第一章8話『 最悪の奇跡 』
『おかえり 白!』
夕刻、家に帰って 出迎えてくれるのは幽霊の美羽 。俺の姿を見て心底嬉しそうにする美羽を見て、俺の心は癒される 。『ただいま』と返事をして、荷物を適当に置いた後 制服のままベッドに寝転ぶ 。
『空君の様子はどうだった?』
床にペタンと座って ベッドの上に肘と顔を乗せる美羽は、何処かしら嬉しそうな表情をしていた。寝転んで天井を見ていた白は 美羽の方に向きを変えて口を開く 。
「美琴を見た時は心底驚いてたな 。話してる内に慣れてたみたいだけど 」
『えー!何かハプニングは起きなかったの?』
「お前なぁ、異常事態に対して 更に緊急事態を求めるな」
『ぶーー 。だってぇぇ 』
「ったく … … 会ったばかりの美琴を名前で呼んでたよ 」
『えッ!』
驚きながらもニヤニヤと微笑んでいる美羽は、まるで悪戯好きの子供のよう。『いい事聞いた しめしめ』と 次空に会った時にでも、弄ってやろうと考えているんだろう 。
「程々にしとけよ 」
『はぁ〜い 』
まるで 聞いちゃいないと言わんばかりの適当な返事をするなり、美羽も布団に上がって 俺の隣で寝転ぶ 。
「で、何がどうなってたんだ? 空のやつは 」
『あ やっぱ気になる?』
「当たり前だろ 。俺の唯一のダチだぞ 」
『ふふ 。そうね 』
安らかに微笑み返す美羽の表情は、まるで子の成長を見守る母親のようだった 。
「教えてくれるか?」
『うん、いいよ 』
美羽のその返事を最後に、和やかだった部屋の空気は一変する。重く一息吐いた美羽は、白の様子を一度 チラっと確認してから『大丈夫かな』と不安を抱きながら、覚悟を決めて口を開いていく 。全てを打ち明ける為に 。
『私と美琴は、貴方のお父さんの手によって 同時に殺された 。これは覚えてるわよね 』
「 … … っ 」
白のそれは 暗黙の肯定 。痛い程伝わる悲しげな眼差しと、息が苦しくなる空気 。それらを踏まえた今の一瞬で流れた沈黙は――
「忘れる訳ねぇだろ 」
もはや その意味しか含まれていなかった 。
『貴方のお父さんに殺されてから約一年 。私と美琴は幽霊になってしまった 』
ここからが この世界で起こった奇跡の物語 。誰も信じる事ができず また誰もが経験する事の無い 、時を超えた想い 。
『幽霊ってさ 、どうやってなれると思う?』
その張本人が軽いトーンで聞く内容ではないだろうと思った白だが、真剣な事に変わりはなかったので 何も言わずに答えていく。
「全員がなれる訳じゃないのか 」
『そうだよ 』
「んー 分かんねぇけど … … 何かをやり残したから とかそんな感じじゃないのか?」
『あぁ、惜しいね 』
抱き着いている枕に顎を乗せて 両足をのんびりパタパタしている美羽 。
『例えば 亡くなった男の子が、あのゲームをどうしてもクリアしたい!その想いが 幽霊になった!とかだったら どう?』
「確かにそう言われると 無いな … … 」
『ふふっ でしょ?』
冗談半分に教えられるその例えは 確かに腑には落ちない、軽いと言わざるを えないものだった。思わず苦笑いしてしまう白と ほくそ笑んでしまう美羽の様子が まさにそれを物語っている 。
それが例え 趣味であっても 仕事であっても 夢であっても、それは『あるもの』と比べれば 到底敵わないものだった 。
『正解は 『人への想い』だね 。それも何かしらの 』
「何かしらの か 」
ハッキリとしない 沢山の意味が込められているその言葉は、見当が付きそうで付かない感じだった。
『幽霊ってさ、イメージとして湧くのは怨念じゃん?』
「あぁ 恨み辛み的な 」
『そうそう 。その想いが強すぎて 対象となる相手を呪ったり怖がらせたり、それは実際にある事なんだ 』
「へ〜〜 」
本当に関心を持った『へー』を初めて使った白は、隣で寝転ぶ美羽の目を見て話を聞いている 。そしてここから 美羽の声のトーンは徐々に落ち初めていく。
『私と美琴は それとは全く逆の想いで、幽霊になれたの 』
「 … … 」
『その想いは 今は言えないんだけど 』
急に歯切れが悪くなる美羽だったが、怨念の『全く逆』ともなれば、それは大切や好きと言った『良い意味』の方になると 白は考えていた。
『幽霊となってこの世に留まる 。それは誰にでもできる事じゃない 』
しかしそれは 平等に与えられる条件の元、決して不可能や理不尽と言った理由で 跳ね除けられるものでは無い 。
その条件とは――死んでも死にきれないと言う程の、『ある人』への想いの強さ 。
『私は貴方 。美琴は … … どっちなんだろうね 。私には分かんないや 』
「 … … 」
苦し紛れに見せられる美羽の笑顔は 俺の心を締め付ける 。言いたくない事を言わせているような気がして、何かが耐えきれなくなった俺は 美羽に向けていた視線を思わず切ってしまう 。
『その死んでも叶えたいという執念が、生霊となった 』
「それが 幽霊になる為の 条件か … … 」
『うん 。まぁ なりたくてなった訳じゃないんだけどね! 気が付いたら そうなってた … … みたいな 』
「なるほどな 」
気が付いたら 私は息をしていて、気が付いたら視界は映っていて、気が付いたら 地に足を着けていた 。何故か動いてくれる脳はとても軽くて 前に進む感覚も 、とても軽かった 。
『そして 私は、貴方と出会う 』
そこに居るという確信はなかった 。何気なく 、ただもう一度会ってみたいと思っていたら、私の足は 白に引き寄せられるように動いていた 。
「その時の記憶 … … 俺にはねぇんだよな 」
『うん 。それも説明するね 』
幽霊の美羽と出会った時から 常に思っていた 。タイムスリップをする直前の記憶と、タイムスリップをしている時の記憶が 幽霊にはあって、人間からは無くなる理由 。
『それは別に 神様が決めた訳でも、タイムスリップをする為に そういう条件があった訳でもない 』
「 … … 」
『単純に タイムスリップをするという行為は、人間の脳では処理できず、抱えきれないものだから 』
「ッ!!」
美羽のその答えは 当然のものだった 。時空を超える、そんな情報が人間の脳によって いつもの様に綺麗に処理される訳もなく また抱えれる訳もない 。
その三年間分の情報と 時を遡る光景や変化が一気に脳と身体にインプットされてしまうのだ。その負荷に耐えられる脳みそなんて 当然ありやしない。
つまり 脳に起こったのは、膨大な情報処理のせいで 心臓と脳の機能が死んでしまわない為の、一時的なショックを和らげる 言わば自動救済処置 。それは 防衛本能とも言えるもの 。
『貴方は、部分的な記憶喪失になっているの 』
「ッ … … !」
その瞬間の記憶がないからこそ 白と空は今も生きている 。また その瞬間の記憶がないからこそ、美羽と美琴も幽霊として存在している 。
その事実を聞いて 驚きを隠せない白は、自分が置かれている今の状況の深さや重さを改めて理解した。その途端に 芽生えてしまう恐怖という感情が、白の心を蝕んでいく 。
『この説明 私にとっては二回目なんだけどね 』
微笑みながら伝えられるその言葉を 俺はすぐに理解出来た 。
つまり タイムスリップをする直前に、美羽はこうなる事をちゃんと説明してくれていたんだ。そして俺は それを『了承』したんだ 。
そう思った途端、心が少し軽くなったように感じた。
「ありがとな 美羽 」
『何言ってんのよ 。お礼を言うのは私の方でしょ 』
もう一度見れた美羽の瞳は 本当に優しかった 。何もされていないのに 頭をそっと撫でられているような気分になる。
しかし 妙に落ち着くこの空気も、次の話でまた変わる 。
『最後に 空君ね 。正直 これが本題だわ 』
「だろうな 。お前でも理解出来てないんだろ? 」
『完全にはね 。でも 美琴が今日まで一緒に頑張ってくれたお陰で、何とか説明がつく形にはなったわ 』
「教えてくれるか?」
『当然よ 。というか 白には知ってもらわないと危ないかもしれない 』
「と言うと?」
一息吐いた後 瞳を閉じて数秒間、事態の整理は着いておらず、まだそれを受け入れられてはいないが、覚悟だけは決めていた 。
白と美琴、私の三人で この事は一生 背負い続けようと 。
『 … … 結果から言うと あの子は生きているのか死んでいるのか、分からない 』
「ぇ … … ?」
今日された話の中で、一番信じられない言葉だった。
だってそうだろ?アイツは今日も普通に俺達の前に姿を現して、何なら過去に戻ってきたという正常な記憶を手に入れている。おかしな所は何も無かったというのに 。
『あの時、私が貴方とタイムスリップをしたように、美琴と空も別の場所でタイムスリップをしていた 』
「そりゃ そうだろうな 」
とてつもなく重苦しくなる空気は 白の心を無条件に締め付ける 。訳もわからず苦しくなる心臓は これから教えられる事に対する警告音。本当の覚悟を決めろと、そういう意味だった 。
『私達は人気の少ない路地裏でタイムスリップをしたけど、あの子達は違った 』
「場所の問題による ものなのか?」
『えぇ。あの子達がした場所は ただの交差点 。本当 どこにでもあるような 』
「は?」
その言葉を聞いて 聞き返さずにはいられなかった。空はたまにガサツな時があるが 美琴は違う 。そう言った大切な事は慎重になるタイプの人間だ。それを、ただの交差点で?
『空君が言ったそうよ 。『どうせ過去に戻るんだったら どこでしても同じだろ?俺は早く お前を救いたいんだ 』ってね 』
「 … … あいつ 」
空が美琴に惚れている事は 見ていれば分かる事だった。アイツも俺と同じ、生きる希望を無くした人間だった。それでも高校だけは卒業しないといけない、その義務感が 無条件にアイツの体を動かしていた 。
俺と会った時も 無理していつも通りに振舞っている事を 俺は気付いていた。
「付き合ってる訳ではなかったんだよな?」
『そうね 。でも その空君の言葉を美琴は了承した 』
「気持ちを理解してやれば … … そうか 。情が移ったのかのかもしれないな 」
『うん 』
そして タイムスリップをする時に、その事件は起こる 。この世で最も必要とされる事のない最悪の奇跡 。
『彼は車に轢かれたそうよ 』
「ッ?!! 」
『当たれば間違いなく、死ぬ筈の速度だったらしいわ 』
片輪をバーストさせた軽自動車は、蛇行運転しかできない状況の中、その勢いで空に直撃した。
「 … … 死んだのか?」
今にも消えそうな声で問い掛ける白の息は かなり荒くなっていた。見開いた眼球が乾いている、そんな感覚すら分からなくなる程に 脳が真っ白になっていた。
『分からない 。でも そこで理不尽にも始まってしまう 二人のタイムスリップ 』
その瞬間に死ぬはずだった命は、タイムスリップをする事によって 全てが急速に過去へと戻されてしまう 。
『タイムスリップをした張本人以外のものは何も問題なく戻るでしょうね 。でも タイムスリップをした張本人には ちゃんとした意識と魂がある 』
「な、なるほど … … ?」
段々と理解が難しくなってきた白は 何となくで解釈する事にした 。
『体と魂が死んでいる本人がタイムスリップをする事によって、全ての体と魂が無事過去に戻ると思う?』
それは もはや神ですら処理できない程の矛盾へと放り込む 。状況の解決は愚か、理解すらほぼ不可能な程の異常事態 。
体と魂は死んでいる 。体の修復?出来るわけがない 過去に戻ってるだけなんだから。魂の復活?理由もない現象など おとぎ話も良いとこだ 。
『だけど もうタイムスリップは起こっている 。中断なんて出来るわけがない 』
そうして空は 生死を彷徨う事態のまま、三年間の時を遡る事になる 。そして当然、その時に起こってしまう『 タイムバグ 』。
『彼は一時的に 未来と過去の境界線に留まって 、生と死の狭間を彷徨う者になってしまう 』
それに伴い、彼の 過去と未来に存在している筈だった魂と記憶はバラバラに崩壊してしまう。
過去と未来を行ったり来たりしている記憶 。生と死の狭間を彷徨う魂 。
「 … … 」
『だからあの子は、過去に戻っているのかそうでないのかがハッキリとせず、また未来の出来事を言っては 忘れる。そんなタイムバグに陥っていたのよ 』
「そう、なのか 」
… … どうやら今ので話は完結したみたいだが 俺はやはり、全てを理解するのは難しかった。
『彼が未来で車に轢かれて 生きているのか死んでいるのかは分からない 。彼には当然、その時の記憶もない 』
「ッ!!」
タイムスリップの途中なら その時の記憶がないのは前の説明で明らかになっている 。つまりアイツは 今の自分の状況を把握していない?
『彼のタイムバグは 根本的にはまだ何も解決されていない 』
あの子の体に いつどんな反応が訪れるのかも分からない 。あの子がいつ 死んでしまうのかも、もはや分からない 。
「つまり、アイツはいつ何がどうなってもおかしくないって事か … … ?」
『そうよ 。彼はこの世界でただ1人―― 』
――永遠に処理できない 時限爆弾を背負っている事になる 。
「 … … 」
言葉を失う事態に 俺の口はもう開かない 。『そんな状態だったのに、どうして空は過去に戻ってこれたんだ?』なんて 気になっているが、今のパンクしそうな脳みそでは聞く気にもなれなかった 。
「アイツはこの事知ってんのか?」
『今の所 言うつもりはない 。少なくとも 美琴を救うまでは隠し通すつもりよ 』
「 … … 理由を聞いてもいいか?」
『この件は、彼が美琴を救う事に対する足枷にしかならない 』
俺にその事を伝えたのは、この中で唯一 空に何かあった時 助けられるのは俺しかいないからか。
美羽の意図を理解した白は『わかった』と一言だけ伝えた 。そんな時に鳴り響く 白の携帯のバイブ音 。中身を見ると 相手は美羽だった 。
『明日学校休みだから文芸部員の親睦会も兼ねて四人でどこかに行かない?
掲示板の件ももうちょっと皆と相談したいし … … どうかな?』
なんて 絵文字一つないお誘いのメールが届いたのだった。それに対して白は軽く微笑むが、美羽は携帯から視線を切って 窓の遠くを眺めていた 。
『本っ当に私は 、人の気も知らないで … … 』




