34話 エピローグ
――魔導飛行船『ヒルデンブルグ号』船内――
「陛下、宜しいのですか?」
「ん、何がだ?」
王族専用の部屋でゆったりとイヴから分けてもらった珈琲とチョコを堪能していたヒルダに、クロードは怪訝そうな顔をしながら『パンゲア』を出立して以降、胸の奥底に抱えていた疑問を口にする。
「『パンゲア』ですよ。元より旧エッケザックスは『トライデント連合王国』や『グランギニョル公国』の傘下国と隣接しております。アリシア王女様の飛竜近衛部隊がいるにせよ、軍備は脆弱。如何にイヴ様が強くても、戦力不足では」
「問題なかろう」
クロードの懸念をヒルダはバッサリと切り捨てる。
チョコを一口食べ、満面の笑みを浮かべながら新しいチョコの封を開ける。
「余も当然問うてみたが、イヴはなんと返したと思う?」
「……一体なんと?」
「”戦いは始まる前に勝敗が決している”だそうだ。あいつ、既に何かしら手を打っているようだ」
「そのようなそぶりは見せておりませんでしたが……」
「恐らくは、余達に忠告した事が関係しておろう。ん~……♪ このチョコとやらは美味いな!」
ヒルダが蕩けそうな表情でチョコを満喫している一方、クロードはイヴから忠告された言葉を思い出す。
『ああ、そうだ。一つ忠告しておく。密偵や諜報の類は艦内に入れぬ方が良いぞ。巻き込まれても我は責任は取らぬ』
あのように目立つ巨大戦艦はこの世界何処を探してもない。今自分たちが乗っている飛行船が着陸できる程の規格外の船だ。
まるで一つの遺跡如き巨大戦艦を知りたいと思うのは人の性だ。
「余の勘も告げておる。あれに密偵を送っても一人としてマトモに帰ってこないとな」
「陛下の勘ですか……。それなら信用できますね」
「だろう! やはりイヴは凄い奴だ! 嫁にしよう」
既に確定事項にされている事に、クロードはイヴに同情の念を送ろうとするが、女性同士の絡みも好んでいるのでやっぱりやめた。
ヒルダの側近はマトモな精神構造では務まらないのだ。
「では、密偵は町までに留めて置きます」
「うむ。それが良い。んふ~♪」
チョコをぱくりと食べ、続けてまた新しい封を開けようとするヒルダからクロードはチョコを取り上げる。
「ああ!?」
「陛下、食べ過ぎです。イヴ様も仰ったでしょう。食べすぎると身体に毒だと」
「むー毒でも喰らうぞ、余は」
「貴女に毒が効かないのは知ってますが、そういう事じゃありません」
ヒルダには不思議な事に毒の類が全く聞かない。それはヒーローとしての力の一つだが、この世界ではヒーローと言う者は存在せず、彼らはこの力を神の”祝福”に近くも遠い力、人の”才能”読んでいた。
ヒルダは毒無効の才能により、毒殺の懸念が消えた。本人は他の王族のように冷めた飯を食わず済むし、毒見役が犠牲にならずに済むと大変喜んでいたが、一番の喜びは恐らく前者だろう。多分。
チョコの甘ったるい口内を流すようにヒルダは珈琲を啜る。これもまた帝国内にはない嗜好品だ。これには量があったので麻袋一つ分譲り受けている。
「それにしても、何故イヴ様はあのような事を仰ったのでしょうか」
「あのような?」
「世界の半分ですよ。陛下の側近たる自分が言うのもなんですが、あのまま陛下と婚姻なり帝国の支援を受けて動く方がずっと楽なはず。なのにそれをしなかったのが不思議で」
クロードもまた珈琲を啜り、苦みが口に合わなかったのか砂糖を三杯入れて含む。追加で5杯入れた所でヒルダがカップを置き、ふぅと息を吐く。
「ああ……その事か。余の考えだが、イヴは恐れている。自分自身を」
「自分を恐れる、ですか?」
「人の欲とは留まり知れぬ。欲望の果てに待ちうける末路はクロード、お前も良く知っているだろう」
「ええ」
ウケラノス帝国は大国であり、貴族の欲望渦巻く魔窟だ。
違法奴隷売買、情報漏えい、違法薬物に詐欺殺人など何でもござれだ。
ヒルダも持ち前の勘を活かしているが如何せんすべてに目を行き渡すのは不可能。国を離れている最中も欲に負けた連中が蠢いている。
欲望に果てはなく、欲に負け犯罪に手を付ける者は後を絶たない。その末路は破滅だと知ってもなお。
「イヴはいざという時に止めてもらいたいのだ。だからこそ、余に残りの半分を任せた」
「止める為……」
「イヴとて万能ではない。悩み、苦しみ、嘆く一人の人だ。如何に強靭な精神、肉体をもってしても人なのだ。余も同じくな。だからこそ、いざという時は止めてほしいのだろう。それは慕う仲間では無理でも、余ならば剣を向けれる」
クロードはなんとなく判るような気がする。皇帝であるヒルダが気まぐれに世界を滅ぼす為に征服を始めたとしても、陛下を止める為に剣を向ける勇気はない。
そもそも魔法が得意な自分が剣を向けるのも可笑しな話だが、暴虐を止めれるかと言われたら即断はできないのは確かだ。
「余はそのためにも強くなる。イヴを止めれるよう。対等で居られるよう。それが友としての役目……違うな。それが友だからだ」
今の今までヒルダが対等とする人は現れなかった。長年側近として働いてきたクロードも、大将軍であるゴーサムでさえも友ではなく配下なのだ。
アリシアや他の王女殿下たちも友ではなく家族であり、対等な友とは言えない。
此度念願の友が現れたのだ。唯一無二と言っても良い互角以上に渡りあえ、笑いあえる友が。
「クロード、忙しくなるぞ。召喚された勇者のうち四人は逃がしたとはいえ、公国の手の内に四人も勇者がいる。しかも聞けばイヴと敵対していた者達がだ。逃がした者も含め、勇者たちの動向には目を配れ。あれ以降動きが無いのが妙に不気味だ。いざとなれば余が出陣する」
「判りました」
クロードは深々と頷き、自分もまたチョコを含む。
甘ったるくなった珈琲とチョコの味。
黒と黒が笑える未来を作る為に、帝国の宰相は粉骨砕身を誓うのだった。
「所でクロードよ……その、砂糖を入れ過ぎではないか?」
「まだ十杯しか入れてませんが」
「多いわ」
一章はここで終りです。次からは二章が始まります。ストックを吐きだし次第、ノベルアッププラス同様ニチアサタイム更新となります。




