2章プロローグ
――トライデント連合王国・ゲイボルグ首都『ルーン』――
トライデント連合王国は『ゲイボルグ』『トリシューラ』『グングニル』の三ヶ国を中心として周辺各国を取り込み形成されれる連合国家である。
トライデント連合王国は一つ一つは中規模な軍程度しか持たないが、それ故に大国よりも機敏に動くことが出来る。
国中を張り巡らされた街道は有事の際には機敏に駆けつけ、困難と対峙するその動きは大国であるウケラノス帝国やグランギニョル公国でも唸らせるほどである。
兵もまた独自だ。
『ゲイボルグ』はラプターと呼ばれる馬ほどの大きさを持つトカゲの騎獣を有している。ラプターは機動力もあり、牙や爪は鉄の鎧を砕く力を持っている。
『トリシューラ』はグリフォンの繁殖に成功した世界唯一の国だ。
グリフォンはワイバーンよりも早く空を駆け、暴風の中でも平時と変わらず飛ぶことが出来る。
グリフォンはその圧倒的な機動力を生かし、戦闘だけでなく諜報や伝達など大国に劣らない伝達速度を持つ。勿論、城壁を飛び越える戦闘力も脅威だ。
『グングニル』は馬である。だが、その馬の大きさは4mもあり圧倒的な速度と馬力を活かし、物資の運送を一手に引き受けている。
無論、その馬力は戦場でも使われ、4mの巨体の突進をまともに受ければ人は勿論、ウケラノス帝国製の人型魔導兵器でも一溜りもないだろう。
様々な工夫により。中規模の国々の集まりでも大国と渡り合えるほどの力を有していた。
そんなトライデント連合王国にて、天にそびえるような巨大な塔で連合王国の王たちが一堂に会していた。
王たちの前には一つの議題が持ち上がっていた。
それはエッケザックスが滅び、新しく新興国として立ち上げられた国の事だ。
一番に口を開いたのはグングニルの王、デリオだ。ふくよかな身体を揺らし、豊かなあごひげをさすりながら、大きな机の上に開かれた一枚の地図を見やる。
その地図は周辺各国の詳細な位置が記されており、全員の目は一つの小さな国へと向けられていた。
「新興国『パンゲア』か。まさかこの時代に新しい国を立ち上げる奴がいるとはな」
戦乱の世では多くの国々が立ち上がる事があるが、それは元からあった国や種族、部族が独立し国として名乗りを上げるのが主だ。
それを国として認められるにはそう簡単な事ではない。それこそ大国や周辺各国のお墨付きでも無ければ。
『パンゲア』は大国でもある『ウケラノス帝国』のお墨付きだ。国として認めるには十分だ。
国は出来たてが一番脆い。そこを見逃すほど『トライデント連合国』は甘くない。
三人の中で一番若く、力強い『ゲイボルグ』の王、ガルバリオが地図を前に肉食獣のように瞳を輝かせ舌なめずりをする。
筋骨隆々なその体は王と言うよりも戦士と言っても差し支えない。
「ならば、早速と切り取りにいくか。我らの機動力があれば三日もあれば落とせよう」
新興国は常に食われる危険性が高い。新興国と言うからには軍備も揃っていない国だ。大軍で攻めればあっと言う間に落とされ滅亡する。
戦乱の世ではそれが当たり前となっていたが、パンゲアは別だ。
情報を多く集めている『トリシューラ』の王、ツェンブルが首を横に振る。
彼は眼鏡をクイっと直し、鋭い視線でガルバリオに視線を突き付ける。
「ガルバリオ殿、慎重になった方がいい。『パンゲア』はあの皇帝自らが同盟を結んでいる」
「新興国だというのにか? 友好国や傘下国の間違いではないのか?」
「いや、皇帝自らの口で同盟を結ぶと言っていた。それも対等とな……」
「何と!?」
「対等だと!?」
ツェンブルの言葉にガルバリオとデリオの両名が大きな声をあげて驚愕する。
驚くのも当然だ。
ウケラノス帝国と友誼を結んだ国は数多くとも、それは全てがウケラノス帝国が上位だ。
だが、唯一『パンゲア』だけが対等である同盟を結んでいる。この事が『パンゲア』がただの新興国ではない事を如実に示している。
その証拠をツェンブルは掴んでいた。
「これを見てください」
「これは……小さいが……見事な絵だな」
「俺ンとこの宮廷画家より上手いな。まるで本物のようだ」
彼らが見たのは『パンゲア』で売っている写真だ。
『パンゲア』では多くの人に国を知ってもらおうとこうして写真を絵として販売している。精巧な写真は多くの人達に好まれ、商人は勿論のこと市民までもが一家に一枚は買っている。
ツェンブルが買ったのはその中でも二番目に高く、そしてなによりも人目を引くものだ。
「だが、何だこれ。船が陸に乗り上げちまってるじゃねぇか。どうすんだよこれで」
そこに移っているのは巨大亜空戦艦『ゲセルシャフト』だ。
「町の住民に聞き込みをしたのだが、どうやらこの船、ここで作られたのではなく空を飛んでやってきたらしい」
「は?」
「空、だと?」
こんな巨大な船が空を飛ぶだなんて信じられないが、トライデント連合国の王たちはウケラノス帝国が所有する飛行船団を知っている。
「諜報部隊が調査したところ……これはある種の遺跡のようなものらしい」
「移動型の遺跡か。確かに古代文明には空を飛ぶ船があると伝承では残っているが……まさか本当に実在していたとは」
「それならあの皇帝が同盟を結んだのも納得だ。有るんだろ、大砲が」
「ああ。それは多くの住民が見ている。それに飛竜部隊もいると」
「空もか……厄介だな」
彼らは知らないだろう。その調査結果が捻じ曲げられていることを。
彼らは知らないだろう。決め手が『ゲセルシャフト』でなく、総帥であるイヴであることを。
「ならば、先にこれを調べる方が先決だな。下手に突っ込んだらヤバそうだ」
「新興国とはいえ、舐めてかかればやられるのはこちらの方か」
「慎重に、万事に備えて調べ上げましょう。攻めるのはその後です」
ツェンブルの案にガルバリオもデリオも同意する様に頷く。
彼らは知らないだろう。深淵を覗く時、深淵からも覗かれていることを――。
(そう。何れはこの子とも出会えるでしょう。ああ……何と可愛いのでしょうか。麗しき君よ、待っていてください)
ツェンブルは二人には伝えずにいた。
諜報部隊が手に入れた写真の中で、最も高かった写真に写った一人の銀の髪を持つ美しく可愛い女性の事を。
イヴ・ゲセルシャフトのブロマイドを、ツェンブルは懐の中で抱きしめ何れ会う夢想を抱いていた。
すでに深淵に取り込まれた者がいるのかもしれない。
――ゲセルシャフト艦内・大浴場――
政務の仕事をゆったりと癒していたイヴ。
そんなイヴを甲斐甲斐しく背中を洗っていた美月だが、イヴは突然ぶるりと背筋を震わせる。
「何か物凄い悪寒が……!?」
「イヴさん、大丈夫ですか?」
「うむ……風邪ではないとは思うが……」
「温まって早く寝た方がいいですよ。イヴさん、今は王様なんですから」
「そうだな。今、忙しい時期に風邪を引いたら皆に迷惑がかかる」
総帥とはいえども風邪はひくらしい。




