44話 宣戦布告
――ティルファング共和国首都――
『我が国、もとい同盟国であるクサナギ国から攫った獣人と住民を奴隷として連れ去った罪は許し難し。しかし、潔く奴隷達の解放及び奴隷マーケットの閉鎖をすれば此度は目を瞑ろう。だが、そのどちらも成されないのであればこちらは戦争を仕掛ける用意あり。よき返事を心待ちにしている。――『パンゲア』女王イヴ』
『パンゲア』の使者から渡された一枚の書状。
『ティルファング共和国』全ての政治を取り仕切る五人の議員達が、複写された奴隷解放の書状を前に会議室に一堂に介していた。
五人の議員も『パンゲア』の話は聞いている。
何処からか突如現れ、『クサナギ国』と友誼を結び、『エッケザックス国』を滅ぼし、機械大国『ウケラノス帝国』との対等な同盟を結んだ異常としか言えない国。
国力は小国の域を出ないが、未知の技術、超古代文明の船を所持し、近日もエッケザックス国から離反した貴族達を電光石火の速さで制圧。
五人の議員達も子飼いの優秀な諜報員達から情報を手に入れており、『パンゲア』のある程度の強さは聞き及んでいた。
その『パンゲア』からの奴隷解放の要求。だが、これは『ティルファング共和国』にとっては宣戦布告にも等しい文章であった。
頭部が寂しい片眼鏡を掛けた男が雑に複写された書状を放り投げる。
「奴隷売買は共和制になってから続く商売だ。今更取りやめるなぞ出来ぬ」
「左様。だが、魔導兵器ですら一蹴した力とやらは脅威だ」
「あの帝国が認めた力だ。このままでは……」
「奴隷兵団をかき集めたとして勝ち目は薄い。やはり……こちらも切り札を切るべきか」
「『剛力』『瞬雷』『天壁』か。神の『祝福 』ならばいけるかもしれんが……」
神の『祝福』。それは人の才能と対を成すまさに神から与えられた力。
『ティルファング共和国』は『グランギニョル王国』の属国に成り下がる際、対価として神の力を与えられている。
その力は常人を遥かに超え、一騎当千といっても過言ではない。それ故に替えが効かない正真正銘の切り札だ。
それを失えば戦力は大幅に失われ、更に『グランギニョル王国』から咎められるだろう。
「申し訳ありません、会議の最中ですが失礼します!」
切り札を切るべきか、切らざるべきか五人の議員達は話し合うが、その最中に彼らの部下の一人の男が部屋へ入ってくる。
重要な会議であるにもかかわらず、無理を通して入ってきた男に五人の視線が一斉に集まる。
並大抵事ではこのように会議室へ入ってくるような者はいない。何かしら緊急事態が起きたのだと察し咎めずに話を促す。
「一体何があった?」
「実は……」
男は緊張しながらも、はっきりと要件を告げる。
すると、五人の議員達は一斉に顔色を変え、慌てた様子で声を荒げる。
「何だと!?」
「い、今は何処に!?」
「実は……」
「ここにいます。お久しぶりですね各々方」
慌てる五人の議員の前に現れたのは艶やかな金髪をオールバックで纏め、質の良い燕尾服を纏った執事風の男だった。
だが、彼らは彼が執事などではない事を知っている。
一斉に立ち上がり、頭を下げる。この国のトップである議員達がだ。もし第三者がいたのならばこの男は彼らよりも格上なのは誰の目から見ても明らかだっただろう。
「ああ、そのままでいいですよ。会議中に割り込んだのは私の方ですから」
「は……はぁ、クロウ殿。一体いつ王国からここに? 監査はつい先日済んだはずですが……」
五人の議員達は素直に座り直し、訪問の旨を訪ねる。
クロウと呼ばれた男は王国から派遣された監査官だ。
王国の属国には、王国に下る際、様々な盟約を交わされ、言葉通りつい先日も監査が行われ済んだばかりだ。
毎月の奴隷の上納や食料や資源等の優先的売買。その他のも様々な盟約があり圧倒的に王国に都合のいい盟約となっているが、その対価として神の祝福が齎されるとも思えば安いだろう。それほどまでに神の祝福と言うのは高い。
「いやなに、今回は別件です。聞けばあの『パンゲア』が奴隷解放を大義名分として攻めてくるというではないですか」
「そ……それは」
「まさか、――降伏する。などとはいいませんよね」
「それはない! それだけはありません!」
必死に首を横に振り否定する。
神の祝福を授かりながらも、王国を裏切る。そのような最悪の手だけはティルファング共和国を取り仕切る彼らでも取れなかった。もしそのような手を選べば、国も何もかも残らない。――土地でさえも。
――残るのは巨大なクレーターのみ。その事実を知っている彼らは考えに及んでもその手だけは取れなかった。
「そうですか。相手は帝国も認める程に強力。少なからず、王国からも力を貸しましょう」
クロウはパンパンと手を軽くたたくと入口に待機していたのか一人の騎士が現れる。
その騎士は全身を甲冑で纏い見た事もないデザインが施され、頭部を護る兜の目元には黄色いバイザー。そして他に類を見ない黄色の鎧、背には身の丈よりも巨大な槌が背負われていた。
全身を黄色で纏った騎士は、一言も発さずにクロウの隣へと並び立つ。
あまりにも異質な姿に五人の議員達は飲まれ、ごくりと喉を鳴らす。
「この者は新しく召喚した異界の勇者です。この者をお貸ししましょう」
「ゆ、勇者様ですか!? よ、よよ、宜しいので?」
「ええ。元より『パンゲア』には勇者を派遣する予定でした。それにティルファング共和国は我が国としても失うには惜しいと全王陛下は仰っております」
「全王陛下から……! 判りました! 勇者様のお力、お借りいたします!」
五人の議員達は一斉に立ち上がり、頭を深々と下げる。
「それでは、私はお暇しましょう。くれぐれも全王陛下を失望されぬよう……」
「はっ!! 必ずや『パンゲア』を打ち破り彼の女王を全王陛下に献上いたします!」
「美少女という話ですからね。きっとお喜びになるでしょう」
神の祝福に加え、更には勇者の力があれば怖い物はない。
全戦力を持って『パンゲア』を迎え撃つべく、五人の議員達は意気鷹揚と作戦を詰めていく。
勇者と呼ばれた黄色の騎士は何も語らず、ただ成り行きを見守るかのように立って――そう見えるように仕込まれていた。
そんな彼らを背に、クロウは革のブーツを鳴らしながら通路を進んでいると、不意に視線を中庭に向けて腕を振るう。
すると、腕から真空の刃が数千も巻き起こり、庭木を剪定するかのように細やかに余分なものを切り裂いていく。
草木が微塵に刻まれ、――どさりと静かに音が鳴り植込みの地面を赤黒く染めていく。
「……はぁ。中枢まで密偵が入っているとは、判っていましたがもうこの国はダメですね。まぁ、実験の役に立てば全王陛下もお喜びになられるでしょうね」
クロウはこれから起こる戦争が、まるで演劇であるかのように笑みを深く浮かべる。
「異世界の魔王よ。凶星と呼ばれたその力、見せてもらいますよ」
クロウの楽しみで仕方ないと言わんばかりの独り言を聞く者は誰もおらず、革靴の音を鳴らしながら施設を後にするのだった。
――戦艦ゲセルシャフト・応接室――
「では、この条件で」
「ああ。此度は共に力を合わせよう」
『トライデント連合王国』の三王の一人、ツェンブルとイヴはゲセルシャフトの一室で握手を交わす。それは二国間の間で対ティルファング共和国への共闘が結ばれた瞬間だった。
長年『トライデント連合王国』と『ティルファング共和国』は敵対関係にあり、特に誘拐の被害が大きい。
『トライデント連合王国』では多くの国々の集合体であり、それ故に多くの人種が混ざり合う。
中には獣人や人魚、ハーフリンクなど亜人も多く、亜人を狙った誘拐被害も多い。
『トライデント連合王国』もされるがままではなく、幾度となく軍を向かわせるもその頃はエッケザックス国からの横やりが多く、小競り合いに留まる程度で終っていた。
(今思えば、エッケザックスの貴族とティルファング共和国は繋がっていたのだろう。でなければああも都合よく横やりが入るとは思えん)
此度の『パンゲア』の宣戦布告は『トライデント連合王国』にとっても幸いだった。
エッケザックス国ならまだしも、新興国である『パンゲア』とは未だ関係は悪くはない。密偵を潜ませるなど諜報活動をしているが、それは国として当たり前だ。
犠牲を負いながらも手に入れた情報はやはり一筋縄ではいかないという事実。
当初は攻めて併合するという意見も多かったが、調べていくうちに『パンゲア』が自分達よりもはるかに技術を持った国と言う事が判明した。
そのような国が怨敵たる『ティルファング共和国』を攻めると言ったのだ。正しくは奴隷解放と奴隷マーケットの閉鎖を要求したのだが、彼の国の事を知っている国々には宣戦布告としか見えない。
ツィンブルは即座にデリオやガルバリオと協議した。
「エッケザックスとは違い、パンゲアは話が分かりそうですなぁ。私としては一度話をしてみても良いとは思う」
「むぅ……、だがつい最近出来たばかり新興国だぞ? 話は通じるかもしれんが、力があるかは別だろう」
「そうでしょうか? 長年無駄に横やりを入れてきたエッケザックスを実質滅ぼしたのはその新興国です。それに、パンゲアの力は信じられずとも、ヒルデガルド皇帝の人の見る目は確か。彼の女帝は力無き者は決してお認めにならないのは貴方も知ってるでしょう」
「そうですなぁ。それでも信じられないのであれば、自分の目で確認するのが一番。ガルバリオ殿今回の共闘はそれを見定める機会として受け取ってみれば如何でしょうか?」
「むう……デリオ殿の言う事も一理ある。共闘と言っても表立つのはパンゲア……相手の戦力を削れば利するのは我らか。良かろう。俺も賛成だ」
「では、共闘提案は可決と言う事で」
「はい」
「うむ」
三者の合意が成った後、直ぐに使者に共闘の書状を持たせ『パンゲア』に送り出した。
イヴは『トライデント連合王国』のそのような事情も全てランペイジから聞き及んでいた。
その話を聞いた時、イヴは『トライデント連合王国』に狙いを定める。
狙いを定めると言っても攻める訳ではない。
『トライデント連合王国』は多数の亜人を抱え込み、騎獣による機動力に優れた国だ。イヴにとって、否、ゲセルシャフトにとって相応しい国だったのだ。
世界を統べるには一か国だけで統一する必要性はない。また新しく友となれそうな友好国の存在も必要だ。
それが『トライデント連合王国』だ。
「いやはや、まさか貴国が共闘の申し出をしてくれるとは。正直、ありがたい限りだ」
「それはこちらの台詞です。長年の因縁に終止符を打つ機会が迎えられるのですから」
「奴隷に関しては、我も思うところが多い。全てを否定は出来ぬが、我が国民は我のモノだ。盗むなど言語道断」
「ええ、そうですね」
互いに内心を隠し、見定めながらも休憩の歓談に移るイヴとツィンブル。
「ほぅ……これは初めて呑みましたが実に美味しい」
「コーヒーという奴だ。今回はミルクを入れさせて貰ったが、苦みがきついのであればポットの中の砂糖を入れるが良い」
「いえ、大丈夫です。この菓子と合い実に良いですね。これは一体どこでお売りになられてるのでしょうか?」
「すまぬが、それは我の手作りでな」
「……女王自らですか?」
「気晴らしに作るだけだ。城の皆や孤児院でも意外と好評なのだぞ」
「これならば子供は喜びそうですね。孤児院と言えば――」
「栄養に関してだがな――」
話は休憩の合間に出された茶は茶菓子の話から孤児、難民の話に移り変わるもとりとめない歓談が続けられる。
イヴは見た目にそぐわず、女王としての素質は溢れ出ており、傲慢さの中にも確固たる民を護る気持ちが感じられていた。
ツィンブルもまた、決してへりくだるでもなく、かといって無駄に偉ぶるでもない。マトモに話が通じる良い王であるのはイヴの目から見ても確かだった。
(少々、奴が我を見る目が熱を持ってるが……まぁそこは目を瞑ろう)
若干、その目に潜む熱にイヴは背筋を寒くしながらも今後の話について詰めていく。
(そういえば、つい最近も似たような悪寒を感じたような……気のせいだろうきっと)
イヴは目の前にいるツィンブルがその悪寒の張本人とは気づかず、サラサラな銀の髪を掻き上げ無意識に魅力を振りまきながらも打ち合わせを続けるのだった。




