15話 戦闘員といふ者
車から降りた栄一。
周囲には突撃の際、引かれて吹き飛ばされたエッケザックス軍の兵士達が呻きながら倒れており、何事かと騒動に気づいたエッケザックス軍の後詰の大軍が装甲車に向けて駆けていく。
その数は100を超え、大よそ一個中隊規模。その殆どが魔法杖を携帯し、馬に騎乗していた。
中隊の隊長らしき男は馬上から栄一を見下ろすと、険しい瞳で栄一を睨みつける。
「これは貴様がやったのか!?」
「ええ。邪魔でしたので」
「邪魔……だと!? 見た所、人族の様だが汚らわしい獣たちに味方をするか! 恥を知れ!」
「別に恥じることは有りませんけどね。あえて言うなら貴方がたと同じに見られる方が恥の極みでしょう。借りた装備でそこまで偉そうにするなんて私にはとてもとても恥ずかしくて出来ませんよ」
「っ~~~!! 撃て! 撃ってあの車両を押収しろ!!」
舌戦に応じてやった栄一だが、沸点が低いのかエッケザックス軍の隊長は顔を真っ赤にしたまま杖を栄一に向ける。
百を超える魔法が栄一に降り注ぎ、粉塵が栄一を覆い隠す。
誰もが栄一の無残な死を予想しただろう。魔法杖は初級魔法しか詰め込めないとはいえ、弾数は多く誰にでも魔法が使える代物。まさに地球で例えれば銃の役割を果たしている武器だ。
「ああ……若者が……!?」
いきなり現れて助けてくれた人族の男性が無残な死を遂げた事に、クサナギ軍の兵士が哀れと悲しさに満ちた声をあげる。
初級魔法とはいえ、その威力は石壁を崩す力を持っている。
それらが百を超える量を打ち込まれれば、普通ならば肉塊すら残らない。
「はははっ! 口ほどにもない! 獣ごときに協力するから」
エッケザックス軍の隊長は踏ん反り返りながら鼻息も荒くし、高らかに笑う。あの見慣れぬ車両が手に入るのだ。ボーナスは確定だろうと内心でそろばんをはじく。
だが、栄一は普通ではない。戦闘員なのだ。
「この程度ですか。期待はずれですね」
「何!?」
砂煙の中から栄一の声が聞こえる。
エッケザックス軍の隊長は声の方を振り向けば、ブーツの足音と共に栄一の姿が砂煙の中から現れた。
その姿が異様に見え、怯え竦んだエッケザックス軍の隊長は震える声で指示をだす。
「う、撃て撃て! 撃って撃って撃ちまくれぇええ!!」
――これはもう指示などではない。ただの癇癪だ。エッケザックス軍の兵士達は命令に従い魔法を放ち続ける。
炎の弾、氷の矢、雷撃、土の槍等多種多様な魔法が栄一に降り注ぐが、栄一の歩みは止まらない。
栄一は唱える。戦闘員としての、真の姿を現す為のキーワードを。
「――Makeover――!」
栄一の腕輪が声に応じ、眩いほどの光を放つ。
光は没個性な黒いフェイスヘルムに形を変え、手は黒い小手を、足には黒い具足、胴体にも黒い西洋風の甲冑を纏う。
黒一色に塗りつぶされた兵装は何処からどう見ても量産型に見えるだろう。
手には平々凡々な長剣が握られ、振るえば風を切り砂煙を晴らす。
フェイスヘルムの中で、栄一は眼光鋭くエッケザックス軍の隊長を睨み返す。
隊長は栄一に睨まれ、気迫に押され思わず後ずさりしたが高らかに笑った。
「な、何だこけおどしか! 大層な術式だがありふれた装備だとはな!」
「その、ありふれた者にあなたは倒されるのですよ」
栄一は長剣の切っ先を隊長に向け、一気に踏み込む。
ズバンっと地面が弾ける音が鳴り、瞬く間に栄一はエッケザックス軍の隊長と距離を詰め、剣を振り下ろす。
あっと言う間に距離を詰めらえたエッケザックス軍の隊長は驚愕の表情を浮かべるも、何処かしら未だ侮った節があった。
如何に早く、如何に鋭かろうと隊長の身を取っている装備品はそこら辺の装備ではない。隊長というのは最後まで生き延びて、作戦を遂行する者が任命され、最後まで生き延びれる様にと上等な装備品が回されているのだ。
魔法の一発や二発ぐらいなら死ぬことはなく、銃弾すら防ぐ魔法付与が掛かっている。
たかが剣の一撃、刃は通ることはないとエッケザックス軍の隊長は侮っていた。
だが、その侮りは直ぐに意味のないものとなる。なぜならば――。
「がっ……あっ!?」
栄一の一振りは馬ごとエッケザックス軍の隊長を切り裂き、馬の首ごと胴体を吹き飛ばしたのだ。
如何に上質だろうと、如何に魔法が掛かっていようと関係がない。
なぜならば、栄一の武装は世界最強の悪の組織『ゲセルシャフト』の装備品だ。そこら辺の上質な防具では防ぐことは適わない。
それに加え、栄一の身体能力は戦闘員となった時から飛躍的に上がっている。
ゲゼルシャフトのみならず、戦闘員と呼ばれる者達は総じて組織による強化を受けている。
組織によって強化の度合いは違うが、平均的な悪の組織は成人の三倍の身体能力を戦闘員達に持たせている。
ゲゼルシャフトの場合は――七倍だ。
レイの異端ともされる強化手術、薬品投与によって他の組織を圧倒する力を持たせることに成功している。
遺伝子を弄るなど、禁忌ともされる代償はあるが、定期的な検査を受ければ平穏な日常を受けることも可能だ。しかるべき処置を施せば力を失うも検査が要らず日常的に過ごす事も可能。
最終決戦の折、降ろした戦闘員達には全員この処置を施している。
平均男性の七倍の身体能力から繰り出される一撃は、まさにヒーローとも戦える程の力を持っている。
そんな一撃を食らったエッケザックス軍の隊長は胴体から鮮血を撒き散らし、周囲の草むらを赤黒く染めていく。
「次は貴方です」
「ひっ!? ぎゃあぁああああ!?!?」
暴虐ともいえる一撃はそれだけで終わらず、近くにいた兵士に飛び掛かりながら剣を下から振り上げる。
兵士は咄嗟に後ろに飛びのくも、栄一の脚力が強すぎる所為で追いすがられ、刃の餌食となった。
逃げ惑う兵士達を一人残さず、一太刀ごとに命を刈り取っていく。
「来るなっ! こっちくるなぁあああっ!」
「だずけでがーぢゃーんっ!」
「うあああっ!? 化け物だっ!!」
剣を振るう回数が百を超えるころには、集まっていたエッケザックス軍の兵士達は全員地に伏せ絶命していた。
あっと言う間の出来事だった。
エッケザックス軍の兵士達は自分達が狩る側で、相手は狩られる側だと思っていた。だがそれは大きな間違いだった。
『ゲセルシャフト』が狩る側で、エッケザックス軍は哀れな狩られる獣だったのだ。
黒い甲冑が返り血で濡れ、赤黒く染まった剣を振るえば血が地面に落ちて血を赤黒く染めていく。
そこに、クサナギ軍の中から馬に騎乗した身なりのいい兵士がやってきた。
「ご助力感謝いたす……! 儂はクサナギ軍、スザク部隊武将、セキエンと申す。時に貴殿は何処の者で?」
「私は『ゲセルシャフト』所属の戦闘員……まぁ兵卒みたいなものと思ってください」
「セントーイン……、貴殿のような強さで兵卒とは……それはまた。時に、その『ゲセルシャフト』の方が何故我らにご助力を……」
「総帥の指示により、こちらの姫君、リン様の願いにより救援に参りました」
リンの名を聞いた瞬間、セキエンは目を見開いてガッと栄一の肩を掴み揺さぶる。
「リン姫様ですと!? あのお方は何処に!?」
「あの車の中に居られます。今、出すにも危険ですので、対面は後でお願いします」
「う、うむ。そうだな……今は一刻も早くエッケザックス軍を退かせねば!」
「その心配はないと思いますよ。――戦況がもう変わってますので」
「何っ!?」
栄一が指を示した先では、イヴが長杖を振るい暴れまわっている姿だった。一振りごとに陣形ごと吹き飛ぶ暴威は瞬く間にエッケザックス軍を文字通り蹴散らしていく。
それに加え、小鴉丸が空からの強襲で的確に指揮官級を仕留め、指揮系統をズタズタに切り裂いていく。そうなれば後は烏合の衆も当然。連携が途切れた軍なぞクサナギ軍の相手ではなかった。
しかし、セキエンの顔は浮かない。何かしら危機感を感じている様な違和感に栄一は問いただした。
「何か、懸念でも?」
「うむ。エッケザックス軍にあのマガツがいる。あ奴が何もせぬわけがない」
「マガツ、ですか?」
物騒なキーワードが聞こえ、セキエンは栄一に簡単な説明をする。
マガツとは、エッケザックス軍の猛将であり、類まれなる魔導兵器の使い手の名だ。機体もまた同じ名で呼ばれている。
性格は悪逆非道。女子供でも容赦せず、敵味方共に忌み嫌われている。
「奴の恐ろしい所はその手口だ。奴はな――捕えた相手の四肢を斬り落とし、胴体を自らの魔導兵装に取り付けて肉の盾とするのだ」
「……反吐が出ますね」
想像するのもおぞましい手口に栄一が悪態を付く。戦闘員である栄一ですら嫌悪感を抱くほどだ。
「盾とするのは主に女子供ばかり……リン姫様がもし見つかれば……」
「格好の盾、という訳ですね。ならば尚更出すわけにはいきません。そして一刻も早くそのような外道は倒さねば――」
栄一がそう言いきろうとした時、一人の兵士が息を切らせながらセキエンの元へ駆け寄ってきた。
「はぁっ! ハァっ! セキエン様! 至急お伝えしたい事が!」
「何だ! どうした!?」
「マガツです! マガツが現れました!!」
「何だと!? くそっ! ようやく盛り返した所だというのに! それでマガツは何処だ!?」
「マガツは、あそこです! あの丘の上で、見知らぬ少女と相対!」
セキエンと栄一が伝令が示した方角を見れば、丁度そこで身の丈4mもある巨大な甲冑を着た巨人とイヴが対峙していた。
「それに加え非常に言いにくいのですが……」
「早く言わぬか!」
「――マガツは先の戦、オウカ砦防衛線にて行方不明となった、オウカ王妃様を肉盾としております」
「なん、だと!?」
終わりゆく戦場にて、悪逆を以て現れたマガツと相対したイヴ。
悪と悪は鮮血溢れる戦場にてあいまみえるのだった。
感想返し遅れてます。申し訳ございません……!




