第十八話 無人列車
旧時代の物流中継ステーション。
その構内には、荒涼とした風景とは不釣り合いなほど巨大な、黒鉄の塊が鎮座していた。
全長数百メートル、高さ十メートル。
無数のコンテナ車両を従えたその先頭には、弾丸のように滑らかな流線型をした「先頭車両」がある。
かつて、科学技術帝国の動脈として大陸全土を駆け巡った、「超高速自動輸送列車」である。
「うわぁ……! おっきいです! まるで鉄の芋虫さんですね!」
リディア・クレセントは、列車の足元(巨大な車輪)を見上げ、ポカンと口を開けていた。
千年もの間、風雨に晒されていたはずなのに、そのボディには錆ひとつなく、鈍い黒光りを放っている。
(……オリハルコン・コーティングか。贅沢なもんだ)
リュックサックから顔を出したアビス(犬)は、感心と呆れが入り混じった溜息をついた。
古代の科学者たちは、耐久性という一点において、異常な執着を持っていたらしい。
「でもアビスさん、これ、どうやって乗るんですか? 扉が見当たりませんよ?」
リディアが車体をペタペタと触る。
「ワン(……貨物車両にはない。だが、先頭の『管制車両』なら話は別だ)」
アビスは、先頭車両の側面にある、人間用のアクセスハッチを見つけ出した。
ここは、非常時にエンジニアが乗り込んで手動操作を行うためのオペレーションルームだ。
アビスはハッチの横にあるセキュリティパネルに近づき、尻尾を接触させた。
「強制接続」。
魔力を電気信号に変換し、千年前の電子ロックを解除する。
プシュウゥゥ……。
圧縮空気が抜ける音と共に、重厚なハッチがスライドして開いた。
中から、埃っぽい空気と共に、計器類の光が漏れ出してくる。
「わあ! 開きました! さすがはアビスさんですね!」
リディアが手を叩く。
「ワン(いいから乗れ。発車するぞ)」
二人は、開いたハッチから車内へと滑り込んだ。
◇
車内は、意外なほど広々としていた。
壁一面を埋め尽くす計器類とモニター。
中央には、座り心地の良さそうな革張りのオペレーター席が二つ並んでいる。
そして何より、前方と側面には分厚い防弾ガラスの「窓」があり、外の景色が見えるようになっていた。
貨物室とは違い、人間が快適に過ごせるよう空調(微かに生きている)も効いている。
「探検気分ですね! あ、ここなら座れそうです!」
リディアは、オペレーター席に腰掛け、アビスを膝に乗せた。
その直後。
ブォォォォォォン……!
腹の底に響くような重低音が鳴り響いた。
動力炉が点火したのだ。
コンソールのアラームが鳴り、モニターに『自動運転モード・再開』の文字が表示される。
ガタンッ!
列車が、ゆっくりと動き出した。
車輪がレールを掴み、巨大な質量が前進を始める。
最初はゆっくりと。
だが、すぐにその速度は上がっていった。
ゴオォォォォォ……!
窓の外の景色が、後方へと流れていく。
最初ははっきりと見えていた瓦礫の山が、やがて線になり、ただの色の帯へと変わっていく。
「すごーい! 速いです! 飛んでるみたいです!」
リディアが窓に張り付いて歓声を上げる。
この速度感は、馬車や徒歩では絶対に味わえない体験だ。
(……悪くない。これなら、都市まで半日もかからんだろう)
アビスは、リディアの膝の上で丸まり、満足げに目を閉じた。
窓から差し込む日光と、心地よい振動。
徒歩なら数日かかる距離を、空調の効いた部屋で寝ている間に移動できる。
これこそが文明の利器だ。
科学万歳。
アビスは、久しぶりの安眠を貪ろうと、意識を沈めていった。
―――だが。 そんな平穏が許されるほど、この世界は甘くなかった。
ガリッ……ガリガリッ……。
不快な音が、アビスの耳を打った。
列車の走行音ではない。
もっと近く、足元の床下――配線ダクトの中から聞こえる音だ。
何か硬いものを、強力な顎で噛み砕くような音。
(……ん?)
アビスが片目を開けた。
ネズミか? いや、この列車はオリハルコン合金だ。
ネズミの歯が立つわけがない。
あるとすれば、それは――。
バチッ!
突然、コンソールのモニターが明滅した。
同時に、足元の通気口のカバーが内側から突き破られ、黒い影が飛び出してきた。
『ギシャアアアアッ!』
リディアの足元に着地したのは、全長一メートルほどの、金属光沢を帯びた甲殻類のような生物だった。
六本の脚と、背中には放電する水晶のような突起物。
そして、太いケーブルをも容易く切断する、ペンチのような巨大な顎。
「喰電蟲」。
荒野に生息し、電気を主食とする害獣だ。
普段は地中の送電線を漁っているが、どうやらこの列車の強大な動力源に引き寄せられ、床下の配線スペースに巣食っていたらしい。
(……最悪だ。よりによって、電気食いか!)
アビスは顔をしかめた。
こいつらは機械にとって天敵だ。
配線を食い荒らし、ショートさせ、システムをダウンさせる。
「虫さんですか!? ピカピカしてて強そうです!」
リディアが聖剣に手をかける。
だが、敵は一匹ではなかった。
ガリガリ、ガリガリ!
通気口から、次々とエレキ・バグが這い出してくる。
十匹、二十匹……あっという間に、管制室の床は黒い甲殻の群れで埋め尽くされた。
彼らは、リディアたちには目もくれず、壁のパネルを食い破り、中の配線に喰らいつこうとしている。
バチバチッ!
火花が散り、室内の照明が赤色の非常灯に切り替わった。
ガクンッ。
列車の速度が落ちる。
(……チッ! 動力制御系をやられたか!)
アビスは焦った。
このままでは、都市に着く前に列車が停止し、巨大な鉄の棺桶と化す。
「こらっ! 勝手にお家を壊しちゃダメですよ!」
リディアが、近くの一匹を掴んで引き剥がそうとする。
『ギシャッ!』
バグが怒って放電した。
バヂヂッ!
「痛っ! ビリビリしました!」
リディアは手を引っ込めた。
勇者の頑丈さゆえに怪我はないが、素手で触るのは危険だ。
かといって、聖剣で叩き斬れば、体内の電気袋が破裂して爆発を起こす。
この密室で爆発を起こせば、計器類が全滅しかねない。
(……リディア! 剣で斬るな! 計器が壊れる!)
アビスは、椅子の上に避難しながら指示を飛ばした。
「ええっ? じゃあどうすればいいんですか! このままじゃ電車が止まっちゃいますよ!」
(……任せろ。科学には科学で対抗する!)
アビスは、オペレーター席のメインコンソールへと飛び乗った。
キーボード(古代文字)が並ぶ操作盤。
アビスは、自身の知識とハッキング能力をフル稼働させた。
この列車は、無人で荒野を走るために設計されている。
ならば当然、このような「害獣」への対抗策も搭載されているはずだ。
アビスは、尻尾をインターフェースに突き刺し、深層システムへと潜る。
検索。
検索。
……あった。
『環境維持システム』のサブメニュー内、『対・有機生命体排除モード』。
通称、「害虫駆除システム」。
車内に、特定の周波数の「高周波」を放射し、小型生物の神経系を麻痺させる機能だ。
(……人間や犬には不快な耳鳴り程度だが、虫ケラどもには劇薬だぜ!)
アビスは、コンソールのエンターキーを、肉球で力強く叩いた
(ッターン!)。
キィィィィィィィン……!
直後、車内のスピーカーから、人間にはギリギリ聞こえるかどうかの、鋭い高音が鳴り響いた。
超音波の嵐。
その効果は劇的だった。
『ギ……!?』
『ギシャ……ガ……』
それまで配線を食い荒らしていたエレキ・バグたちの動きが、ピタリと止まった。
彼らは痙攣し、脚を折りたたんで、ポロポロと床に転がった。
麻痺して動けなくなっているのだ。
数十匹のバグが、一瞬にしてただの黒い石ころのようになった。
「わっ! 虫さんたちが急に大人しくなりました!」
リディアが目を丸くする。
「アビスさん、何をしたんですか? 魔法ですか?」
「ワン(……ただの高周波だ。麻痺してるだけだ、すぐに起きるぞ)」
アビスは、コンソールの画面を睨みながら吠えた。
このシステムはエネルギー消費が激しい。
長時間使い続ければ、列車の動力が尽きてしまう。
今のうちに、物理的に排除しなければならない。
「ワン!(リディア! ハッチを開けるぞ! こいつらを外に捨てろ!)」
アビスは、側面の昇降用ハッチのロックを解除した。
プシュウッ!
風切り音と共に、ハッチが開く。
外は時速数百キロの暴風が吹き荒れている。
「分かりました! お掃除ですね! 任せてください!」
リディアは意図を理解し、腕まくりをした。
彼女は、床に転がる麻痺したバグを、次々と拾い上げた。
「はい、さようならー!」
ヒュンッ!
リディアがバグをハッチの外へ放り投げる。
バグは一瞬で後方へと吹っ飛び、荒野の彼方へと消えていった。
「そーれ! そーれ!」
リディアの剛腕が唸る。
わんこそばのようなハイペースで、次々と害獣たちが地平の彼方へ射出されていく。
その光景は、さながら最新鋭の投球マシンのようだった。
(……いい肩してやがる)
アビスは感心しながら、コンソールで残りのバグの位置をモニターしていた。
床下にもまだ数匹いる。
「ワン!(床下だ! パネルを剥がせ!)」
「はいっ!」
リディアは床のメンテナンスパネルを素手で引き剥がし、中に潜んでいたバグを引っ張り出した。
「見つけました! 元気でねー!」
ポイッ。
最後の一匹が、星になった。
駆除完了。
アビスは、高周波システムを停止し、ハッチを閉鎖した。
車内に静寂が戻る。
非常灯が消え、通常の照明が点灯する。
列車の速度も、安定した高速巡航に戻った。
「ふぅ……。綺麗になりました!」
リディアは、パンパンと手を払った。
髪の毛が少し乱れているが、満足げな笑顔だ。
「アビスさんのおかげで、電車も止まらずに済みましたね! さすがです!」
リディアが、コンソールの上にいるアビスを抱き上げる。
「ワン(……フン。これくらい当然だ)」
アビスはそっぽを向いたが、内心ではホッとしていた。
科学の力と、勇者の力(物理)。
この二つが噛み合えば、どんなトラブルも解決できる。
アビスは、自分の「司令塔」としての役割に、確かな手応えを感じていた。
列車は、荒野を疾走する。
騒動が落ち着き、再び静寂が戻った車内で、リディアは窓の外を流れる荒野の景色を眺めていた。
「……ねえ、アビスさん」
リディアが、ふと真面目な声色で話しかけてきた。
「私たち、次の街で何を探すんでしょうか?」
彼女は、背負っていた「黒い聖剣」の柄を、そっと指先で撫でた。
「魔導の塔では、悲しい歴史を知りました。……この剣が、誰かを縛るための『檻』だったことも」
リディアの言葉に、アビスはピクリと耳を動かした。
この能天気な勇者も、彼女なりに考えているのだ。
自分が背負っているものの重さを。
そして、旅の目的を。
「私は、もっと知りたいんです。昔の人たちが、何を考えてこの剣を作ったのか。そして……どうすれば、本当の意味でアビスさんを自由にできるのか」
リディアは、アビス(犬)の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「次の街に、そのヒントはあるんでしょうか?」
(……フン。ヒントどころか、『答え』そのものがあるはずだ)
アビスは、心の中で静かに答えた。
魔導の塔で得た情報は、絶望的なものだった。
『黒い聖剣を破壊すれば、呪いは解けかもしれない。ただし、魂が消滅するか、永遠に犬に固定されるリスクがある』
確率は不明。
運任せのロシアンルーレットだ。
だが、アビスは「運」になど頼らない。
魔導」が確率という曖昧なものに支配されるなら、それをねじ伏せるのはいつだって、冷徹なまでの「論理」だ。
(……いいか、リディア。かつて科学帝国は、魔法という不確定要素を排除するために、あらゆる事象を計算し、数値化した)
アビスの視線が、進行方向の彼方を見据える。
(あそこにあるのは、この大陸で最も賢く、そして融通の利かない巨大な頭脳――都市管理AIだ)
アビスの狙いは一つ。
そのAIの圧倒的な演算能力を使わせることだ。
俺様の魂の構造、聖剣の封印術式、そして環境データ。
すべてを入力し、シミュレーションさせる。
そうすれば、必ず見つかるはずだ。
「消滅」も「固定化」も回避し、一〇〇パーセントの確率で魔人に戻るための、針の穴を通すような「解」が。
(……賭けはしない。俺様は、勝利が確定してからサイコロを振る主義なんでな)
アビスは、不敵な笑みを浮かべ(犬顔で)、短く「ワン!」と吠えた。
それは、リディアへの肯定であり、待ち受ける科学文明への宣戦布告でもあった。
「ふふっ。自信満々ですね! なら、大丈夫そうです!」
リディアの表情が晴れる。 彼女は再び前を向き、期待に胸を膨らませた。
窓の外には、地平線の彼方に、巨大な都市のシルエットが近づいてきていた。
「中央管理都市」。
無機質なビルが林立し、人工的な光が瞬く、科学の最果て。
そこには、かつてこの世界を支配しようとしたAIの亡霊と、アビスが求める「真実」が待っているはずだ。
(……待っていろ。全ての答えを暴いてやる)
アビスは、近づく都市の影を見据え、静かに決意を新たにした。
無人列車は、希望と野望を乗せて、終着駅へと向かっていく。




