第5話 「御堂の客人」
源蔵じいさんは、
ハルのために何かをしてやるときは、
必ず御堂に手を合わせ、山神さまの許しを得てからにしていた。
そうして育ったハルは、
聡明で礼儀正しい少年になった。
毎朝早く起き、
山神さまの朝食を整え、
衣の支度をし、身の回りの世話をする。
それが、ハルの日常だった。
——
その日も御堂の横の小さな畑で
実った野菜を収穫していると、
ふと、かすかな物音がした。
ハルは顔を上げる。
風ではない。
獣でもない。
人の気配だった。
音のした方へ足を向けると、
山道の脇に、ひとりの女が倒れていた。
足を痛めているらしく、
顔色もよくない。
ハルは迷わず駆け寄る。
「大丈夫ですか」
女はうっすらと目を開け、
安心したように息をついた。
「……すみません、少し……休ませてもらえますか」
ハルは頷き、肩を貸して立たせる。
「御堂があります。そこへ」
女は小さく礼を言った。
御堂へ戻ると、
ハルは手際よく手当てを始める。
足袋をほどくと、
赤く腫れた足首があらわになる。
「無理をされたんですね」
そう言いながら、
冷たい水で傷を洗う。
女は少しだけ視線を泳がせた。
「……探している子がいるんです」
ハルは手を止めない。
「このあたりに、
十五か、十六……そのくらいの子を見かけませんでしたか」
静かな問いだった。
ハルは首を横に振る。
「この山に来る子は、あまりいません」
女は、そうですか、と小さく息を吐く。
どこか、力が抜けたようでもあった。
「ずっと、探していて……」
その先は言葉にならなかった。
ハルはそれ以上、聞かなかった。
ただ黙って、手当てを続ける。
御堂の外で、
風がひとつ、揺れる。
山神さまは、
何も言わなかった。
視線を向けると、
ただ――
部屋の奥で腕を組み、
じっと女を見ていた。
もちろん、女には見えていない。
ハルは何事もない顔で、
囲炉裏に火をくべ、茶を用意する。
よほど疲れていたのだろう。
女は茶を待つ間に、
眠りに落ちてしまった。
山神さまが、低い声でつぶやく。
「……人を入れるな」
ハルは手を止めず、静かに返す。
「怪我人を追い返せと?」
山神さまは、
ふん、と顔をそむけた。
お読みいただきありがとうございます。
次回は4月8日に、第6話「名もなき手当て」を更新予定です。




