【第11話】小人の茶会
翌日の昼間、ティナはケイと共に馬車の中にいた。
行き先は、茶会が開かれるアルティッシモ侯爵邸である。
今朝も食事を夫妻と共にしていたとき、「今日は侯爵邸のお茶会に参加しましょうね」と夫人に告げられた。
伯爵夫人は他家の貴婦人仲間と別の場所で交流してから茶会に赴くらしい。朝食後にすばやく華々しい衣装に身を包んだ彼女は、「後で合流しましょう」と言って颯爽と出て行ってしまった。
そのため、どのような茶会なのかを聞き出す時間もなく不安が残るが、これが初めての社交界の場だ。たくさんの小人たちと出会う機会になるはずなので、リックと共有するような役立つ情報を得られるかもしれないと、ティナは張り切っていた。
(それにしても…)
茶会に向かう馬車の中、ティナは大きく溜息を吐いた。
(もうすでにお腹いっぱいだし…伯爵夫人、とてもお喋りだから少し疲れた…)
朝食の内容は、朝から肉に卵に魚に野菜に果物と、それは豪勢なもので度肝を抜かれた。
昨夜と同様これまた一人で食べるには過ぎた量で、これからお茶会だというのに既に腹は十分に満たされ、茶菓子が入るのか不安である。
それに加えて、朝食の間の伯爵夫人の口は留まるところを知らず、ティナは質問の嵐を浴びることになった。
ケイが傍に控えているので困ったときは助け舟を出してはくれるものの、クリスティーナとしての適切な回答をするのに神経を使い、朝から胃と同様に精神もかなり削られることになった。
(いい人だとは思うけど…)
昨日から夫人がティナを大層気に入っていて愛おしく思っていることは十分に伝わってきた。
だが、発言の節々に貴族らしい我の強さも垣間見え、ティナを人形のように扱おうとしているように感じなくもない。
そんな先が思いやられる思いも含めて無意識にこぼれたのが、先ほどの溜息だった。
「お疲れですか」
ケイは、ティナが乗る移動用の箱を馬車の振動から守りつつ、ティナの顔色をうかがった。
「初めての環境で苦労されることも多いと思います。ですが、それは伯爵邸内だけではありません。……これから用心してください。本当に危険なのは、家の外ですから」
その発言の意図が読み取れず首を傾げたそのとき、ガシャンと馬車の窓ガラスが割れた。
慌てた馬の鳴き声と御者の悲鳴が響き渡ると、馬車は大きく揺れながら急停止する。
その衝撃に対して即座に反応したケイは、さっとティナを守る態勢をとり、外から見えないように馬車の下側へティナの身体を隠した。
外からは、荒々しい声が聞こえ始める。
ティナは震える声で彼を呼ぶ。
「ケイ…?」
輩の声と足音が近づいてきて動揺するティナに、ケイは柔らかい微笑みを見せた。
「大丈夫です。すぐに終わりますので、目を瞑って伏せていてください」
ティナがこくりと頷いたのを確認すると、ケイは懐から取り出した短剣を構え、そっと馬車の扉を開けた。
その瞬間、開け放たれた扉の死角から彼の眼前に刃が迫る。
「ケイ…!!」
ケイはさっと身をかがめて攻撃を避けると、死角に立つ襲撃者に間髪入れず斬撃を放つ。続けて外に転がり出ると、姿を現した襲撃者たちに臆することなく立ち向かっていく。
ティナは、ただケイを信じて待つことしかできなかった。
人が倒れる音、触れ合う金属音が響き渡ったのち、馬車の入口にゆらりと人影が現れる。
「終わりました。もう大丈夫です」
汚れた手袋を外してティナを座席へと戻しながら、ケイは微笑んだ。
その平然とした彼の様子とは対照的に、ティナは事の衝撃に震えが収まらない。
「…………今のは、なに?」
「『こびと様』を狙う連中です」
事が終わるまで離れたところへ避難していたらしい御者を呼び戻しながら、ケイは説明を続けた。
「本来『こびと様』は崇められる存在…ですが、貴族連中には『こびと様』を政治や家同士の駆け引きの道具とみなし、他家の利益となり得る『こびと様』を襲う者がいるのです。…大抵が、『こびと様』保護条件に弾かれて憤慨した者か、力のない下位貴族によるものですが」
ケイは割れた窓ガラスを応急処置として布で塞ぎつつ、「そうした者たちから『こびと様』をお守りするのも私たちの仕事ですから、戦闘の実践も積んでおります」と言って笑うが、ティナはぞくぞくと背筋に恐怖が走る感覚に陥った。
『こびと様』と敬われ、貴族に保護される。そんな立場だから、こんな危険な状況とは縁がないものだと勝手に思っていたが、この地では小人の安全は絶対ではないということだ。
無力な小人にとって、外は危険極まりない。
これから赴く茶会の場も、このように危険な場所なのではないかとティナはさらなる不安を抱く。
「今回の襲撃の指示役もすぐに暴きますのでご安心ください。それに、『こびと様』方が集まる場や貴族邸宅は万全の警備を敷いております。茶会の会場は安全です。万が一、今のような襲撃があったとしても、あなたを害する者は私がすべて駆逐します」
外にいるときばかりは彼を頼るほかにないと、自分の無力さを実感したティナは再び走り出した馬車のひび割れた窓から遠くを見つめていた。
「心配したわ! クリスティーナ!!」
茶会の会場である侯爵邸に着くなり、伯爵夫人が焦った表情で出迎えた。
「襲撃があったんですって!? 怪我はない?」
「はい、ケイが守ってくれたので」
「ああ、よかったわ…。これから皆様にあなたをお披露目するというのに、顔に傷の一つでもついてしまったら恥ですもの」
扇を手にして笑った夫人は、さあ行きましょうと会場内へ促した。
今日はガーデンパーティーらしい。
美しく花々が咲き誇る庭園の中に、ケーキ、クッキー、サンドウィッチ、スコーンといった多種多様な食べ物が香ばしく薫るお茶とともに用意され、貴婦人たちが話に花を咲かせながら飲食を楽しんでいる。
しかしティナは襲撃によるショックが抜けず、その朗らかな雰囲気を心から楽しむことができない。
ゆえに、凝り固まった表情をしていることを夫人に指摘されてしまった。
「ほら、皆あなたを見ているのよ。しっかりなさい」
箱の中から会場を見渡すと、確かにこちらにたくさんの人の視線が集まっていた。
「まあ、お可愛らしい『こびと様』。初めて見るお顔だわ」
「もしかして、伯爵夫人のもとにいらっしゃったという、新しい『こびと様』ではなくて?」
婦人たちの注目の的となり、前を歩く伯爵夫人はとても上機嫌そうに見えた。
「さあ、クリスティーナ。あなたのメイン会場はこっちよ。…たくさんお友達をつくってらっしゃい」
頼んだわよとケイの耳元で囁いた夫人は、そのままティナに興味津々の貴婦人たちが待つ方へと意気揚々と消えていった。
「…ご婦人方と『こびと様』方のメイン会場は異なるのです。こちらは、『こびと様』専用のお茶会でございます」
ケイが降ろした場所は、小柄な花でできたアーチを入口にした温室の会場だった。
ガラスで覆われたその空間は小人だけが入れる大きさで、先に到着して交流をしている小人の担当らしき『こびと付き』たちは、むやみに温室に近づかず主が視界に入る場所で待機しているようだ。
「一点、先ほどのお約束を違えることをお詫びいたします」
入口をまたぐ前、ケイは囁いた。
「私は今から、少し席を外します。その間、ちょうど知り合いの『こびと付き』がそこにいるので、彼にティナ様のご様子を見ておくよう申しておきますが、緊急時に私はすぐには駆けつけられないかもしれません」
その言葉に、ティナは不安を覚えた。
先ほど襲撃を受けたばかりで、外の世界に感じる恐怖感を拭えていないのだ。
そんなときにケイまでいなくなってしまうなんて耐えられないと、足がすくむ。
委縮するティナの様子を見て、ケイは言った。
「大丈夫、ここは安全です。ティナ様はこれまで、たくさんお勉強をしてきました…今日はその成果を出すことにだけ集中してください」
彼に真剣に見つめられると、だんだんと呼吸が落ち着いてきた。
外に出るだけで不安を感じていては、『故郷に帰る』だなんて願いは夢のまた夢になってしまう。
しっかりしなければとティナは気合を入れ直した。
すぐに戻りますので、と言ったケイを見送り、ティナは意を決してパーティー会場へと足を踏み入れた。
自分と同じ背丈の小人がたくさんいる。男性に女性、幼い子から、大人らしい人まで。
その状況に、先ほどまで感じていた不安が薄れて胸が躍った。
屋敷ではリックくらいしか顔を合わせる小人がいなかったので、こんなに多くの仲間がいることに率直に感激したのだ。
ティナはゆっくり、とある小人のもとへと歩みを進める。
ケイに今回参加する小人の顔と名前は教えてもらった。その中でも、ケイが特に覚えるように言っていた小人。―――今回の主催者であるアルティッシモ侯爵家に保護されている、フレデリーカの前へと歩み出た。
「こんにちは…ロートレック伯爵家のクリスティーナと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
ケイに習った通りに挨拶を告げると、フレデリーカは微笑んだ。
「ようこそおいでくださいました。フレデリーカでございます。クリスティーナ様、お会いできて光栄ですわ」
余裕を感じさせる柔和な笑みを浮かべる彼女は、赤いバラを思わせる真紅のドレスに身を包み、装飾品もすべてバラをモチーフにした上品なものを身につけている。
装いや態度から、フレデリーカが周囲からとても大切にされていることが伺えた。
「本日のティーパーティーのテーマは、バラですの。幸運なことに天気にも恵まれ、柔らかな陽光に照らされる満開のバラ…という素敵な会場をご用意することができましたわ。是非、お茶やお菓子と一緒に、この空間をお楽しみくださいね」
ティナはそのままフレデリーカの傍にいた何人かの小人と挨拶を交わして談笑する。
今のところ難なく会話についていくことができており、勉強の成果が出ているのを自分でも感じることができた。
そうして少し周囲を見る余裕ができたころ、誰かがティナの耳元で囁いた。
「あ、あのっ…! せ、背中に糸くずがついてしまっています。お取りしても…?」
「…! 本当ですか。お願いいたします」
服装の確認は伯爵邸を出る前にケイによって入念に行われたが、先ほどの襲撃の混乱の中で、いつの間にか付いてしまったのかもしれない。
彼女はそっとティナの背中に触れて、小さな糸くずを取り除いてくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
「い…いえ、そんな! それでは私はこれで…」
シンプルなブルーのドレスを着ている彼女は、ティナと歳が近そうな少女だった。
彼女はティナにお礼を言われるとアワアワと慌てて会場の隅へ戻っていってしまう。
すると、ティナの周りにいた小人たちがコソコソと話し始めた。
「たしかあれは子爵家の方だったかしら」
「相変わらず貧相なドレスね…可哀そうに」
彼女は他の小人とも話さず、端の方で居たたまれなそうに一人で立っている。
そのおどおどとした様子が、先ほどまでケイがいなくなって不安を抱えていた自分と重なり、ティナは居ても立っても居られなくなって彼女のもとへ向かった。
「あの、よろしければお名前を伺っても…? 初めまして。伯爵家から参りました、クリスティーナと申します」
「ひゃ、ひゃい! はじめましてっ…! ヘルマです! あ…子爵家から!…です」
いきなり声をかけられて驚いたのか、ヘルマと名乗った少女は声を上ずらせた。
「私、つい先日伯爵家に迎えられたので、このような場は初めてなんです。…よかったら、色々と教えていただけませんか」
「わ、わたしに、ですか? わたしなんかより、他の方…フレデリーカ様たちの方が、ずっと楽しく丁寧に教えてくださると思います…」
俯く彼女に、ティナは根気強く声をかけた。
「私がヘルマ様と仲良くなりたいんです。…嫌でしょうか」
すると、ヘルマは慌てて答える。
「嫌だなんてそんなこと…! わたしで良かったら、ぜひ」
ヘルマが初めて見せた笑顔は、まるで夏を迎えた向日葵が花開いたかのように朗らかだった。
「皆さんご歓談中のところと存じますが、全員揃いましたので、そろそろお茶にいたしましょう。どうぞお席へおかけください」
そのとき、フレデリーカが温室全域に聞き届くように声をかけた。
「ヘルマ様、座席の位置って…」
「えっと、保護先の貴族の爵位順です。クリスティーナ様は伯爵家ですので、あの辺りかと…」
「でしたらヘルマ様は子爵家だから、もしかしてお隣に?」
「え、よ、よろしいのですか。わたしなんかが隣で」
躊躇うヘルマを押し切って、ティナは彼女と隣同士の席を確保した。
少しでも親しくなった人が傍にいる方が安心するし、何よりヘルマともっと仲を深めたいという気持ちが強くなっていた。
「それでは、お茶の準備を」
全員の目線が後ろで一列に待機しているこびと付きへと向けられた。
どうやら侯爵家の侍従だけでなく、来訪したこびと付きたちも準備を手伝うようだ。
こんな素敵な空間を用意してくれるのだから、お茶とお菓子もそれに合った素晴らしいものが提供されるに違いないと、ティナは内心で期待していた。
ティーセットは、温室の窓から各々のこびと付きによって運び入れられるようだ。
「まあ、素敵!」
「お褒めにあずかり光栄です」
小人たちは次々と担当のこびと付きからティーセットを受け取っていく。
ティナの向かいに座る小人の前には、バラを模ったクリームが絞られたカップケーキが置かれた。香ばしい生地とクリームに使われている芳醇なバラの香りが鼻腔をくすぐった。
すると、左側の席から微かなチョコレートの香りが漂ってきた。
向かいのカップケーキを見る限り、チョコレートは載っていないように思えたので不思議に感じて振り向くと、そこではバラの花びらの形をした芸術作品のようなチョコレートが存在感を放っていた。
「…どうして皆、運ばれてくるお菓子が違うんですか?」
「あ、クリスティーナ様は初めてだからご存じないですよね。小人の口に入るものは、すべてそれぞれ担当のこびと付きが別々に用意するんです。小人は少量でも毒が致死量になるので、このように人が大勢集まる場所では特に警戒がされているんですよ」
ヘルマの話を聞いて、先ほどの襲撃の件でもそうだったが、小人が常に命を狙われているのが当たり前という空気感が感じ取れた。
そうしてヘルマも彼女のこびと付きらしき女性から銀製の皿を受け取っていた。バラが添えられた清涼感のあるゼリーだった。
そうしているうちに、徐々にティナ以外の小人全員にティーセットが行き渡っていく。
しかし依然として、ケイの姿は見えない。
自分にだけ一向に茶菓子が届かないため、ティナが居心地の悪さを感じ始めていると、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえ、少し胸を上下させたケイが姿を現した。
「…お待たせして申し訳ありませんでした」
彼は謝りながら、持ってきた皿をティナに手渡す。
本物のバラと見紛うほどに繊細で立体的なクッキー。そこに淡い紫色のクリームが添えられている。
何とも美しい一皿だった。
「本当に、遅れて申し訳ありません。襲撃の際に馬車にかかった衝撃で、用意してきたものが駄目になってしまい、急遽ではありますが侯爵邸の厨房をお借りして作ってまいりました」
「……ケイが作ってくれたの?」
ティナは目を見開いた。
即興でこの美しい品を作り上げたということにも驚いたが、この繊細な仕事には見覚えがあったのだ。
「もしかして、屋敷で出されていた食べ物って全部―――」
「はい。私が作っておりました」
ケイは配膳するだけで、他に小人用の料理の専門家がいるものだと勝手に考えていた。
ティナのために用意されたあの絶品な食事の数々が、彼によって生み出されたものだったとは。
明らかになった事実に驚愕していると、ケイに戻るよう促された。
他の小人たちを待たせているのを、すっかり失念していた。
「クリスティーナ様のお菓子、とっても綺麗ですね…!」
すべての小人の茶菓子が揃い飲食を交えた歓談が始まると、ヘルマや周囲の小人はティナの皿を褒めたたえた。
ティナはゆっくりとクッキーに手を伸ばす。
サクッと軽い触感で甘さ控えめの生地は、ティナ好みのもの。
滑らかで舌触りのいいクリームも、ティナが好きな色。
細部にまで仕込まれたケイの気遣いに気づくと、温室の温かな気候も相まって、ティナは心身がぽかぽかと温まっていく。
そんな和やかな雰囲気の温室から少し離れたところで、ティナの姿を捉えて唇を噛みしめた男がいたことには、誰も気づくことはなかった。




