38話 捕まったネズミ
『トライデント連合王国』の諜報部隊の長、ランペイジは焦っていた。
盗賊団を勧誘していると話を聞い、金を使って盗賊団に配下の者達と共に入り込み、特に疑いも持たれずに『ゲセルシャフト』なる古代遺跡と思われる船に入り込む作戦は順調だった。
戦力の情報も向こうから開示し、その強さや圧倒的な技術力には目を向く。特に女王イヴはウケラノス帝国皇帝に匹敵するのではないかと思うほどだった。
調べていくうちにランペイジは『パンゲア』の付け入る隙を見つけた。
それは決定的な人手不足。『レイ』を初め文官の数は足りているが、兵士の数が圧倒的に足りていない。
如何にパンゲアの女王、イヴやNo2らしき少女、『戦闘員』と呼ばれる者達が強かろうとも個でやれることには限度がある。
戦力を分散させ、この『ゲセルシャフト』を制圧できればこの国は容易く取れるだろう。
その中で軽薄でお調子者の『戦闘員』を見つけれたのは幸先が良かった。
泥酔し、足取りもおぼつかない素人を付けるのは簡単すぎる仕事だった。
一部の者しか通ることが出来ない厳重な扉でさえもおざなりにし、トイレに駆け込んだときは絶好の機会、天運は我ら『トライデント連合王国』に味方したとさえ思った。
今まで、他の国々も商人や日雇いの料理人、メイドなどに扮し入り込むもあの扉だけは誰も通れなかったのだ。
つまり、あの中が『ゲセルシャフト』にとって一番重要な部分。それを調べ上げる事が出来れば後は強襲部隊が何とかしてくれる。
『トライデント連合王国』の強みは圧倒的な機動力と多方面の制圧力の他に、ごく一部の者達しか知らない国王直属の諜報部隊と制圧部隊による本陣――つまり、王を取る。
取るといっても本当に命を奪う訳ではない。戦争を止めるか、又は併合するか、死ぬかの三択だ。
それにより、多くの国が『トライデント連合王国』の傘下となり、小国の連合ながらも大国の支配を退けていた。
近いうちに『エッケザックス国』も同様にするつもりだったがそれよりも速く滅び、『パンゲア』となった。だが、『トライデント連合王国』のやることは変わらない。
諜報部隊はダンジョンの深部まで入り込むことが出来、制圧部隊はダンジョン最下層にいるヌシを倒す事が出来る猛者達だ。
『パンゲア』もまた、同様に併合、又は屈服、あるいは滅ぶ――かと思われた。
(甘かった。何もかも甘かった!!)
最後のエリアに辿り着いたランペイジはただひたすらに後悔に苛まれていた。
来るべきではなかったと――あの扉を抜けた時から自分たちは嵌められていた。
時は遡る。銀二の隙を見計らい、重要区画に入り込んだ各国の諜報部隊たち。
扉を潜り抜けた先では誰一人としておらず、まるで予め人払いでもされたかのように人の気配が皆無だった。
訝しみながら自分達に便乗する他の国の諜報部隊と進んでいると、突如けたたましい音が鳴る。
次の瞬間、地響きとともにゆっくりと天井から扉が下りてきた。
「走れ!!」
ランペイジは咄嗟に叫び、力の限り扉を潜り抜けると、進行方向の天井から次々と扉が下りてきた。
諜報部隊は足が速いものが選ばれ、ランペイジの部隊は難なく全員潜り抜ける事が出来たが、他の国々の諜報部隊はギリギリだった。
引き返そうにも扉は閉じ、ダガーや鋼鉄の杭で打ち付けるも扉は傷一つ付かない。
当然だ。これは対ヒーロー用の防火シャッター。人の手では開ける事は適わず、ヒーロー達の必殺技でも無ければこじ開けるのは不可能だ。当然、怪人でも同様である。
扉を開けるのは諦め、ランペイジを筆頭とした各国の諜報部隊は先へと進む。
その先もまた地獄だった。
突然現れた巨大な谷と言うべき大穴。何故船の中に大穴があるのか解らなかったが、ランペイジ達は助走を掛けて大きく跳躍し飛び越えるも、一人が距離が足らずに穴の中へと消えて行った。
他国の諜報部隊も同様。脚力と跳躍力に長けた者しか飛び越えられず、残ったものは全てが落ちるか、諦めてその場に立ちすくむしかなかった。
不可解な大穴により、貴重な人員を失ったランペイジ達はなおも進む。ダンジョンでは罠はつきもの。
突風によりまた一人穴の底に落ち、一切の光すらない闇の中でランペイジは多くの仲間達を失った。
これもまた同様に古代遺跡の罠なのだろうと思っていた。そう思うしかなかった。どれもこれもがダンジョンであるような罠だったのだ。
誰が想像するだろうか。これがイヴ達の手により操作された罠であることを。
もし、何も情報が手に入っていなければランペイジ達は自棄になっていただろう。
だが、ある程度進んだ先では重要な情報が幾つも手に入った。
それは『ゲセルシャフト』の艦内の地図だ。それにより、ランペイジ達はこの先に最重要区間の研究室や兵器開発室、動力炉、果てにはイヴとヒーロー達が決戦を繰り広げた王の間まである。なおこの部屋は艦長室の代わりである。
他のどの国もが、ウケラノス帝国でさえつかむことが出来なかった情報を手に入れたランペイジは更なる情報を手に入れるべく先へと進んだ。この成果だけでも相当なものだが、証拠となるものを持ち返らなければ意味がない。それに帰り道になるであろ緊急脱出路もこの先にある。
前に進むしかなかったランペイジ達はイヴ達の手により次々と数を減らす、ついには他国の諜報部隊は全滅。ランペイジ率いる選りすぐりの中で最も優れた三人だけになってしまった。
「長……」
「皆までいうな、ここさえ抜ければ脱出できる。何としてでもここの情報を持ち返るぞ」
「……ああ。ここはダメだ」
長年の経験、そしてここに至るまでの過程で三人は決断していた。
ここを攻めれば全滅すると。
今の今まで一匹たりとも人は愚かモンスターとも遭遇していない。罠だけでここまで減らされたのだ。
制圧部隊が来たとしても、誰一人残ることは不可能。
ランペイジはこれだけは命を賭して進言するつもりだった。
それに、手土産もある。未知の兵器と、設計図だ。
ランペイジ達はここに来る前に、『銀二』とネームプレートが書かれた部屋に入り込み、そこで黒い筒状の武器らしき物と、人型起動兵器と思われる設計図を手に入れた。
ランペイジ達はこの部屋は研究所員の部屋だろうと思い、他にも探ってみたが女性の裸が描かれたいかがわしい本がベットの下から見つかったぐらいで他には対して見つからなかった。
本はそっと回収された。
未知の兵器と設計図さえあれば、自分はともかく部下二人の命ぐらいは助かるだろう。
娘と、一番弟子だけはランペイジは護りたかった。
後はこの何かあると思わしげな、全面ガラス張りで昼間のように明るい通路を抜けるだけだ。
ここをもしヒーロー達、もしくは軍の兵士がいれば起動する前に駆け抜けるか、投降するか選んだだろう。ここはそういうシチュエーションを揃えた部屋だ。しかもご丁寧にマイクまで付けられている。
ランペイジ達はマイクの存在に気付くことなく、部屋へと足を踏み入れる。
全員が通路の部屋に入った瞬間、バタンと扉が閉まり上から鉄格子が降り退路を防ぐ。
「罠かっ!」
「最後の最後で……!」
「だが、ここさえ抜ければ――!?」
ランペイジ達は目を見開く。扉の前から意味ありげな一筋の光の線が真横に走り、こちらへと向かってくる。
今までの罠を受け続けてきたランペイジ達はその光の線に危機感を覚え、娘が身の軽さを活かして大きく飛び越え、同じように一番弟子も光の線を飛び越えようとするが――光は一番弟子の動きに合わせて動き、胴体を通過する。
バチンと強烈な光が発したかと思えば、一番弟子の男は全身から煙あげぴくりとも動かなくなる。
最後のランペイジにも光は追尾してきたが、壁を蹴り天井近くまで跳躍すると光は追い切れずにそのまま通過する。
これで終わったかと安堵したランペイジ達だが、罠はまだ続いていた。次は数を増やし3つ。
しかも波打つようにランダムに動きながら迫ってきた。
娘は光の動きを見極め、前に飛び込むが足先が光の線に触れ、一番弟子と同様に倒れ込み動かなくなった。
ランペイジは身体を捻り、体の向きを横に代えて回転しながらも光の線を掻い潜った。殆ど真横に近い動きに、着地に失敗し地面に叩きつけられたランペイジだが、入り口はあと少しだった。
「とうとう俺だけか……だが――――!?」
今度こそ終わりかと思ったランペイジ。だが、本当の絶望はここだった。
次の光は三本、そして上下からも光は伸び格子状となって迫ってきた。
「は……はは……」
もはや抵抗する気力すら失せたランペイジ。膝をついた状態で格子上の光を受け、全身にしびれるような痛みと共にその意識が消え去った。
『ゲセルシャフト管制室』
『トライデント連合王国』諜報特務部隊が壊滅する様子を見ていたイヴだが、最後の光景を見てため息を吐いた。
「レイ、やり過ぎだ」
「えー、折角用意したのに」
「気持ちは分からんでもないがあれを抜けるのは無茶があるだろう。切断でなく、電流スタンに留めて置いたのは正解だが」
やってみたかったのでやってみたのだろうとイヴは察した。
とはいえ、今回は無事全員捕える事が出来た事にイヴはほくそ笑む。
「これで諜報だけで50人か。順調だな」
「情報の吸出しも順調に行ってるし、記憶の改ざん処置もばっちりだよ」
『確保した侵入者達、一部は骨折などしてますが命に別状はありません』
「そうか。ならば治療カプセルに放り込んでおいてくれ」
『了解』
そう。イヴ達の狙いは諜報員たちがもつ各国の機密情報だ。
その為に商人やウケラノス帝国の伝手を使い、大々的に『パンゲア』の情報を流布した。
古代遺跡ともなれば、興味を示す国も多い。艦の写真もそれの後押しとなり、調べようと躍起になってくる。
それをイヴ達は罠で捕え、以前リンを襲っていたエッケザックスの兵士にやったように記憶の吸出しを行ったのだ。
今では多くの国の情報がデータバンクに保存され、人口、兵数、地形、果てには発覚した場合国家転覆の恐れのある情報まで入手していた。
その中で『トライデント連合王国』が『パンゲア』を狙っていると情報が入り、わざとトライデント側に山賊、盗賊達を兵士として雇い入れるという情報を流した。
欺瞞情報ではなく、事実だったので案の定トライデント側の諜報員が入り込み、こうして捕える事が出来た。
「レイ、捕えたうちの半分は記憶の改ざん処置を終えたら離していい」
「了解。残りは?」
「決まっている。見どころの有る奴は勧誘するが残りは我らの諜報部隊『シャドウ』に改造し、活躍してもらおう」
『了解しました。では、改造の為の準備をこちらで整えておきます』
淡々と作業をこなすシルバーイーグル。イヴとしてはありがたかったが、『正義のヒーロー』側である彼がこうも非人道的な事にも協力的な事に若干の疑問を抱いた。
「なぁ、シルバーイーグルよ。協力してくれるのは非常にありがたいが、本当にいいのか? こういうのはお前たちの趣旨に反するだろう」
『確かに、何の罪もない一般人が被害にあうのでしたら、私は止めました。ですが、相手はこの国を滅ぼす為に動く明確な敵です。私の今の正義はこの国を救うと決めた『イヴ』にあり、その為ならばある程度の非人道的な所業も受け入れます』
「そうか。ならば、その正義を我は受け入れよう」
人工AI故に、偽り隠す事ない本音にイヴは安堵した。
そしてこれからも、その正義を裏切る事のないように、あの時の宣言を反故せぬようイヴは動いた。
一先ずは、諜報部隊『シャドウ』の取りまとめとして、どうやってランペイジを取り込むか記憶を覗きながら画策するのだった。




