなたが知っていることも、教えてほしい」
手記を書いたクリスティーナを知る小人。
ティナにとって、リックが知る情報は喉から手が出るほどに欲しいものだった。
ところが、彼は首を横に振る。
「…悪いが、それはできない。お前を今日ここに呼んだのは、真実を探ることを諦めてもらいたいからだ」
「なん、で…? 私、ぜんぶ思い出して、故郷に帰りたくて、それで…っ」
「気持ちはわかる」
「じゃあ、どうして…!」
「知らない方が、疑わない方が…幸せだからだ」
ティナはハッと息を止めた。
淡々とそう述べた彼が一瞬だけ苦痛の表情を見せたのを、見逃さなかった。
「…話を聞く限り、たしかにお前は特殊な小人だ。その歳になるまで小人保護機関と接触していないなんて有り得ない。…だが、よかったじゃないか。もうお前は機関に保護された。住む場所も、食べるものも、何でも与えられる。過去を捨てて、ここで幸せに暮らせばいい」
「そんなこと…!」
「できないか? だが本当に、お前が求める『故郷』なんてものは存在するのか? …ありもしない幻想を追い求めて危険を冒し不幸になるのと、現実を受け入れて幸福を享受すること。どちらが賢い選択だ?」
「…っ、……」
反論することができず、ティナは顔を伏せる。
「…でも、私は諦めたくない。お願い、教えて…! あなたのもつ情報を」
それでも、真実への鍵が目の前にあるというのに、諦めるわけにはいかなかった。
固い決意を目に宿すティナを見た彼は、説得は困難と見て深くため息をついた。
「はぁ…。なら、テストしてやる。これから俺の言うことをクリアしたら、お前が知りたいこと、すべて教えてやろう」
その言葉に、ティナは目を輝かせた。
どんなことでも成し遂げ、彼から情報を引き出して見せる。
そう意気込んだティナに告げられたのは、冷酷無慈悲な無理難題だった。
「お前の『こびと付き』…ケイの部屋に忍び込み、ロウソクを1本取って来てみろ」
ちょうど切れるところだったんだ、と言って机に置かれた燭台を一瞥するリックを前に、ティナは口元を手で覆って目をきょろきょろと動かした。
ケイは、手記を落とすような小さな物音でも敏感に反応する。
そんな彼の目をかいくぐって物を盗むなど、とうてい不可能なことに思えた。
「もし仮に、お前が俺の持つ情報を手にして真実を探ることになったとして、自分の『こびと付き』一人欺けないようでは、先が知れるってもんだ。…どうした、怖気づいたか?」
フッと嘲笑するような音を漏らした彼を、ティナはキッと鋭く見据えた。
きっと彼は、ティナを諦めさせるために、わざと不可能な課題を出したのだ。
―――だが、せっかく掴んだ手がかりへの道。それを易々と諦めるわけにはいかない。
ティナは再び目に燃えるような決意を宿した。
「わかった。やってみせる」




