表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

第十七話 荒野の迷子

 歯車の村を後にしたリディアとアビスの一行は、さらに西へと進んでいた。

 目指すは、地平線の彼方に霞んで見える、巨大な影――かつての科学技術帝国の首都、「中央管理都市(セントラル・シティ)」だ。

 だが、そこへ至るまでの道のりは、想像以上に過酷で、そして絶望的に遠かった。

 通称「鉄の荒野(アイアン・フィールド)」。

 その名の通り、地面は見渡す限りの赤茶けた土と、風化した金属片で覆われている。

 植物は一本も生えておらず、あるのは錆びついた鉄塔の残骸や、半ば砂に埋もれたパイプラインだけ。

 空は金属の塵を含んだ雲に覆われ、太陽は鈍い光を放つのみ。

 そして何より、風が止むことがない。

 砂混じりの乾燥した風が、常に肌を打ち付け、体力を削り取っていく。

「……暑い。そして、埃っぽい」

 アビス(犬)は、リディアの背負うリュックサックから顔だけを出し、不快げに鼻を鳴らした。

 犬の身体にとって、環境の劣悪さはストレスに直結する。

 特にこの一帯は、科学文明特有の「魔力(マナ)の薄さ」に加え、微弱な電磁波が常に空間を飛び交っている。

 まるで、壊れかけたラジオのノイズを延々と聞かされているような気分だ。

(……最悪だ。なぜ、この世界の覇者たる俺様が、こんな薄汚い砂漠をドッグフードのような気分で運ばれねばならんのだ)

「アビスさーん! 見てください、変な形のサボテンがありますよ!」

 そんなアビスの憂鬱をよそに、勇者リディア・クレセントは元気そのものだった。

 彼女は額の汗を拭うこともせず、道端に突き出した奇妙なオブジェを指差してはしゃいでいる。

「……ワン(あれはサボテンじゃない。錆びて曲がった排気管だ)」

「えっ? 鉄のサボテンですか? すごい生命力ですね!」

「ワン(だから生き物じゃないと言ってるだろ)」

 会話が成立していない。

 いつものことだが。

 リディアの体力とポジティブさは、この過酷な環境において最大の武器であり、同時にアビスにとっては最大のイライラの種でもあった。


 その時だった。


 ヒュン……ヒュン……ガガッ……ヒュン……。


 風の音に混じって、奇妙な駆動音が聞こえてきた。

 アビスの耳がピクリと反応する。

 生き物の足音ではない。

 回転翼が空気を切る音と、劣化したモーターが軋む音だ。

「……ん? 何か聞こえますね」

 リディアも足を止める。

 二人の視線の先、瓦礫の山の陰から、その「物体」は姿を現した。


 それは、一メートル四方ほどの大きさの、浮遊する箱だった。

 四隅には回転するローターがついているが、そのうちの一つは折れ曲がり、回転が不安定になっている。

 胴体部分は塗装が剥げ落ち、本来の色が何だったのかも分からないほど錆びついている。

 正面には、カメラアイと思われる単眼のレンズが一つ。

 それは、空中でふらふらと頼りなく揺れながら、リディアたちの方へと近づいてきた。

「わあ! UFOですか!?」

 リディアが目を輝かせる。

(……違う。あれは……旧式の「自律配送ドローン」か?)

 アビスは目を細めた。

 かつて科学帝国が全盛期だった頃、広大な領土内の物資輸送を担っていた無人機だ。

 だが、文明が滅んで千年。

 こんなものがまだ動いていること自体が異常だ。

 おそらく、太陽光パネルか何かで細々と充電しながら、目的もなく彷徨い続けているのだろう。

「攻撃してくるでしょうか?」

 リディアが聖剣の柄に手をかける。

「ワン(待て。武装はない。ただの運び屋だ)」

 アビスが止めるのと同時に、ドローンは二人の数メートル手前で、プスン、と音を立てて着地してしまった。

 どうやら、飛ぶ力も残っていないらしい。

 ウィィン……カシャ……。

 ドローンのレンズが動き、リディアを見上げる。

 そして、壊れたスピーカーから、ノイズ混じりの音声が流れた。

「……配……送……。……お届……け……」

 途切れ途切れの言葉。

 だが、その機械的な響きの中に、リディアはどこか迷子の子犬のような心細さを感じたのは、気のせいだろうか。

「……あらら。お腹が空いてるみたいですね」

 リディアが、しゃがみ込んでドローンを覗き込む。

「何か食べるかな? 干し肉ならありますけど」

「ワン(機械が肉を食うか。……まあ、エネルギー切れだろうな)」

 アビスは呆れつつも、少しだけ興味を抱いた。

 千年もの間、メンテナンスもなしに稼働し続ける耐久性。

 腐っても科学帝国の技術力の結晶だ。

(……少し、調べてみるか)

 アビスはリュックから這い出し、ドローンに近づいた。

 前足でボディに触れ、微弱な魔力(電気信号)を流し込む。

 診断結果は、ボロボロだった。

 バッテリー残量、三パーセント。

 ジャイロセンサー、故障。

 GPSモジュール、応答なし。

 配送ルートデータ、破損。

 まさに満身創痍。

 いつ機能停止してもおかしくない状態だ。

 だが、AIのコア部分だけは、奇跡的に生きていた。

 そこには、ただ一つの命令だけが、頑固なまでに焼き付いていた。

 『荷物を、中継ステーションへ』。

(……フン。愚直なもんだ)

 アビスは、自身の魔力を少しだけ電気に変換し、ドローンの充電ポートに流してやった。

 バチバチッ。

 ドローンのレンズが、パッと明るく点灯する。

 ウィィィィン!

 ローターが勢いよく回り出し、ドローンが再び宙に浮いた。

「……充電……確認。……感謝……します……」

 ドローンは、アビスの周りを嬉しそうにくるくると回った。

「わあ! アビスさんになつきましたよ! すごいです!」

 リディアが手を叩いて喜ぶ。

「名前をつけましょう! うーん、そうですね……鉄でできてて、四角いから……『ポチ』はどうでしょう?」

「ワンッ!?(ふざけるな! ポチは犬の名前だろ! 紛らわしい!)」

 アビスが抗議するが、リディアは聞いていない。

「ポチ! お手!」

 ドローン(ポチ)は、リディアの声に反応し、ウィィンとアームを伸ばしてリディアの手に乗せた。

「すごーい! お利口さんですねぇ!」

 リディアはポチの錆びた(ボディ)を撫で回す。

 ポチも、なんだか嬉しそうにレンズを明滅させている。

(……機械に心を投影するな。ただの音声認識プログラムだ)

 アビスは冷ややかに見ていたが、ふと、あるアイデアが閃いた。

(……待てよ。こいつは「配送ドローン」だ。つまり……)


 数分後。

 一行の移動スタイルは劇的に改善されていた。

 宙に浮くポチの背中(荷台)には、リディアの重いリュックサックが積まれていた。

 そして、そのリュックの上には、アビスが王様のように鎮座している。

「ワン(……悪くない。実に快適だ)」

 アビスは、風に吹かれながら満足げに頷いた。

 ポチの浮遊能力のおかげで、荷物の重さはゼロ。

 リディアは身軽になり、アビスは揺れない特等席を手に入れた。

「ポチ、頑張ってくださいねー! 疲れたら言ってくださいね!」

 リディアが横を歩きながら、ポチに話しかける。

 ポチは『……配送……進行中……』と答えながら、健気に荒野を進んでいく。


 ◇


 ポチとの旅は、思いのほか賑やかなものになった。

 ポチは、ただ荷物を運ぶだけではなかった。

 リディアが躓きそうになると、『……段差……注意……』と警告し、アビスが喉が渇いた素振りを見せると、どこからか隠しアームを出して水筒を差し出してくれた。

 どうやら、長年の放浪の末に、初期プログラムにはない「学習」をしてきたらしい。

 あるいは、寂しかったのかもしれない。

 誰かの役に立つこと。

 誰かと共に歩くこと。

 それが、この迷子の機械にとっての喜びであるかのように、ポチは甲斐甲斐しく働いた。


 夜、野営をする時も、ポチは眠らなかった。

 焚き火のそばで、リディアとアビスが眠る間、ずっと周囲を警戒するようにレンズを光らせていた。

 アビスがふと目を覚ますと、ポチがアームで器用に焚き火に枯れ木をくべているのを目撃した。

 その光景に、アビスはかつての自分の部下(四天王)たちを思い出した。

 あいつらは、ここまで忠実だっただろうか。

 いや、全員、俺様の留守中に裏切って好き勝手やっていたな。

(……皮肉なもんだ。心を持つ部下よりも、心のない機械の方が信頼できるとは)

 アビスは、こっそりとポチに近づき、再び魔力充電をしてやった。

 礼を言うつもりはない。

 ただ、明日も荷物を運んでもらわねば困るからだ。

 あくまで、効率のためだ。


 ◇


 そして、三日目の夕方。

 荒野の先に、巨大な建造物が見えてきた。

 だが、それは目的地である「中央管理都市(セントラル・シティ)」ではなかった。

 都市はまだ、地平線の向こうに蜃気楼のように揺らいでいる。

 目の前に現れたのは、巨大なコンクリートの壁に囲まれた、古びた施設だった。

 無数のコンテナが積み上げられ、錆びついたクレーンが空を仰いでいる。

 かつての「物流中継ステーション」の跡地だ。

「……目的地……周辺……到達……」

 ポチがアナウンスする。

 だが、その動きが鈍くなっている。

 レンズの色が、青から警告色の黄色へと変わり始めていた。


 一行が、ステーションの入り口ゲートに差し掛かった時だった。


 ピピピピピッ!


 ポチから、激しいアラーム音が鳴り響いた。

 急ブレーキがかかったように、ポチが空中で停止する。

「あれ? どうしたんですか、ポチ?」

 リディアが振り返る。

 ポチは、見えない壁にぶつかったかのように、その場から一歩も進もうとしなかった。

「……警告……。第7配送エリア……活動限界……」

「……これより先……侵入……不可……」

(……そうか、ここは「管区」の境目か)

 アビスは、リュックから飛び降りた。

 このドローンは、旧時代の「広域配送システム」の末端だ。

 それぞれの機体には、担当する「配送エリア」が厳格に設定されている。

 ここから先は、別の管区。あるいは、都市直轄の特別管理区域だ。

 地方配送用ドローンであるポチには、ここから先の通行許可(アクセス権)がないのだ。

 千年前に設定された、今はもう意味のない「見えない壁」。

 だが、機械であるポチにとって、それは物理的な壁よりも絶対的な「掟」だった。

「え? 入れない? でも、都市はまだあんなに遠いですよ?」

 リディアが、遥か彼方の都市を指差す。

 ここから歩けば、まだ何日もかかる距離だ。

「一緒に行きましょうよ! ここまで一緒に来たじゃないですか!」

 リディアはポチのボディを掴み、グイっと引っ張った。

 ウィィィン! ポチのローターが唸りを上げ、抵抗する。

 いや、ポチ自身は行きたがっているようだった。

 レンズは必死にリディアの方を向いている。

 だが、プログラムが強制的に侵入を拒んでいるのだ。

「……エラー……。……行きたい……。……でも……ダメ……」

 合成音声が、悲痛な響きを帯びる。

「そんなの、私が許します! 行こう、ポチ!」

 リディアがさらに強く引く。

 アビスが見るに、ポチの内部回路は限界だった。

 「命令(行くな)」と「意志(行きたい)」の相克。

 その矛盾が、老朽化した電子頭脳に致命的な負荷をかけている。


 バチッ!


 ポチの内部から、火花が散った。


 プスン……。


 ローターの回転が止まる。


 ドサッ。


 ポチは、地面に落下した。

 動かない。

「ポチ!?」

 リディアが慌てて抱き起こす。

 だが、反応はない。

 レンズの光も消えている。

「アビスさん! 直してください! お願いします!」

 リディアが涙目で懇願する。

 アビスは、静かに首を横に振った。

「ワン(……無理だ。バッテリー切れじゃない。基盤が焼き切れた)」

 寿命だ。

 千年間、孤独に荒野を彷徨い続け、最後にリディアたちという「依頼主」を見つけ、限界まで稼働した。

 これは故障ではない。

 任務完了による機能停止だ。

「そんな……。嘘ですよね? 起きてくださいよ、ポチ……」

 リディアの涙が、ポチの錆びたボディに落ちる。

 ただの機械。

 ただの鉄屑。

 だが、この数日間、確かに彼は「仲間」だった。

 アビスは、ふう、と息を吐いた。

 まったく、世話の焼ける勇者だ。

 たかだかドローン一機に、ここまで感情移入するとは。

 非効率的で、非論理的で。

 ……まあ、嫌いではない。

(……リディア、少しどいてろ)

 アビスは、泣き崩れるリディアの肩を前足で叩き、ポチの前に進み出た。

 そして、額をポチのレンズに押し当てた。

「アビスさん……?」

(……術式展開。「記憶抽出(メモリ・ダンプ)」)

 アビスは、僅かな魔力を振り絞り、焼き切れた基盤の奥底に残る「データ」を吸い上げた。

 配送記録。

 荒野の風景データ。

 そして、最後に記録された、リディアの笑顔の画像データ。

 それら全てを、アビスは自身の脳内領域へと転送し、保存した。


 カチャ。


 アビスは、ポチのボディから離れた。

「ワン(……行くぞ、リディア)」

「でも……ポチが……」

「ワン(抜け殻だ。データ()は、俺様が預かった)」

「え?」

 リディアが顔を上げる。

「ワン(いつか、もっとマシなボディが見つかったら、移し替えてやる。……こんなポンコツじゃ、荷物持ちの役には立たんからな)」

 それは、アビスなりの最大の優しさであり、約束だった。

 リディアの瞳に、光が戻る。

「……本当ですか? 本当に、直してくれますか?」

「ワン(魔人に二言はない。……ただし、俺様が元の姿に戻れたら、だがな)」

 リディアは、涙を拭い、立ち上がった。

 そして、動かなくなったポチのボディを、道端の岩陰に優しく安置した。

「待っててね、ポチ。必ず迎えに来るから」

 リディアは、最後に一度だけポチの頭を撫で、前を向いた。


 二人は、ゲートをくぐり、ステーションの構内へと入った。

 そこには、荒涼とした風景とは不釣り合いな、巨大なレールが敷かれていた。

 そして、レールの先には、黒い塊が鎮座していた。

 全長数百メートルはあるであろう、巨大な「貨物列車」だ。

 動力は止まっているが、まだ生きている気配がする。

 このレールは、地平線の彼方にある「中央管理都市(セントラル・シティ)」へと真っ直ぐに伸びている。

「……アビスさん、あれは?」

 リディアが列車を指差す。

「ワン(……旧時代の自動輸送列車だ。ポチがここまで運んだ荷物を、都市へ一括輸送するためのラインだろう)」

 アビスはニヤリと笑った(犬の顔で)。

「ワン(歩くのはもう御免だ。次はあれに乗っていくぞ)」

 ポチが命懸けで案内してくれた場所は、次の旅路への始発駅だった。

 リディアは、もう一度だけ振り返り、ポチが眠る岩陰に向かって小さく手を振った。

 そして、アビスと共に、静かに眠る鉄の巨体へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ