第一章6話『 告白 〜前編〜 』
話の内容がまとまってから、俺達四人は椅子に座って一段落していた。机の上には各々が持ってきた弁当やコンビニのパンがあり、それと美琴が入れてくれた紅茶が 湯気を立たせて置かれている 。それでも話の内容が内容なだけに、重苦しい空気は軽くならない 。
それらを食しながら 白がその不良達とどういう仲なのか、そして昨日美羽と一緒に起きた一件の事を キチンと説明する事に 。
「アイツらとは別に仲が良いってわけじゃない 」
「俺と白先輩は、あのグループで仲のいい人なんて一人もいませんからね 」
中学の頃から常に行動を共にしており、他の者を近寄らせないその雰囲気から 不良からも避けられていた 。
コンビニのパンでお腹を満たしている二人を見て 何故だか不満げな顔をしている美羽だったが、それを他所に話を進めていく 。
「そしたら どーしてそのグループに入ったんですか?」
「それは … … 」
ある人を超えるため。それを言うのは簡単だが、言えば『あの人って誰?』と聞かれる事は間違いない 。そして その人物を言えば皆は驚き、『どうして?』と 俺が言いたくない事が次々と明かされる事になる。過去に来たからと言って 俺も全てを打ち明けれる訳じゃない 。
「俺は白先輩に頼んで 入りました 。理由はまぁ 色々とありまして 、今回の件とは関係ないので放って置いて下さい 」
空らしい フォローが入る 。コイツは俺の事情を大方理解しているからか それとも俺が渋い顔をしたのが見えたからなのか、どちらにせよ 気が回る後輩である事に変わりはなかった。
「そうですか 。動機が分かれば何か絞れるんじゃないかと思いましたが 難しそうですね 」
「まぁ 俺と白先輩に恨みを持ってる人は少なくないです 。沢山 傷付けて来ましたからね … … 」
その言葉を最後に 二人の男は適当な方へと視線を向ける 。そんな光景を目の前にする二人は 何故か視界が遠ざかるような感覚に落ちる。
「 … … 」
全くの対極と言っていい程、別々の道を歩いてきた男性陣と女性陣。何不自由のない生活をし、名家で育ってきた二人には想像もつかない話だった。
「まぁ 今回の騒動は恐らく俺が原因だろう 」
目の前の机に顔を下向ける白は、ズボンのポケットに手を入れながら 椅子に持たれている。そんなダルそうな雰囲気でも 表情はどこか悲しげでいた 。
「と言うと?」
「昨日の奴らが美羽に絡んで それを邪魔した 。とかそんな理由だろう 」
「 … … 先輩 ちゃんと考えてますか?」
「何をだよ 」
「その考えだと 俺達の推理とは時間軸が合わないんですよ。犯行の下準備は春休みの最終日。その桜庭先輩が絡まれたって言うのは始業式の日なんでしょ?」
「あぁ … … そういやそうだったな 」
空の返答に またもや申し訳なさそうに顔を下げる白 。この場の空気は 更に重くなる 。
「お姉ちゃん 、大丈夫なの あの人 … … 」
「大丈夫だよ 。白はいつも ああだから 」
今回は 小声で話す姉妹の声は聞こえていない二人 。ボソボソと耳打ちをして 上手く隠せているようだ。
「本当に〜?お姉ちゃん 甘やかしてるんじゃないの?」
「本当だって 。大丈夫だから 」
そうは言っても あの二人の生き方なんて想像が付かない 。中学の頃から不良として生きてきたなんて 何を経験してきたのかも分からない 。でも 一つだけ確かな事はある 。
貴方は喧嘩をする時 、必ず孤独な瞳をしている 。
今考えれば 当たり前の事だった 。あんな当然の様に人に絡んで、表情一つ変えないで平気で他人に手を挙げる 。そんな人達と絡んでいたら 心はすり減るばかり 。不良のオーラやダルそうな態度が出てしまうのは 当然の事だった 。
「白って 自分からは喧嘩しないよね 」
「ッ 」
美羽の急な発言に 男二人は前を向く 。的を得ているそれは 行動を共にしてきた空でも気が付いていない事だった 。
「 … … そうなんですか?白先輩 」
「不良なんて 、なりたくて なる奴いねぇよ 」
その言葉を最後に 教室を出ていこうとする白に『どこ行くの』と美羽が問いかける。『喉乾いたから 自販機』なんて いつも以上に平たく言い返していた 。
「紅茶 残ってるんですけどね … 」
空のその言葉で 何かを察した美羽は『私もちょっと行ってくるね 』と言い残して 部室を出て行った。初対面の後輩二人が取り残された部室だったが 気まずい空気になる事はなかった 。
「そしたら私達は 別の所に行こっか 」
「だな 」
そうして誰も居なくなるこの部室に、自分達の荷物が置いてあると思った美琴は 一応鍵を閉めたのだった 。
自販機前に着いたが 別に喉は乾いていない 。そもそも財布を鞄に入れたままで 飲み物なんて買う気もなかった 。アレ以上広がりそうな会話を終わらせたくて出てきたが、申し訳なさは募るばかりだ 。
「はぁ 、何やってんだろうな 俺は 」
校舎裏の自販機に 人が来る事は滅多にない。そもそもこんな場所に 自販機が置いてある事を知っている生徒はほとんどいないだろう 。言わば知る人ぞ知る穴場のようなものだった。俺がサボる場所は基本屋上だが 。
今戻っても気まずいだけだが あのまま三人を放っておく訳にもいかない。風に当たって気分の入れ替えを終えた俺は、今なら何とかなるような気がした 。
「戻るか 」
そうして二階まで上がって 文芸部室に入ろうとドアに手を掛けると鍵が閉められている事に気付く 。中に人がいる気配もないし どうやら皆どこかに行ってしまったようだ。
「まぁ 俺がいない方がやりやすい事もあるか 」
そう割り切った白は部室を後にして 屋上へ向かおうと、もう一度階段を上る。その途中で 校門を潜る見慣れない人達が窓から見えたが、部活動の一環だろうと気にも止めずに 屋上へと足を運ぶ。
いつもなら閉まっている屋上だが、今回は開いているようだ。ブレザーの内ポケットに入れてあるマスターキーは使わずに済んだ 。つまり ここを開けれるのは、教員と 俺にマスターキーを渡してくれた人物しかいないと言うわけだ 。
「あれ〜? ここにいると思ったんだけどなぁ 」
独り言を呟いて、屋上の中を歩き回る女の子は 何かを探すのを諦めたのか、コチラに向かってくる 。
「こんなとこで何してんだよ 美羽 」
「あっ いた 」
捜しものは見つかったようで、足をその場で止める美羽は 白のことを見つめていた 。雲が少ない澄んだ青空の元、二人の間に風が吹き抜けていく 。
「あんたが急に出ていくから 探してたのよ 」
「あぁ 、悪い 」
「え?」
白から伝えられる意外な言葉に、思わず美羽は聞き返してしまう 。
「何か最近 雰囲気変わったよね 。白 」
「んぁ 、そうか?」
自分では理解していない白だが、そう確信を持っている美羽は どこか悲しげでいた 。肘を掴んで 何かを堪えて居るような様子だ 。
「前はもっと尖ってたけど、今は ただの優しい人 … … みたいな 」
「なんだそれ 」
煮え切らない言葉に対して 鼻で笑う白 。イマイチ ピンと来ない美羽の例えは 余計に脳を混乱させる。優しくなったと言われても 実感も実績もない白は ただただ首を傾げていた 。
「分かんないか 」
貴方が突然丸くなったその理由、何となく察しは付いてる 。昨日保健室で話している内に、それは確信に変わった 。
――『好きな人が できたんでしょ?』
考えないようにしてたけど、不良グループを抜けると言った貴方を見て一致した 。本当は知りたくないし 聞きたくもない 。それでも私の心はそうもいかなくて、可能性があるかもしれないと、有り得もしない希望を見ては己の理性が邪魔をする 。
「何難しい顔してんだよ 」
「別に!あんたには関係ないよ 」
冷静に言ったって この胸に触れられたら、緊張してる事はバレてしまう 。高鳴るこの鼓動も、ゼロと分かっている可能性を目の前にすれば 押し潰されそうになる 。
「今更何言ってんだよ 。何かあるなら言え 」
「大丈夫だって 。気にしないで?」
またそうやって優しくする貴方を見て 心臓は痛くなる 。その優しさは私以外の人にも見せてるの?それとも、私が知らない貴方を 知ってる人はもういるの?全てを聞きたくて 全てを抑え込む 。
「本当に いいのか?言わなくて 」
「いいのよ 。ありがとね 」
「 … … そっか 」
住んでいる世界も考え方も歩み方も 全てが異なる貴方と、今こうして見つめ合えるこの瞬間を 私は奇跡だと思う 。貴方に対する気持ちは、初めて出会ったあの頃とは、もう比べ物にならないくらいに 好きという気持ちで溢れてる 。
「無理すんなよ 」
「分かってるよ 」
そうして 腑に落ちないまま会話を終える白は 屋上のドアノブに手を掛ける。その瞬間に動きが停止する白を見て、美羽の足も ピタッと止まる 。またもや二人の間を吹き抜けていく風は、まるでその仲を引き裂こうとしているのか 繋げようとしているのか 。その場で振り向いた白の表情は 儚く微笑んでいた 。
「俺さ 好きな人がいるんだ 」
「えッ … … 」
この物語は 俺達にしか紡げない 。
同時刻、空と美琴は 事件の真相を裏付ける証拠を見つける為、掲示板にまで足を運んでいた 。
「天条さん か … … 」
どうやら 白の事が気になる美琴は、その名前を小さく呟いていた 。
「不思議な人でしょ 。あの人 」
「えぇ 。何か 今一つ掴めないと言うか 」
「何考えてるか 分からない?」
「そんな感じかな 」
白の話題で進める足は ようやく掲示板の前に辿り着く 。しかし 幾つもの貼られている紙を見る事はなく、二人は傍にある監視カメラを見上げる 。
「決まりだな 」
「えぇ 」
そこには レンズの上から、ガムテープがバツの形で貼られていた 。『これじゃあ何も見える筈がないな』と二人は思いながら、通り掛かった教師に脚立を借りる事にしたのだった 。
「そう、なんだ … … 」
白の突然の告白に 一瞬喉を詰まらせてしまう美羽 。ホワイトアウトする思考は、目の前の光景を鮮明に写す。周りの背景や情報は全てカットされ 、今は瞳に映る白の姿にしか意識が向かない 。
「 … … 」
二人の間を吹き抜けるそよ風は、この場の沈黙を紛らわす為に吹かれているようで 。数秒経っても次の言葉が出てこない二人は、ただただ黙り込んでいた。
相談とか かな 。『好きな人がいるけど どうしたらいい?』とか、『手伝ってくれ』とかかな 。アドバイスならギリギリまだ心臓は持ってくれそうだけど、手伝うのはちょっと嫌かな 。ちょっとじゃないか、かなり嫌だな … … 。
「 … … 」
自信も勇気も持っていない私に、そもそも選ぶ権利は無かった 。何一つ勝負をしていない私とは違って、白は 一歩踏み出そうとしているんだ 。私の気持ちも知らずに 。
二人共動かないこの空間に充てられる周りの音が やけに聞こえてくる 。グラウンドで大声を出している運動部とホイッスルの音 。囁くように吹く風に サラサラと撫でるように揺れる髪 。
何故だろう 。緊張と恐怖が両方まとわりついているのに、妙に落ち着いているのは 。
「ソイツはさ、一言で言えばバカなんだよな 」
「ばか … ?」
そして俺は 話し始める 。今までのお前の事を、そして未来のお前の事を 。
「他人が困ってたら 当たり前みたいに手を差し伸べて、助けた後は礼の一つも受け取らねぇ 」
「 … … 」
「心配掛けさせないように周りに隠して 一人で背負って 、それでまた困ってる奴がいたら助けようと手を貸すんだ 」
いつ報われるかも分からない美羽のその歩み方 。最終的に迎えたのは、結果『死』だった 。
「後先考えず行動して 周りを助けて、面倒な問題は自分一人で抱えようとする 。でも そんなもん 俺には分かるんだよ 」
別に確信がある訳じゃない 。ただ何となく感じるその違和感は 気が付いたら俺も一緒に背負ってるんだ 。
「 それで結局、俺には心配掛けさせんだよ 」
『バカな奴だろ?』と言わんばかりに照れ笑う白を見て、美羽も優しく微笑み返す 。
「面倒くさいけど良い奴で、遠回りだけど眩しくて、素直じゃないけど頑張りやで 。もう どうしようもないんだ 」
「 … … そう 、なんだ 」
その子の事を語る白を見て もう敵わないと分かってしまった 。今更私が何かをした所で 本当に何も変えられないんだと 痛感してしまった 。だって 全く同じなんだもん … … 私が白に抱いている感情と … … 。
「俺は そんなバカが、もう どうしようもなく好きなんだ 」
遠くを見つめて伝えられるその想いに もはや迷いは無かった 。覚悟を決めて 全てを伝えよう 。そんな意思を 痛い程感じた 。
こんなの もうどうしようも無かった 。初めから 私に入り込める隙間なんて無かった 。あんなに愛おしく誰かを語る貴方を見れば、私の気持ちは ただ底のない心の奥に永遠と堕ちていくだけ … … 。
「そっか … … 凄く 良い人だね 。その人 」
痛む心臓を決死の思いで抑えながら 私は返事をする 。苦しくて仕方がない。敵わなくて仕方がない 。私はもう この場にいる事すら辛くなってきて、全ての事から 逃げてしまいたい 。そう思っていたのにーー
「自分褒めて どーすんだよ 」
「 … … ぇ 」
聞き間違いとしか 思えなかった 。混乱に陥る美羽の瞳は何処を向いていいのかも分からず、全くもって整理が出来ないその言葉に 夢と現実の区別が付かなくなる 。
「ぇ 、え? どういう事 … … ?」
その言葉の真意を問いただしたい美羽は 思わず聞き返してしまう 。真っ白になる頭の中に浮かぶ言葉は何も無くて、ただただ目の前にいる白を見つめるだけ 。
「何でもねーよ 。ばか 」
美羽から向けられる視線を見つめ返すなんて高度な事、俺には出来るはずも無かった 。




