26話 愚か者の悪あがき
時間帯は夜。
とある大きな屋敷では蝋燭立ての明かりが照らしているにも拘らず、使用人は殆どおらず静まり返っていた。
つい2日前までは多くの使用人たちがせわしなく動き、今の時間帯は屋敷の主を持て成すべくメイドや執事達が動き回っていた。
しかし、今では残ったのは長年、主に使えてきた老年の執事長ただ一人。
彼は主の、そしてこの国を終わりを見届ける為に残っていた。
「ふざけるな親父殿!! こんなの受け入れられるか!!」
幾度となく聞いた怒鳴り声。酒に酔い、酒乱の気を露わにしながら怒声を自らの父親――エッケザックス国王へと向ける。元が付くが。
「受け入れるしかないのだ。我が国ではウケラノス帝国に逆らう事は出来ぬ。その場で処罰された無かっただけ温情なのだ」
と、エッケザックス国王だった男――、エドガー・クダーラ・エッケザックスは息子であり元王子だったズールにくたびれたように呟く。
敗戦の後処理や貴族たちの対応、その他諸々の処理を終えたと思ったら、他の国を荒らしまわっていた王子がウケラノス帝国の国を丸ごと取り潰しに激怒していたのだ。
気持ちは分かる。ウケラノス帝国のバックアップの元、エッケザックスの領地を広めるべく近隣の小国を制圧していたのだ。
勝利に次ぐ勝利に有頂天となっていたところに、クサナギ国との戦争で惨敗。
さらに突き落す様にウケラノス帝国からの傘下国からの追放の上、剥奪。これを示すのはウケラノス帝国に完全に取り込まれるという事だ。
逆らう事も出来るが、それは無謀の二文字。勝ち目など万が一にも億が一にもないのだ。
「温情!? これのどこがだ!! 帝国は大きいが所詮女が収める国だ! そんな奴らエッケザックスの精鋭と俺の『カルバリ』の力があれば」
「ズール……」
――何を愚かな事を言っている。とエドガーは怒鳴りたくなったが、それ以上にズールの余りの馬鹿らしさにそれすらいえなくなった。
そのカルバリの出所はそのウケラノス帝国だ。王族用としてカスタマイズされているものの、ウケラノス帝国に配備されている魔導兵器の方が格段に性能は上。
それにあの女帝は正真正銘のバケモノだ。エドガーは一度だけ戦いを見た事があるが、あの《・・》公国と矛を交えるだけあってただの女ではない。
さらに高いワインを煽り、未だ理想論――妄言だけを言う王子であったズールを王は見限った。
「そこまで言うのであれば好きにせよ」
自分が出来るのはもう何もない。娘は既に王妃と共に中立国である商国へと逃がしたのだ。あの国は金さえ払えば何でも引き受けてくれる。王妃は幸いにも幾つか商国に店を持っている。金が大好きなアレは金儲けの才がある。飢える事はないだろう。
不意に視線を天井へと向けるが、何も起きない事に深く息を吐くとエドガーはゆっくりと席を立つ。
「今から四日後にヒルデガルド皇帝と何者かの会談がこの地で行われる。そこでお前の好きにすれば良い。王になりたければ勝手になれ」
「ああ!! この俺様こそがこの大陸の王に相応しいと見せてやる!!」
根拠のない自身に間違いなく子育てに失敗したと思いながら、エドガーは唯一残った老執事と共に部屋を出る。
「すまんな……」
「いえ、この老い先短い命。最後まで陛下と共に」
「よいよい。もう儂は王ではない。ならば友と戻ろうではないか」
「……そうですね。エドガー、これからどうなさるおつもりで」
「この始末は帝国に任せる。あのバカは見張られている事にも気づいておらん」
エドガーの言う通り、天井裏にはウケラノス帝国の諜報部隊が潜んでいた。万が一の為に潜ませていたのだが、エドガーは長年の経験で気づいており、ズールは酒の事もあり微塵も気づきはしなかった。
「では、この事は帝国には?」
「天井裏にいる者達が伝えるだろうが、一応は儂から手紙を書いておこう。儂から国を取り上げたのだ。これ位はな。あとは――そうだな。昔みたいに旅に出ぬか?」
「若い頃みたい、ですね。しかし、今の情勢は」
「今だからこそだ。老い先短いのは儂も同じ。なれば、何かできる事があるかもしれん」
「途中で死ぬかもしれませんよ?」
「その時はその時だ!」
老執事は変わっていなかった親友に思わず笑みを浮かべる。
二人はこの夜を最後にエッケザックスから姿を消したのだった。
◆◆◆
オウカ砦にて、エッケザックス国にいる諜報部隊の隊長から報告を受ける一人の女性が居た。
ウケラノス帝国第四王女であるアリシアだ。
アリシアは手元の書類を読み終え、目の前にいる隊長に視線を向ける。
「そう。あの男は国から去ったと」
「処分せよとの命が無かったため、今は追跡だけに留めております」
「要らないわ。その者も戻しなさい」
「了解」
いいのですか? や何故とは言わない。皇族の命は絶対なのだ。
アリシアはあの男や老執事の動向に関しては危険視などしていない。既に老年の域に達しており、何が出来るとは思ってもいなかった。
最後位は悔いのない旅をさせたいとの温情ある措置だ。
それよりも、問題は馬鹿だ。
「謀反の兆しあり、ね」
「今なら暗殺も出来ますが如何しますか?」
暗殺すれば何事もなく終わるだろう。アリシアも出来るならそうするつもりだった。
だが、ここで出来ない理由が出来たのだ。
「ダメよ。お姉様……陛下が反乱や謀反は見逃す様にとの仰せよ」
「見逃す、のですか?」
思わず隊長は聞き返してしまったが、アリシアも同じ考えだ。
「ええ。陛下曰く”勘だが、何か仕掛けてくる奴がいるだろうが放置せよ。何、会談の余興の一つとしては面白い!”とのことよ」
「陛下の勘は、確実ですからね。承知しました」
ヒルダの勘は良く当たる。王位継承の際、他の兄弟がヒルダを亡き者にしようとした時も、未曽有の災害も事前に村や町の人々を強制的に避難させ命を救った時も、公国が戦争を仕掛けてきた時も。その全てを勘で読み当てた。
今回もその勘は当たった。ならば何かあると考え、アリシアも隊長も頷く。
「わたくし達の仕事は何か不測の事態があったとしても、陛下のご機嫌を損ねないように動くこと。連ねて――今回の会談相手であるイヴ様のご機嫌も損ねてはいけませんわ」
皇族としてのプライドが高いアリシアをして、機嫌を損ねてはいけない相手。しかも様付けだ。
アリシアはうっとりとした様子で頬に手を当て、クサナギ国の方角を見やる。
あの思わず屈服してしまう恐ろしい力。
全身を押さえつけられる感覚。
見下す冷たい目。
なのに可愛らしすぎる容姿。その全てにアリシアは魅了されたのだ。
SはMを兼ねる。
そのようなアリシアの姿を見ながら諜報部隊の隊長は顔色一つ変えることなく、ただ一言告げるのだった。
「了解」
――そして会談の日は訪れた。




