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龍虎 壱 ー己が義を貫けー  作者: HANA


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第8話 恋と陰謀の交差点

神代組事務所を出た真壁は、鷹宮と別れると一人、繁華街から離れた駐車場へ向かった。

車へ乗り込み扉を閉めても、すぐにはエンジンを掛けなかった。

「…………」

脳裏に浮かぶのは、先ほどの組長室のテーブルへ置かれた写真。

そして——。


『蒼真は若頭だ』

『次に神代背負うのも、あいつだ』


鷹宮の言葉だった。

真壁はゆっくりと煙草を取り出し、火をつける。

「……兄貴は分かってねぇ」

吐き出した煙が車内に漂う。

神代組は天音が長年守ってきた組、その跡目が倅の蒼真になる。

それが今の神代では当然のように語られている。

組長の一人息子で二十代後半で若頭に就任以降、確かに腕はあるし頭も切れる。

銀髪に昇り龍を背負った、神代の龍と呼ばれ構成員からの人望もある。

何より、天音からの信頼が厚い。

だからこそ、邪魔だった。

天音が長年護る組を支えてきたのは、鷹宮の兄貴だ。


真壁はスマートフォンを取り出し、一つの番号を表示する。

電話を掛けようとして——止めた。

「…………」

今日、蒼真達に写真を押さえられた。

ここでまた接触すれば、今度こそ言い逃れが出来ない。

真壁は通話画面を閉じ煙を吐きながら、呟いた。

「しばらく動けねぇな」

想定より早く、蒼真がこちらへ目を向けた。

東雲との接触に気付き、金の受け渡しまで掴み、神代内部を疑った。

もっと時間が掛かると思っていた。

「……勘のいいガキだ」

小さく舌打ちする。

だが、まだ終わってはいない。

むしろ何も始まっていない。


神代を破門された男が東雲の構成員と接触し、そこへ金を流す。

いずれ、その流れを神代蒼真へ繋げる。

若頭が破門者を使い、東雲と裏で取引をしている。

そんな疑念が生まれればいい。

事実である必要などない。

一度疑念が生まれれば、あとは勝手に広がる。

そして神代蒼真が若頭として相応しくないと判断されれば、

次に名前が挙がるのは——。


「…………」

真壁が煙を吐く。

神代組・本部長、鷹宮龍二。

神代を継ぐなら、本来はあの男だ。

少なくとも真壁はそう思っていた。

いや、そうでなければ困る。

鷹宮が組長になれば、その下に立つ人間も変わり、若頭の席が空く。

そして鷹宮の下で長く動いてきた自分には、その席へ手を掛けるだけの理由がある。

「…………」

真壁は煙草を灰皿へ押し付けた。


「俺は間違ってねぇ」


真壁は誰に聞かせるでもなく呟いた。

鷹宮を組長の椅子へ。

それが神代のため。

鷹宮のため。

そして——自分のためでもあった。


◇

神代組事務所のソファで蒼真は寝転んでいた。

「蒼真」

「んー?」

「仕事しろ」

「んー」

「おい」

「……はいはい、するって」

蓮が蒼真のデスクを見ると資料は開いているが、少し手を付けて放り出している。

蒼真はソファで数秒おきにスマートフォンを開いては消しを繰り返している。

「……何」

「いや」

「何だよ」

「麗華ちゃんからの連絡待ってんの?」

「違ぇよ」

「じゃあ何で五分に一回スマホ見てんだ」

「時間」

「腕時計」

蓮が蒼真の左腕を指差すと蒼真は明らかに顔を歪めた。

「…………」

「図星じゃん」

「うるせぇな!」

蒼真がスマートフォンを裏返すと、蓮は立ち上がり向かいのソファへ座った。

「で?」

「何」

「どうなった」

「何が」

「麗華ちゃん」

「お前最近そればっかだな」

「面白いから」

「俺の恋愛を娯楽にすんな」

「いいじゃん」

「良くねぇよ」

蒼真はすぐに話そうとはしなかった。

しかし、蓮は黙って待っていた。。

「…………」

「…………」

「…………何だよ!」

「何も言ってねぇじゃん」

「圧がうるせぇ!」

蓮が笑った。

「昨日どうだった」

「飯食った」

「うん」

「飲んだ」

「うん」

「送った」

「うん」

「終わり」

「寝なかったのか?」

蒼真の動きが止まった。

「…………」

その様子に蓮が眉を上げる。

「マジ?」

「何」

「何してんの、お前」

「何って」

「何回会ってんだよ」

「まだそんな会ってねぇよ」

「お互い会いたいってなってんだろ?」

「……まぁ」

「麗華ちゃんから連絡来たんだろ?」

「うん」

「お前も会いたいんだろ?」

「うん」

「じゃあ抱け」

「なんでそうなる!」

「いつもそうだろ?」

「……麗華は、他の女と違ぇ…やっぱ、遊びは無理だ」

蓮が煙草を取り出しながら笑うと、蒼真が苛立ったように髪を掻く。

「……わっかんねぇ。女なんて、金と顔に寄ってくるだろ?でも麗華は、それを言わねぇし」

「………もう、付き合えよ」

「いや、カタギは……」

蒼真が言葉を詰まらせたのを見て、蓮が煙を吐きながら呟く。

「極道だろうが、カタギだろうが惚れたもんは仕方ねぇだろ」

「………」

「惚れた責任、蒼真なら取れるだろ?」

蓮のひと言に蒼真の目が見開かれた。

そして、起き上がると蓮を真っ直ぐに見た。

「お前なら、どうする」

「……本気で惚れてんなら、自分のもんにする。それだけだ」

蓮の言葉に蒼真は俯いた。


確かに、麗華に自分は惚れている。

けれど、麗華はどうなんだ?と考える。

会う事を楽しみにしてくれているのは分かる。

けれど、惚れたと言われているわけでもない。

自分の都合で、麗華を引き留め、その人生を自分の世界に引き込んでいいのか、それが蒼真に決断を迷わせる理由だった。


俯く蒼真を見ながら、蓮はまたタバコを吸う。

「お前さ、慎重だな」

「別に」

「いや、東雲の方」

「……仕事の方かよ、いきなりだな」

「麗華ちゃんの事はてめぇで答え出すしかねぇだろ?で、仕事」

蓮が灰を落とすと、蒼真もタバコを取り出し、火をつけた。

ひと吸いすると、その表情は若頭の表情へと変わる。

「悠真に引き続き見させてる」

「真壁は?」

「鷹宮さんが見る」

「信用してんの?」

「鷹宮さんは」

蓮が少しだけ目を細めた。

「真壁は?」

「…………」

蒼真は答えず、煙を吐く。

「分かんねぇ」

「だよな」

「でも今は何も出来ねぇよ」

「証拠がない」

「だな」

「真壁さんが何か隠してんのは多分間違いねぇと思う」

「俺も」

「でも、それが東雲と関係あるのかも分からない」

「…………」

「だったら追うしかねぇ」

蓮が頷くと蒼真はデスクへ戻り、資料へ目を落とした。

その時、蒼真のデスクの端へ何かが飛び乗った。

「うわっ」

茶トラだった。

「お前……」

茶トラと蒼真の目が合う。

茶トラはいたずらな顔をしていた。

「今日は頭乗んなよ?」

「ニャー」

「絶対だぞ?」

蒼真が茶トラに声を掛けると蓮が笑う。

「猫に約束させんな」

「さっきこいつのせいで髪ぐちゃぐちゃになったんだぞ」

「似合ってたじゃん」

「何がだよ!」

そう言いながらも、蒼真が茶トラの頭を撫でると、茶トラは抵抗せずその場に座った。

「今日は大人しいな」

「ニャ」

「可愛いじゃん」

「お前めっちゃ気に入ってんじゃん」

「……まぁ…親父が拾ってきてから屋敷にいるし」

蒼真が顎の下を撫でると茶トラが目を細めた。

「…………」

「蒼真」

「ん?」

「仕事」

「…………」

「猫撫でてる場合じゃねぇ」

「こいつが来たんだよ」

「言い訳すんな」

「親父に言えよ。屋敷から連れてきてんの親父なんだから」

「組長のせいにすんな」

「じゃあ蓮が撫でろ」

「何でだよ」

「俺仕事するから」

「知らねぇよ」

「ほら」

蒼真は茶トラを抱き上げると、そのまま蓮の膝へ乗せた。

「待て待て待て!」

「うるせぇ」

膝に茶トラを乗せられ蓮が固まると、茶トラは蓮の目を見つめた。

まるで「遊ぶ?」とでもいうかのように。

「…………」

「…………っふ」

そんな様子を見て、蒼真が笑う。

「似合うじゃん」

「蒼真」

「何?」

「殺すぞ」

「猫を?」

「お前をだよ」

「怖っwww」

茶トラはそんな二人を気にする様子もなく、蓮の膝の上で丸くなった。

「…………」

蓮が見下ろすと、茶トラは目を閉じた。

「……寝た」

「気に入られてんじゃん」

「重い」

「そんな重くねぇだろ」

「動けねぇ」

「じゃあそこで仕事すれば?」

「俺の資料向こうなんだけど」

「取ってあげる」

「……お前今日優しいな」

「猫どかしたくないだけ」

「殺すぞ」

◇

その日の夕方、蒼真は仕事を終え、自分のデスクへ背中を預けていた。

蓮は別室で天音も外へ出ている。

茶トラがソファで眠る、静かな事務所で蒼真はスマートフォンを手に取ると、麗華とのメッセージ画面を開いた。

最後のやり取りは昨日。

『家着いた』

『よかった。おやすみ』

『おやすみ』

それだけ。

「…………」

次は自分から連絡すると言った。

その約束は守りたい。

蒼真は文字を打ち出した。

『今週』

止まって、消す。

『また飯』

また、消す。

「…………何やってんだ俺」

一人で呟く。

仕事なら迷う事はない。

必要なことを伝えればいいだけだ。

なのに、たった一人の女へ送る短い文章に、何分掛けているのか。

大の男が何をしているのか、自分でも嫌になってきた。

「…………」

もう一度、メッセージを打ち込むと、そのまま送信した。

『今週、空いてる?』

画面に表示された文字を見ながら、蒼真は煙草を咥えた。

数秒で既読がついて、返事が来た。

「早っ」

『金曜なら』

たったそれだけのメッセージに蒼真の口元が緩んだ。

『じゃあ金曜』

『今度はちゃんと蒼真から来たね』

「…………」

蒼真は思わず笑った。

『約束したからな』

『偉い偉い』

『馬鹿にしてる?』

『褒めてる』

『絶対嘘』

またすぐに既読がつく。

『楽しみにしてる』

「…………」

蒼真はしばらくその文字を見ていた。

そして『俺も』と短く返すと、スマートフォンを置き煙草を吸う。


金曜に会ったら、ちゃんと言おう。

自分は麗華が好きだと。

付き合ってほしいと。

そんなことを考えている自分に、蒼真は少し笑った。

「……俺、何やってんだろ」

「ニャー」

「ん?」

ソファから茶トラがこちらを見ていた。

「お前に言ってねぇよ」

「ニャ」

「……分かったよ。飯?」

「ニャー」

蒼真が餌の準備を始めると、茶トラは蒼真の足元にそのまますり寄っていた。


その頃、神代組から離れた場所で、真壁が別の男と向き合っていた。

昼間とは違う車に乗り換え、人気のない場所だった。

「しばらく俺には連絡するな」

真壁が言うと、向かいの男が眉を寄せた。

「でも」

「蒼真に…蓮にも親父にも勘付かれた」

「…………」

「写真まで撮られてる」

男の表情が変わる。

「東雲の奴とも会う回数を減らせ」

「金は?」

「止めろ」

「でもそれじゃ――」

「今動いたら全部終わる」

真壁の声が低くなる。

「焦るな」

「…………」

「神代蒼真を落とす機会なんて、いくらでもある」

男が黙ると真壁は煙草を取り出した。

「俺達が作るのは事実じゃねぇ」

火をつけ、ひと吸いする。

「火種だ」

「…………」

「一度疑われた若頭が、どこまで信用されるか」

煙を吐く。

「それで燃え上ればいい」


真壁はまだ知らなかった。

自分が時間を掛けて作ろうとしている、その疑いより。

遥かに強い事実を神代蒼真自身が何も知らないまま、もうすぐ真壁の手へ渡そうとしていることを。


神代組若頭、神代蒼真。

そして東雲組組長の一人娘、東雲麗華。

二人の関係は、もう一歩。

誰にも戻せない場所へ進もうとしていた。


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