18話 クサナギ国王
戦いを終えた我らは戦後処理に追われる軍を背に、クサナギ軍の武将セキエンの案内の元ゆっくりと車を進ませていた。
城門の中は城下町となっており、まるで時代劇に迷い込んだかのような木造建築が立ち並んでいた。時間があれば見て回りたいと思う光景だが、道端には戦争で怪我をした多くの負傷兵であふれかえっている。
「あの、イヴさん……」
「癒しの魔法を使いたいとでも言うつもりか?」
「はい……皆辛そうで、こんなの見ていられ」
「ダメだ」
「えっ……?」
美月の願いをきっぱりと切り捨てる。
美月の気持ちもよくわかるし、尊重もしてやりたいが迂闊に癒しの魔法を使えば騒動になるのは火を見るよりも明らかだ。
道端に負傷兵が溢れているという事は救護室かそれに類ずる場所は既に満室だという事だ。
もし、美月が軽率に癒しの魔法を使えば、人々は殺到し混乱を生み、美月は魔力が無くなるまで魔法を使い続ける事になる。
そのようなことで美月が倒れでもしては困るのだ。
美月は今は我の大事な配下の一人。倒れるような真似はさせられん。
……とはいえ、気持ちを汲むのも上の仕事の一つだ。絆された訳ではないぞ決して。
「……今、小鴉丸が空を飛び、船へと戻っている。救援物資を持って戻ってくるはずだ。ここでの治療はそれからだ」
「あ……はいっ!」
我の答えに美月は嬉しそうに微笑む。やれやれ……魔法少女とやらの正義感は手綱を握るのも大変そうだ。
問題は……こっちもだな。
「お母さん……」
リンは涙を流しながら、ボロボロになった自らの母親に縋り付いている。四肢を失い、尾を引き千切られたその姿は見るに堪えない。
今、我らを案内しているセキエンですら、彼女の容体を見た時に言葉を無くしていた。それほどまでに悲惨な状態なのだ。
「イヴ、おねーさん……」
涙目で我にすがるように見るリン。ああ……もう、そんな目で見るな。我はその目に弱いぞ!! 誰にも言ったことはないが弱いのだぞ!
「案ずるな。必ず助ける。その為に小鴉丸が飛んだのだ」
「……うん。お願い、します……」
リンは今度は我に泣きじゃくりながら、縋り付いてくる。
小鴉丸、早く戻ってきてくれ! これでは我が絆されてしまう!!
そんなこと思いながら進んでいると、車が止まった。
「リン、皆にそのような泣き顔は見せてはいかん。皆に無事な顔を見せてやれ。出来るか?」
「……ぐすん、……うん、出来ます」
「よし、良い子だ」
思わずリンを撫でてしまうが、リンも嬉しそうにしているから良いか。
扉を開けてリンの手を引きながら降りると、出迎えの兵士達の一斉に視線が我らに向く。身なりは全員立派なもので、これは兵士というよりも騎士……いや、武士だな。
武士たちの視線は8割は好奇や興味といったもの、残り2割は懐疑的な感情がありありと判る。
視線の一斉集中に美月は思わず怯んでしまったようだが、我はなれたものだ。戦場で良く受けるし。
「姫様……よくぞ御無事で……!」
出迎えの兵士の中から、紋付き袴とでも言えばいいのだろうか。それに近い服を纏った老年の猿の耳と尾を生やした獣人が現れ、涙ながらにリンへと跪く。
「エンキお爺さん……!」
エンキと呼んだ老人にリンは思わず抱きつくと、エンキは涙ながらに嬉しそうに抱きかかえ、立ち上がると我らの方を向く。
「此度はリン姫様を救っていただいたどころか、クサナギ国の窮地を救ってくださり、ありがとうございます」
「良い。我らとて打算があってのことだ。事に付いてはこの国の最高権力者に話を着けたいのだが、案内してほしい」
「正面切って打算があるというだけ逆に安心しますな。判りました。陛下もあなた方にお会いしたいと言っておられました。儂自らご案内いたします」
だろうな。これほどまでの力を持つ者に関心を抱かなければそれは只の愚王か置物だ。それはそれで利用価値があるが、まともな話が出来る方がより良い。
「ここは我だけで行く。美月は……ここでなら癒しの魔法を使っても良い」
「えっ!? 良いんですか?」
「城内、栄一の管理の元で、という条件付きだがな。栄一、お前なら美月の体調管理も見れるはずだ。美月に付き添ってやってくれ」
「了解しました」
「有難うございます!」
我の指示の美月は嬉しそうに微笑み、栄一は深々と頭を下げる。そして改めて、エンキへ視線を向ける。
「という訳だ。すまないが、この2人を治療の手伝いに向かわせてやってくれ」
「それは願ってもない! 正直、ポーション尽きており、癒しの魔法を使える者達は全員魔力切れで倒れてしまっていたところです」
街の様子を見ていたらそれは分かる。これは1往復だけではすまんな。もっと根本的な解決がいる。それは後々皆と話し合う必要があるな。
美月達はエンキから命を下された武士に案内され、救護室に向かった。
車に乗せていた重症で意識不明の王妃を他の武士達に預け、我はリンと共にこの国の王へ会うべく足を進める。
王宮の中はやはりというべきか、街並み同様和風に近い建築模様だった。違うのは畳が無いことと、地球の家と違いここでは靴を脱がないことぐらいか。
コツコツと木の心地良い足音を鳴らしながら進むと、一際豪華な意匠が施された扉が見える。
扉は障子で横開きだ。
妙な所で違いが出ているな……異世界だから当然と言えば当然か。
「陛下、件の者をお連れ致しました」
「おお! そうか! 入りたまえ」
障子越しでも判る嬉しそうな声だ。王妃に比べやや若い感じがする。
エンキが丁寧に障子を開き、一礼して入ると部屋の中は所狭しと書類の紙の山が積み上げられ、その隙間から覗くように一人の若者と言っていい黒い狐耳と尾を生やした獣人の青年が羽根ペンを手にしつつ、我らを見ていた。
この者がクサナギ国の王か……随分と若いな。年齢にしたら三十超えてないんじゃないか? 元の姿の我より年下に見えるぞ。
国王は我を見た後、我の裾をぎゅっと握るリンを見つけると目を見開いていた。
「リンっ!? 無事だったのか!」
「……うん、お父様。この方々に助けてもらいました……」
「そうか……そうか。護衛が全滅したと聞いた時は目の前が真っ暗になったが……そうかぁ……生きて、いてくれたのだな」
王はペンを投げ捨て、思わずといった様子でリンを抱きしめる。エンキも涙を浮かべ、ハンカチで目頭を押さえている。
親子の感動の対面に横やりを入れるのも無粋だと思い、満足するまで見守っていると、リンが父親の服の袖を引っ張り、我の方を見た。
「あの、お父様。このおねーさんが……」
「おお! そなたがリンを、そしてこの度の窮地を救ってくれた御仁か! にしても、失礼だが……可愛らしいのだな」
おい、本当に失礼だな。
「うん、イヴ、おねーさんは可愛い……です」
ぐぅっ! リンまで……! しかし、反論するに言い返せない我がいる。我とて今の自身の姿が可愛いと自覚している。
「イヴというのだな。おっと、自分としたことが自己紹介をしていなかったな。自分はテルズミ・アマツハラ・クサナギだ」
ここは否定するのもおかしいか……。非常に不服だが受け入れよう。
「うむ。我がイヴ。イヴ・ゲセルシャフト。リンを救ったのは偶然だ」
ここに至るまでの話をテルズミ王へと伝える。
不測の事態により、我らが拠点とする船ごとこの地に落ちた事を。
そして何かしらの干渉を受けた事。
我らが異邦人である事。
リンとの出会いから戦いの決着まで全てだ。
『ゲセルシャフト』の詳細な説明は省いた。今ここで全てを明らかにする必要性はない。
「そうか……。妻も助けてくれたのか。まことに、まことに感謝する!」
テルズミ王は深々と頭を下げる。それもリンやエンキが傍に居るのにも関わらずにもだ、
普通ならば、咎めるところだろうが王としての器をはっきりと感じさせる。確かにこの者は王だ。礼を言うのに頭を下げる事にも躊躇しない。
我のような小娘に対しても頭を下げる事が出来る王は、王としてはダメなのかもしれんが、人としては実に良い。
「礼を言うのは事が済んでからだ」
「というと……まだ何か」
「王妃の治療がまだだ。それからでも構わんだろう」
「治療……まさか、あのような重傷でも治す手立てがあるというのですか!?」
テルズミ王だけでなく、エンキですら目を丸くし驚いている。リンは心当たりがあるのか、じっと我の方を見つめている。愛い。
「無論だ。我らの組織の力を見せてやる。諸々の交渉はその後だ」
王の前でも態度は変えず、思わずにやりと口角が上がる。
たっぷりと恩を売ろう。
たっぷりと感謝するような事をしてやろう。
この対価はとてつもなく高いぞ。テルズミ王。
それからしばらくの間、これからの事に付いて話し合う。戦争は殆ど終わったが、決着は付いていない。
決着が付くまで、我らも責任を持って手伝うが、指示は受けない等の打ち合わせを行った。因みにリンにはこれらの話は聞かせるには早いので、退室してもらっている。
それからしばらくして、外が騒がしくなった。
「大変です陛下! 空から見慣れぬ鉄の箱が! 帝国の魔導船とも違います!」
「何だと!?」
……空から? 流石に『ゲセルシャフト』を飛ばすほどの修理は幾らレイでも無理だ。
全員で窓枠に身を乗り出し、外を見る。
……あれか!?
外を見れば何が来たのか良く解った。物凄く見覚えがある者で、よくあれを使えたなと感心さえ覚える代物だ。
ああ。あれならば確かに空を飛ぶし、運搬には最適だろう。
テルズミ王が口を半開きにしたまま唖然としている。これは配下達に見せて良い顔じゃないな。
「多分あれはうちのだ。一先ず外に出よう」
「え、あ、うむ! そうだな」
慌ててテルズミ王がエンキも扉の前にいた護衛も置いて廊下を掛けていく。おい、流石にそれはダメだろう。
「陛下!? お待ちください! 御客人を置いて何をって相変わらず早っ!?」
本当に速いな。あっと言う間に見えなくなった。
後を追う形で我らも外に出ると、白い鷲の形を模した飛行機というべきものが城内へと着陸していた。全長40m物の巨体に兵士、武士たち問わず遠巻きに見ている。騒ぎを聞きつけたのか、美月や栄一もやってきたようだ。
いち早く辿り着いたテルズミ王が戸惑いながらも我の方に振り向く。
「イヴ殿。これはそなた達の」
「うむ……」
これは我らの、『ゲセルシャフト』のものではない。
これは――。
『お初にお目にかかります。ワタシの名はシルバーイーグル』
聖騎士戦隊『クルセイジャー』が所持する飛行機だ。




