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第一章7話『 空のタイムスリップ 』


 時々思うんだ 。美羽と付き合わない世界線があっても良いんじゃないかって 。そうすれば コイツが死んでしまう未来は 勝手に消滅するんじゃないかって 。そんな確証もない妄想に すがろうとする自分が 確かにそこにはいて 。



「俺には やらなくちゃ ならない事があるんだ 」



 でもそんな事を思いながら このバカをいざ目の前にすると、突然震えだすんだ。この心臓が 。


「それは お前が傍にいたら、絶対に叶わない 」


「ッ!」


 俺は この想いに抗う術を持たない 。抗おうとする度に輝きを増す『それ』は、どうしようもなく暴れ出すんだ 。現実から目を背けて 暗闇の無の世界に引き篭ってしまう程に 。そして気が付けばその感情は、俺の人生を変える程にまで溢れていた 。



「でも 俺の気持ちは、この先もずっと変わらない 」



 それだけを 伝えたかった 。変わる事のない、時を超えても永遠に繰り返されるこの想いだけは お前に知っておいてほしかった 。



「これが 今伝えられる、俺の気持ちだ 」



 慎重に選び抜いていく言葉に 全ての想いを乗せる白は美羽の瞳から視線を逸らさない 。撫でるように吹いている風は 白達の髪をなびかせ、切なくも溢れ出る胸の鼓動を ささやかに落ち着かせていた 。



「美羽の返事は その時に聞かせてくれないか?」



「ッ … … !」



 それが叶うのは 美羽が死んだ未来を変えた時 。それが確定するのは あの事件から美羽を救った瞬間だ 。その時に 俺はもう一度 告白をしよう 。



「うん! 分かった 」




 そして また一から始めるんだ 。あの頃とは違う もう一つの人生を 。






「お姉ちゃん達 遅いね 」


「 だな 」


 監視カメラに貼られていたガムテープを、証拠品として部室に持ってきた二人は 相席で座っている 。美琴は紅茶を飲みながら小説を読んでいるのに対して、空は何もしていないのにどこか落ち着かない様子だった 。


「桜庭は入るのか? 文芸部 」


「一応そのつもりよ 。入部届けももう書いてあるし 」


「そうなのか 」


 紅茶をすすって一息吐く美琴が椅子にもたれ掛かる。そんな一連の動作を横目に 影響された訳ではないが、空も椅子に凭れ掛かる 。もうすっかり冷めてしまった紅茶の中身を覗くと、広がる波紋の中に 自分の顔が映っていた 。


「未来人 … … か 」


 白先輩の意味深なあのセリフが 脳裏に焼き付いて離れない 。夢にまで出てきたその言葉は 何故か身近な事のように感じて 、紅茶の波紋を見ていると、もうすでに何かが起きているような気がしていた 。




   ――『 聞こえる? 空 』――




「ッ?!!」


 突然に脳に訴えかけられる 聞き覚えのある謎の声 。ノイズがかっていたその声は、この世の音とは思えない程に鮮明に響いてきた 。


「桜庭 … … 何か言ったか?」


「いいえ?私は何も 」


 瞳を見開いたまま片手で前髪をくしゃっとさせる空の仕草に、『何かがおかしい』と悟った美琴はその光景から視線を逸らさない 。


『 聞こえてるみたいね 』


「ッ … … 」


 返事をした方がいいのかどうかも分からないその声に対して、詰まってしまう喉が上がる事は無かった 。脳にまで響いてくる心臓の鼓動とその声の区別が付かなくなる程に、空はパニックに陥っていた 。


『 説明は後でするね 。まずは現在いまの貴方と未来の貴方をリンクさせるわ 』



「ッ … な、何を言って … … 」





     ――ドックンッ!!!!





「っ――――」




 有り得ない程の鈍痛に襲われる全身に 自分の体が破裂して砕けてしまうような感覚に陥る空は 下を俯いたまま頭を押さえ込んでいる 。それでも声を荒らげていないからなのか、美琴はその様子を静かに見守っていた 。



    ――フッ 。



 瞬間で収まる痛みは まるで何事も無かったかのように錯覚してしまう程 。見開いた瞳で見上げる天井は とてつもなく遠く感じていた 。



「ここは … … 文芸部か?」



 そのまま視線を下ろしていき、部室の景色を見渡す空は驚きのあまり声が出なかった 。何がどうなっているのか どうしてここにいるのか、今の一瞬で 自分の身に何が起きたのか 。自分が記憶喪失になってしまったんじゃないかと見紛みまがう程、今の瞬間だけは何も信じられなかった 。



    ――ガラララッ 。



 部室のドアが開き、頬が少し赤くなっている美羽が中に入る 。


「ごめんね〜 遅くなっちゃって 」


「私は大丈夫だよ 」


 後に入ってくる白は 何の言葉も無く空の隣に座る 。そんな白を横目に 空は、美羽と仲良さそうに話す美琴の姿を見て、思わず椅子から立ち上がった 。まるで『死んだはずの想い人が突然目の前に現れた』かように 。



「 … … 美琴?」



「ッ?!!」



 心底驚いた様子の空は、今にも消えそうな声でその名前を呼んだ 。そんな空を不思議そうに見上げる美琴と、ギョッとした瞳で視線を向ける美羽 。


「ど、どうして名前呼び?」


「え、あ いや … … 」


 状況を何も理解出来ていない空は 美羽に問われてオドオドしている。引きつった口と溢れ出る汗が 空の思考回路を更に真っ白にしていく。次の言葉が見つからず 全員の視線を集めている空に対して――



「 お前 ちょっと来い 」



 見た事も無いような真剣な眼差しを白に向けられる 。『助かったのか?』と状況を理解出来ていない空は、白の言う通りにして廊下に出る 。その後白は部室のドアを閉めて 傍にある階段まで移動した 。


 嫌でも察する 真剣な空気 。白から滲み出ている溢れんばかりのオーラを 少し怖く感じていた 。

 そして壁まで追いやられる空は、白に軽い壁ドンをされていた 。


「 空 」


「はい 」


「お前、今何歳だ 」


「何歳に見えます?」


「いいから 真面目に答えろ 」


 いつものふざけた会話に入る事もままならない 白の真剣な眼差しは、空が生唾を一滴 ゴクリと呑ませる程だった。


「多分 … … 実際は十八ですね 」



「ッ!!!!」



 その言葉を聞いて驚いた表情とは裏腹に『はぁぁぁぁッ … … 』と とてつもなく深い溜め息を吐きながら膝から崩れ落ちる白。


「良かったぁぁぁぁ! お前のせいで問題が一つ増えてたんだよバカ野郎!来るのおせぇんだよ!!」


 と 空の髪をクシャクシャさせる白の表情は とても嬉しそうに微笑んでいた 。それをされた空も 何故か照れてしまいほくそ笑んでいた 。


「本当に 良かった 。お前が記憶を取り戻してくれて 」


「ちなみに どれくらい待ったんですか? 」


「五日間だ 。ちなみに今は五月一日 」


「という事は 先輩が飛ばされたのは四月二〇七日ですか?」


「あぁ そうだ 」


「五月一日 … … 先輩 今 何年生ですか?」


「二年生だな 。どうやら 三年前に飛ばされたらしい 」


「という事は 俺は一年 … … 美琴と美羽先輩に驚かれる訳だ 」


「お前はまだ 出会ったばかりだからな 」


 俺が白先輩に聞いているこれは、悪魔でも確認事項だ。本当は全て頭に入っているが 念の為、タイムスリップをしたと言う事実に食い違いがないかどうかを確かめている 。


「でも どうして三年前なんでしょう?美琴達が亡くなる直前じゃダメなんですかね?」


「それは俺達だけで考えても仕方ない 。今は目の前の事に集中しよう 」


「 … … 分かりました 」


 『俺達』という事は他にタイムスリップした人間がいるのか?


 気になる要素を後回しにした空は 白と共に部室へと戻っていく 。だがまだ 『タイムバグ』と言う根本的な異常事態は まだ何も解決していない事など、この二人は気付いていなかった 。



「入るぞ〜 」


「はぁい 」


 気の抜けた合図で部室の中に足を踏み入れる二人は、何事も無かったかのように席に座る 。そんな二人を気まずそうに見つめる女性陣は どこに目をくれていいのかも分からず、視線を泳がせていた。


「これを見てください 」


 まさかの この空気を作った張本人が真っ先に口を開いた 。そのポケットから取り出したのは バツの形で貼られていたガムテープだ 。


「あったの!?」


「えぇ 。バッチリ貼られていました 」


「だとすると 犯人は放送部の内部にいると見て間違いなさそうだな 」


「どうする?今からでも行く? 」


「いや、この件は一度家に持ち帰って各々で考えた方がいいだろう 」


「確かに 。少しばかり策を練る必要があると思います 」


 男二人が話を進めている様を見て 静かに首を縦に振る女性陣は驚いていた 。突然やる気を出して しっかりとし始めた白と、その案を迷うこと無く肯定する空 。今までの雰囲気とは 明らかに何かが変わっていた 。


「そ、そうね 。そしたら一度家に帰って 考えよっか 」


 困惑しながらも二人の意見を取り入れた美羽と美琴。文芸部の今日の活動は終わりを迎え、帰り支度を済ませた白達は部室を出ていく 。職員室に鍵を預けて 校門を潜る四人 。


 美羽と美琴と空と俺の 四人で歩くこの通学路が改めて愛おしく思えた 。


「聞き込みは美琴になりそうだけど、大丈夫?」


「お姉ちゃんが傍にいてくれるなら 何とかなるよ 」


 掲示板の件と 空の記憶が戻った事 。後は俺が不良を抜ける事か 。やらなければならない事を数えると 本当にキリが無くなってくる。省エネの俺からすれば面倒な事この上ないのだが、それでも――





 ――俺はそんな日々がとてつもなく 嬉しかった 。




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